「あ、あのね・・・さん・・・お願いがあるの・・・」



珍しく、控え目に頼み込んで来た薫に、は、ん?と見遣る。


薫は、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。









『お料理しましょう』









一体何だ?と、首を傾げる。

剣心関連の事ならば、自分に相談されても何も出来ないが・・・と。

しかし薫の口から出たのは、剣心の事ではなかった。



「あ、あのね、さん・・・あの、えっと・・・」
「?何だよ」
「りょ・・・料理を・・・ね」
「・・・味見とか?」

嫌そうに言ったに、薫は慌てて否定する。

「ち、違うわよ!そ、その、料理を・・・教えて欲しいの・・・」
「・・・・は?」
「だ、だからぁ、さんに料理を教わりたいの!」
「・・・・料理だぁ?」
「ダ、ダメ・・・?」
「・・・いや、つーか、何で俺なんだよ。抜っさんに頼めよ抜っさんに」

アイツのが優しく教えてくれんじゃねーの?
と、は薦める。
しかし、薫はやや俯き加減に首を振った。

「最初は剣心に頼んだんだけど・・・剣心が、さんに教えて貰えって・・・」
「・・・・ちょっと待ってろよ、お嬢」
「え?う、うん」


薫の言葉に、は優しく微笑みながら薫に言う。
そして足早に剣心の元へと向かって行った。

少ししてから、の声が聞こえて来る。


『テメーなぁ、何で俺に回すんだよ』
『お前の方が料理は得意だろうが』
『大体こう言うのは普段の飯炊き係りが教えるモンだろ』
『誰が飯炊き係りだ!そう言うなら、炊事は女の仕事だろう』
『馬ァ鹿、テメーのがよっぽど女みてーじゃねーか』
『うるさい!』


そんな遣り取りが暫し続き、漸くが戻って来る。

頭を掻き、眼を瞑って、やたら顰め面。

どうやら結局、押し付けられたらしい。


「ご、ごめんなさいさん・・・」
「ん?あぁ・・・いや、別にお嬢の所為じゃねぇよ」

全ては抜っさんが悪いって事にしとけ。

と、笑う。
怒っている訳ではない様子なので、薫もほっと息を吐いた。

「・・・さて、と。じゃあ、やるか」
「う、うん!」

腹は決めたのか、がさっさと台所へと向かう。

その後を、薫は嬉しそうに追った。









「まぁ・・・飯炊かなきゃぁ話にならねーよな」
「うん」
「飯ぐれぇは炊けんだろ?ちゃっちゃかやっちまえよ」
「う、うん」

に促され、薫が釜の用意をする。

そして米を研ぎ始めたのだが・・・


「・・・・・・・」


水を入れたまでは良い。

だが、それからずーっと研いでいる。

そしてやっと初めの研ぎ汁を流したかと思うと、米粒が水と共に流されていた。

が思わず額を押さえる。


「お嬢」
「え?」
「・・・まず、米の研ぎ方から、覚えようか」


は、早くも疲れた様子だった。

















「おい、何の騒ぎだ」



縁側で剣心が冷や汗を掻いていると、突然響いた通る声。

意外な人物の登場に、剣心は眼を丸くした。


「さ、斉藤・・・珍しいな、どうした」
「あの馬鹿女に用があるんだ」
?・・・なら今、取り込み中だ」
「取り込み中?・・・向こうから聞こえて来る騒ぎか」
「・・・・ああ」

呆れた様に斉藤が言う。
剣心も、少し不安そうに台所の方を見遣った。

「で、アレは何の騒ぎだ?」
「・・・・一応、料理だ」
「・・・・・・冗談はよせ」

あの騒ぎの何処が料理だ。
と、斉藤の目が言っていたので、自分も出来る事ならそう思いたいと悪態を吐く。
だが、事実なのだ。

「本当だ。薫殿に、が料理を教えているんだが・・・」
「・・・あの女、料理が出来るのか?」
はああ見えて中々に料理上手だぞ」

の意外な特技に、斉藤は関心を示す。

「意外も良い所だな」
「・・・まぁ、自身も、そう言っていた」

普通自分では言わないのだが。

そう剣心が溜息を吐いた、その時





「お、三番、丁度良いトコに来たなァ」





先程まで騒いでいたが、ヒョッコリと顔を見せた。

その手には、料理が盛られた皿、そして菜箸。


「おい三番」
「何だ」
「ホレ」
「!」


呼ばれ、油断して振り向いた斉藤の口に、が料理を強引に突っ込む。

不意を突かれた斉藤は、仕方なく含んだ料理を咀嚼し、飲み込もうとした・・・・が


「・・・・っ」


斉藤の顔が、微かに歪む。

珍しい表情の変化に、と剣心は揃って斉藤の顔を覗き込んだ。


「お、顔が青い」
「斉藤、大丈夫か?」


口を押さえる斉藤に、剣心は心配になって来る。

だが斉藤は突然の髪を引っ掴むと、強引に引き寄せ口を合わせた


口内に収めたままの料理を、残らずに移す。


そして離れると、今度はが顔を青くし、口元を押さえた。

素早い動きで酒瓶の栓を外し、酒で一気に料理を喉へと流し込む。


「さ、斉藤!お、お前、何を・・!!!」
「うるさい」

あまりに突然の事態に、剣心が激昂しながら斉藤に怒鳴る。
だが斉藤の方は料理のショックからまだ抜け切れていないらしく、口元を拭いながら、軽く咽ていた。

「げっほ・・・・おいおい三番よぉ、テメェ、可愛い可愛い剣道少女が作った料理だぜぇ?
 それを飲み込まずに俺に食わせるたぁどう言う了見だ、あぁ?」
「お前だって酒で流し込んだだろうが、阿呆」
「・・・それはそれ、これはこれだ」

自分に振られ、わざとらしく咳をしてから言う
どうやら不味かったらしい。

「・・・不味い」
「三番、それは言ってやるな・・・」
、お前ちゃんと薫殿に教えたのか?」
「・・・教えたつもりなんだけどなぁ・・・」

剣心の訝しげな声に、は頭を捻る。
教えたつもりなのだが・・・何故だろう、と。

「・・・もしかしたらお嬢、調味料とか全部間違えてたのかも知んねーな」
「・・・・・・・ちゃんとそこから教えてやれ」
「そうする」

そう話しを纏めた所で、は斉藤に向かう。

「で?テメーは何しに来たんだ」
「・・・お前に用があったんだが・・・またにする」
「・・・・舌、平気か?」
「蕎麦でも食って来る」
「そーしろそーしろ。じゃーな」

一体何しに来たんだ。と、剣心が呆れて見遣る。
だがまぁ、不意打ちで料理を突っ込まれたのなら、致し方ない。


「・・・で、薫殿は?」
「あ?・・・ああ、まだ料理してんじゃねーの?」
「・・・・・見て来てやれ」
「テメーが見て来いよ、味見付きだぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

沈黙。

そして、やや間を空けて、剣心が溜息交じりに呟いた。


「・・・・・夕飯は、俺が作る」
「・・・・・そうしてくれや」


手に持った皿を見ながら、は疲れた様に溜息を吐いた。



























END.