俺が10歳の時だっただろうか。


お袋が病に倒れたのは。


優しいけれど、芯の強い人だったから、最後まで戦っていたけれど


結局精根尽き果てて、向こう側に行ってしまったのは。




良く覚えているのは、親父の事。


お袋が逝った後、見ていられない程に衰弱した親父の事。


俺がいた。巴がいた。ジジイもいた。


だからこそ親父は立ち直ったけれど、最近思う。





あの時、親父が1人だったら。





ジジイも向こうへ行き、俺も巴もこの家にいなかったら。


親父はどうなっていただろうか。


立ち直れただろうか。


お袋の死を受け入れられただろうか。


間違った事を起こさなかっただろうか。




親父は本当にお袋の事が好きだったから。




本当に好きな人を失うのは、誰でも辛い。


でもそれが、女に先立たれた男であると、更に哀れに思う。


男が1人残されるのは、可哀想な物だ。




お袋の遺影を前に、何となくそう思った。
















「なぁ、巴」




隣にいた巴に声を掛ける。

巴は、当たり前の様に振り向いた。




「どうしたの?」
「・・・いや、あのさ・・・」




声が聞こえる。

姿が見える。

これはいつ、唐突に奪われるかもわからない物だと、思った。




「・・・お前はさ、俺より後に死んでくれよ」




突然の俺の言葉に、巴は目を見開いた。

けれど、お袋の遺影を一度見てから、少し悲しそうに俺を見詰める。




「・・・・・・・
「・・・・お前の死に顔なんか、見たくない」




巴は何も言わない。

巴も覚えているのだろう。

俺の親父の事を。あの時の事を。

あの時の哀れさを、悲惨さを、良く知っているから。



優しい巴は、俺の酷い言葉に何も言えない。




「・・・・・きっと私は、耐えられないわ」




巴の小さな言葉。

それは俺も同じだし、巴もまた一番思っている事。



耐えられるだろうか。

勿論、時間が経てば傷は癒えていくだろう。

これから生きる為に癒えていくだろう。

それでも。

それでも、傷が癒えるまでの月日を、過ごせるだろうか。



それも、不意にそれが奪われたなら、耐えられるだろうか。



巴が突然消えたら、耐えられるだろうか。




「・・・俺も無理だ」




きっと、耐えられない。


だから、俺より後に死ねと言われた巴の辛さも、わかっているつもり。


巴がもし俺より早く逝ったなら、俺はきっと間違いを起こすだろう。




だから




「・・・1秒」
「え?」
「・・・・・1秒でも良い」




俺が消えた後で、ずっと生きてろなんて言わない。




「たった1秒でも良いから。・・・1秒だけでも良いから」
「・・・・・・・・」
「・・・1秒だけでも、俺より生きてくれ」




巴の頭が俺の肩に寄り添う。

悲しい綺麗な香りがした。

白い、綺麗な香りがした。





「きっと」





巴の唇から、雫の様に言葉が零れる。










「きっとその1秒は、永遠よりも長く感じるわ」










巴の言葉を最後に、静かな時間が訪れる。


巴が当たり前にいる時間。

当たり前に生きて、喋って、感じられる時間。


それは、非情なまでに早くて。




巴には、辛い思いをさせるのだろうその1秒が。




・・・今過ぎ去ったこの1秒が、本当に永遠ならば良いと思った。



























END.


2人共、お互いの事しか、自分の事しかまだ見えない。
自分達2人が揃って消えてしまった後。
残された人々の抱く思いなんて、まだ考えてません。

お盆が近くなったので、何となく書いてしまった。
私の方では、お盆は8月なのです。