夢を見た。
愛しい人の夢を見た。
相変わらず美しく、白梅の香りは芳しく。
だが
その顔は・・・・とても、冷たかった。
『散華』
ふと眼が覚め、起きる。
巴の夢を、また、見た。
やはり笑顔は無く、とても悲しそうな。
それでいて、憎しみに満ち溢れた様な。
冷たい、顔をしていた。
だが、気持ちは妙に冷静で・・・
昨日固めた決意を思い起こし、刀を握った。
「何ですか緋村さん、話って」
殿が不思議そうに問う。
それはそうだろう。
こんな早朝から、俺に林まで連れ出されたのだから。
だが、今でなくてはならない。
人がいる時間帯では、出来ない。
「殿・・・聞きたい」
「は、はい」
「・・・・・殿は、拙者をどう思う」
「へ?」
殿が、意外そうに声を上げた。
俺は何も返さず、ただ、待つ。
「ど、どうって・・・」
「・・・・・・・・」
「えぇっと・・・優しい人だと思います・・・けど・・・」
「・・・・・・・そうか」
「は、はい。・・・・あ、あのー・・・・?」
殿は不安そうだ。
・・・そう、か・・・優しい、か。
「・・・では、殿には、本当の拙者を教えねばならぬな」
殿は、首を傾げた。
「・・・前にも話した通り、拙者は昔、京都で人斬り抜刀斎として暗躍していた」
「は、はい」
「・・・もうその頃の姿は捨てたつもり・・・・だったが・・・・」
「・・・・・え」
殿の身体が強張る。
「やはり人斬りは、死ぬまで人斬りの様だ」
眼を見開く殿の顔が、赤に彩られる。
懐かしい、人の肉を斬る感触。
目の前に上がる、鮮やかな血飛沫。
初めて血を知った・・・逆刃刀。
「・・・・ぁ・・・・」
殿の身体が、ドサリと倒れる。
しかし、地面が雪に覆われていた為か、静かな音しか聞こえなかった。
「っ・・・く・・・」
殿が、斬られた箇所を押さえる。
左肩から右下腹部まで、一太刀。
深く行ったつもりだったが、殿が咄嗟に身体をズラしたらしい。
流石、武術を心得ているだけある。
だが、もう動けないだろう。
「ひ、むら・・・・・さ・・・・・・」
殿の黒い瞳に、俺の顔が映る。
その俺の顔は、正に、抜刀斎そのもので・・・・
「・・・ど・・・・・・・・・して・・・・・・・・・」
雪が真っ赤に染まる。
殿の口と傷から、止め処なく溢れる鮮血。
噎せ返る様な血の匂いが、懐かしい。
「・・・もう、戻れない」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・すまないな、」
「・・・・・・・・っ」
殿の眼がいっぱいまで見開かれる。
その眼に映るのは、驚愕と、怒りと、絶望と。
「・・・・・・・・ひ・・・ら・・・・」
「苦しいだろう」
言ってやると、殿はぐっと歯を食い縛った。
なるほど・・・中々に、出来ている。
「大丈夫、すぐに楽にしてやろう」
殿の首の上に、切っ先を定める。
最期のその瞬間
彼の唇が、『巴』と動いた様に見えた。
「緋村さん・・・宜しいですか」
「ああ」
部屋に戻ると、やはり誰も起きてはいなかった。
刀の血は拭ったし、血の匂いも然程しない。
斉藤辺りには勘付かれるかも知れないが、まぁ、大丈夫だろう。
・・・アイツにとっては、俺が抜刀斎に戻った方が得なのだし。
そんな事を考えていると、巴が控え目に俺の部屋を訪れた。
恐らく、殿の事だろう。
「どうした」
「あの・・・・を知りませんか」
「?殿が、どうした?またいないのか?」
「・・・・ええ」
自分でも、つくづく嘘の上手い性格だと思う。
だからこそ、皆、俺を”優しい良い人”だと思うのだろうが。
本当はこんなにも醜いのに。
「・・・また、元に戻る方法を探しているのでは?」
「そうだと思います。・・・・・でも・・・・・」
「・・・でも?」
巴が震える。
「・・・・・・・・何だか・・・・・・・が・・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・が・・・・・・・・帰って来ない様な気がして・・・・・・・」
今にも涙しそうな声で、巴が言う。
・・・勘の鋭い子だ。
いいや、愛しい者がこの世を去った事を、何処かで感じているのだろうか。
「・・・大丈夫だ。すぐに帰って来るさ」
「・・・・・はい」
巴は、不安そうな表情のまま、部屋を後にした。
・・・大丈夫だ。
巴には・・・俺がいる。
そのすぐ後だった。
佐之が、ここへ駆け込んで来たのは。
「大変だぞ!!!」
「ど、どうしたのよ佐之助!」
「っ・・の奴が・・・!!!!!」
「・・・?・・・が、どうかしましたか・・・!!!」
佐之の叫びに、全員が集まる。
そして、巴も、佐之に縋りつく様に問うた。
「が・・・・・・・・死んでる・・・・・・・・・」
ピン・・・と、空気が張り詰めた。
数瞬置いて、そのまま、巴がドサリと地面に膝をつく。
その表情は、まるで魂が抜け落ちてしまったかの様だった。
俺は、そんな彼女の肩を支え、慰める様に言う。
「巴、しっかりしろ。まだ死んでいるかどうかわからない。重症なだけかも知れん」
「あ・・・・ぁ・・・・」
「さ、佐之助!!一体何処なの!?さんは・・・」
「アレだ。河原の向こうの林だ。俺が見た時は、もう雪に埋もれて・・・・」
「・・・っ」
巴が取り乱した様に叫ぶ。
俺はそんな彼女を押さえつつ、皆に行こうと誘う。
・・・予想した通りの展開となった。
林に着くと、そこにはもう多くの人が集まっていた。
その中には、警官の姿もある。
巴は、ふらつく足で人込みを掻き分け、それを見た。
「・・・・・・・・・・」
そこには、あの時と変わらぬまま。
俺が殺した時と変わらぬままの、殿の遺体。
雪を被り、血に塗れ、瞳孔の開いた殿の変わり果てた姿。
「いやあぁぁああぁあああああ!!!!!・・・!!!!!!」
布の裂ける様な悲鳴をあげ、巴が殿に縋る。
だが既に身体が固まり始めているのか、殿の身体が硬そうに揺れるだけだった。
「っ・・・、!!!!!!!」
巴の悲しい叫びが、雪の林に響き渡る。
その様子から彼女と彼が特別な関係だと悟ったのか、周囲の者も感情を刺激され、涙し始めた。
警官達も、弥彦も、そして、薫殿も。
「そ、そんなっ・・・・だって・・・・昨日まで元気で・・・・さん・・・・元気で・・・いたのに・・・・」
「チックショウ・・・何で・・・何でこんな事になったんだよ!!!!」
佐之が、近くにあった木を力任せに殴る。
その衝撃で枝の雪が落ち、ドザリと鈍い音を立てた。
「・・・最近は、物騒な輩が出入りしているとの噂もあったし・・・
・・・・・この青年は、先日ならず者達といざこざを起こしたと聞いている」
警官の1人が、鼻を啜りながら言った。
「・・・もしかしたら、何か関係があるかも知れない」
警官は俺の刀をちらりと見たが、署長からも色々聞いているのか、特に何も言わなかった。
俺は優しい流浪人。
逆刃刀を持ち、不殺を貫く男。
皆はそう、信じ切っている。
「・・・・・・・・、返事をして・・・・・・・・・・・っ」
巴が殿に縋り、泣く。
俺は、そんな彼女の姿を、愛しい思いで眺めていた。
皆が去り、ここには巴と俺と、殿だけ。
気を利かせて、周囲が一旦戻ったのだ。
また後で、殿の遺体を診療所へ運ぶ為に、誰かが来るだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
巴が、うわ言の様に呟く。
そんな彼女の身体を、軽く引く。
すると、力無く、俺の胸へと凭れ掛かって来た。
巴の眼は見開かれ、涙をポロポロと零している。
まるでそれは、壊れた人形の様に美しかった。
「巴・・・・大丈夫だ・・・・」
「・・・どうして・・・どうして・・・・」
「・・・大丈夫、俺がいる」
「・・・・・・・・・・・・・どうして・・・・・・・」
巴はそれだけを呟く。
仕方が無い。
愛した者が、突如奪われたのだから。
俺はまた彼女から、幸せと愛しい人を、この手で奪った。
だが、コレで。
「巴・・・・」
「っ・・・どうして・・・どうして・・・・」
「大丈夫だ巴。・・・俺がいる・・・傍にいる」
「・・・・ひ、むら、さん・・・・」
巴が、涙に濡れた瞳で俺を見る。
その潤んだ黒い瞳には、俺しか映らない。
コレで、良い。
漸く彼女を、手に入れられた。
「大丈夫だ巴。俺がいる。傍にいる。ずっと、傍にいる」
巴の身体を強く抱き締める。
巴は何の反応も示さぬまま、ただただ、嗚咽を上げて泣いていた。
「巴・・・・大丈夫だ。・・・・・俺が、いるから」
そう言った時
自分の唇に、笑みが浮かんだのがわかった。
巴、コレで。
君を、手に入れられた。
END.
コチラが第二エンディング。
すなわちバッドエンディングになります。
バッドエンドなんか用意すんなよ!!と言わないでーっ
このお話の筋からして、コッチのが良かったんです。
と言うか寧ろ、コッチのが自分的には正規エンディングなんです。
その理由は今度更新予定の『あとがき』にて書かせて頂きますが。
・・・想華を書き始めた時から書きたかったエンディングなので、満足。
また悲劇は繰り返す。
許婚を殺して。
巴の幸せを奪って。
また剣を血に染めて。
しかも今回、巴さんはコッチの世界の人じゃない。
彼女はもう2度と、向こうに帰る事は出来ない。
主人公も同じ事。
でも死んだ事は、親にも誰にも伝わらない。
巴は生きていても、向こうではきっと生きているとわからない。
全てが狂ってしまう、選択でした。
さて、『傷華』でも書きました様に、後は後日談とあとがきのみです。
・・・あ、短編は思いついたらその度更新しますのでv
その時はまた読んでやって下さいませv
ここまでお付き合い下さり、本当にありがとう御座いました。