「雪菜」
「なぁに?」
「俺とお前が、離れ離れになったらどうする?」
「・・・え?」
『来るであろうその時』
の言葉に、寄り添っていた雪菜は眼を見開く。
それは悲しみであり、恐怖であり、微かな怒りでもあった。
「な、にを・・・言っているの・・・?」
「俺とお前が、離れ離れになったら・・・と、言ったんだ」
「何故・・・そんな事を・・・」
雪菜が苛立った様に言う。
それは、彼と離れると言う事の恐怖による物だった。
それ程に、彼女はと離れる事を恐れている。
「・・・風に聞いた噂だが」
「?」
が遠くを見ながら話を始める。
雪菜は、紅い瞳を彼に向けた。
「見目麗しい妖怪達は、人間達に金で買われ、玩具にされているらしい」
「・・・人、間?」
「・・・・欲の皮の突っ張った、異次元の生物だ」
聞き慣れない単語に、雪菜は首を傾げて問う。
は、簡潔に答えた。
「・・・そう、なの?」
「・・・・大半はな」
「・・・怖い」
「どうせお前には関係無いだろう・・・・と、言いたい所だが」
が初めて雪菜を見る。
雪菜も、彼の氷色の眼を見詰め返した。
「お前は、狙われるぞ」
冷たい一言。
雪菜は、驚いた様子でを見上げた。
「・・・ど、どうして・・・?」
「知らんのか。お前達氷女の涙、氷泪石」
「氷泪石が・・・?」
「人間達の間では、大層価値のある宝石らしい」
「・・・・・・」
「・・・欲深い人間が、お前を見つけた時にどうするか・・・な」
「で、でも・・・大丈夫よ」
がニヤリと、口角を意地悪く吊り上げる。
雪菜は少し泣きそうになりながら、縋る様な声で言った。
「だ、だって、貴方がいるじゃない・・・」
「ほぅ?」
「、とても強いし・・・」
「俺はいつ、お前を捨てるかわからんぞ」
「・・・・・・そ、それは、そうだけど」
「・・・言ったろう。離れ離れになったら・・・と」
相変わらず愛情の感じられない彼の言葉に、雪菜は眉を八の字に下げる。
そして彼は、本当に自分を捨てるだろう。
必要と感じなくなったら。いらなくなったら。
それを想像し、雪菜は身震いした。
「・・・も、もし掴まっても、人間になんて、降伏しないわ」
「馬鹿、降伏も何も関係は無い。あいつ等は私利私欲の為に、何でもする」
「・・・何でも・・・?」
怖い。けれど、好奇心が顔を覗かせる。
控え目に問うて来た雪菜に、は氷色の眼を向けた。
「そうだな・・・例えば、拷問とか・・・か」
「ご、うもん・・・」
嫌な響きに、雪菜は眼を伏せる。
紅い瞳に影が落ち、乾いた血の様な色を映した。
「い、痛いのには、慣れているから・・・」
意外な一言に、今度はが眼を見開いた。
それも微かにだが、それでも、その眼に浮かんだのは確かに驚き。
だが、すぐに気付いた。
自分は良く、妖怪の奇襲に遭った時等、彼女を突き飛ばしているし。
戦闘が終わって彼女を見てみたら、擦り傷と痣が様々な場所に出来ている事も珍しく無い。
それに、故郷では、忌み子と迫害されていた様だし。
だからは敢えてそれに触れず、鼻で哂うと、言ってやった。
「精神的な拷問もあるだろうよ」
「精神・・・?・・・氷河の国で、された様な事?」
「・・・・それは知らんが」
お前の過去なぞに興味は無い。と切り捨てる。
その返事は予想していたらしく、雪菜はふふふと笑うだけだった。
暫くそのまま沈黙が下りたが、不意にが言う。
「・・・雪菜」
「なぁに?」
「離れ離れにならない方が、お前を苦しめるかも知れんな」
「え?」
突然の言葉に、雪菜は丸い眼を更に丸くする。
はそんな雪菜を見て、フンと笑った。
「お前が人間に捕まり、俺もついでに捕らえられたとしよう」
「え、ええ・・・」
「そうしたら、きっと俺は、お前を苦しめる為に使われる」
「・・・ど、どう言う事?」
の言わんとする所がわからず、雪菜が不安そうに問う。
「端的に言えば、お前の目の前で、俺が殺されるかも知れんと言う事だ」
途端、雪菜の瞳からポロリとミルク色の氷泪石が零れた。
は、ギョッとして雪菜を見る。
「そんな事・・・言わないで・・・」
「・・・何を泣いている。気味の悪い奴だな」
「だ、だって・・・貴方が、殺されてしまった所を想像したら・・・」
「・・・想像で泣くな、馬鹿垂れ」
心底呆れた声で、が雪菜の頭を軽く叩く。
雪菜はまだ、ポロポロと泣いていた。
「・・・もしかしたら、殺されるより惨い目に遭うかも知れんしな」
「も、もう言わないで・・・」
「お前の目の前で、腕を引き千切られ、眼球をナイフで抉られるかも知れない」
「、お願いもう言わないで・・・」
「・・・今の内に耐性つけておけ。いつ本当になるかわからんぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
雪菜がに縋りつき、声も無く涙する。
小さい肩が小刻みに震えていて、彼女の心が痛んでいる事を知らせていた。
「・・・・そんなでは、現実になった時、耐えられんぞ」
の言葉に、雪菜はイヤイヤをするように頭を振る。
柔らかい氷色の髪が、の肩を擦った。
「・・・・ねぇ、」
「何だ」
暫く泣いていた雪菜が、随分静かな声で言う。
は向こうの景色を見ながら、素っ気無く返す。
「貴方の辛い姿を見ずに済む方法があるわ」
「ほぅ」
少しばかり興味を持った様子で、は彼女を見る。
雪菜は、涙の筋が残る顔でにこりと微笑んだ。
「人間達に連れ去られる前に、私が舌を噛み切ってしまえば良いのよ」
無邪気に。綺麗に。
それでいて、自身が閃いた案に、それは嬉しそうに。
笑いながら雪菜が言った。
「・・・随分思い切った発想だな」
「あら。だって、それなら辛い思いもしないし、貴方の苦しむ姿を見なくても済むし・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・人間達の好き勝手にされなくて済むわ」
雪菜は随分楽しそうだ。
考え付いたそれが、あまりに良い解決方法だったらしい。
「・・・兄を探さなくても良いのか?」
「・・・・・貴方と離れるより辛い事なんて、ないもの」
「・・・・・・変わった女だな」
「そうかしら?」
が軽く笑う。
雪菜も、また楽しそうに笑った。
別れが近づいた、魔界での出来事。
END.
雪菜ちゃんの精神が不安定なのを書きたかった。
目に見えて不安定なんじゃなくて、普通に見えてふとおかしい事言ったり。
2人の別れが近づく前。そろそろ近づくその時。
主人公は何となく感づいているのかも知れませぬ。
余談ですがこの小説、相当早く書き上がりました。(所要時間30分程)