「おいコラ剣心!何隠れてんだ!?」
「だって・・・だって・・・」





息子は、日に日に成長していく。






そして、日に日に、彼に似ていく。






日に日に、左頬の傷は、濃くなっていく。










『消えない罪』










?どうしたの?」


の声を聞きつけ、巴が奥から顔を出す。

ふわりと、白梅が香った。


「ったーく・・・まただよ」
「あら・・・もう、仕方ないわね・・・」


縁の下に隠れてしまった息子に、巴とがふぅと溜息を漏らす。




彼等の息子は、未だに父に慣れていない。




「剣心、出てらっしゃい」
「・・・・・・・・・」


巴が呼んでも、息子・・・剣心は出て来ない。

またか。と、巴は頭を押さえた。


「ホラ、お父さんに”お帰りなさい”でしょう?」
「・・・・お父さん、怖い・・・・」
「お、俺は何もしてねぇだろぉが!!」
「も、もう、ったら・・・剣心が怖がるわ」
「う・・・・」


思わず大声を出したに、巴が苦笑いを浮かべて窘める。

もすぐに、バツの悪そうな顔をして口を噤んだ。


「剣心、出て来い。別に何もしねぇから」
「・・・・・ホント?」
「ホントって・・・俺がお前に何かした事あったかぁ?」
「・・・・・・・・・・・」


が呆れて頭を掻く。




剣心は、父の事が苦手だ。




母である巴には、良く懐いている。

だが父であるには、どこか遠慮している様で、いつも逃げてしまう。

嫌っている訳ではないようだが、それに近い脅えに、も巴も困り果てているのだ。


「・・・・・・・・・・・」


剣心が、ようやくノソノソと縁の下から出て来た。

だが出て来たかと思うと、すぐに母である巴の後ろに隠れてしまう。

も、流石に自分の息子にここまで怖がられると、何か自分がしたのではと言う気になってくる。


「おい剣心」
「・・・・・・なぁに、お父さん」
「いや、なぁにじゃなくて、こっち見ろ」
「・・・・・・・・・・・」


の声に、剣心は数瞬躊躇った後、巴の背から顔を覗かせる。


その紫がかった丸い瞳は、随分と脅えていて。


左頬の十字傷は、痛々しい程に浮かび上がっていて。








「・・・っ」








脳裏に、彼を思い起こした。








「・・・・ふぇ・・・っ」
「え?」
「・・・お父さん・・・やっぱり怖い・・・っ・・・」
「お、おい、剣心?」


ポロポロと泣き出してしまった剣心に、だけでなく巴まで狼狽する。

あまりに突然の事で、何が怖かったのか、何が原因なのか、サッパリわからない。


だが、もう5つになる息子。


そろそろ自分の意思もしっかり話せるだろうと、は息子の目線にしゃがみ込む。



「剣心、何が怖い?」
「・・・・・・・お、父さん」
「俺?」


目線を合わせて来たの顔を見ず、巴の背に顔を埋めたまま、泣く。

中腰になっていた巴も、に合わせて膝を曲げた。


「剣心、ちゃんとお話してね。お父さんも、貴方に怖がられて、とても悲しんでいるから」
「・・・・・・・・・・ごめんなさい」
「いや、良いけど・・・いや、良く無いけど、理由は教えてくれよ?」


が言うと、剣心は少し黙った。



だが、少し息を吸うと、やはり父の目を見ずに、答える。










「お父さん・・・僕の事、嫌いでしょ・・・?」










しん・・・・と、空気が静まる。



息子の答えは、全く予想していなかった物だった。



「え?」
「・・・・お父さん、僕の事・・・・嫌いでしょ・・・・?」
「ちょちょちょちょっと待て、何でそうなるんだ?」


が、泣きじゃくる息子の肩を掴む。

途端、剣心の肩がビクリと揺れた。

その様子に、慌てて手を離す。


「あ、悪ィ」
「・・・・・・・・・・」
「で、どうして俺が、お前の事嫌いだって思ったんだ?」
「・・・・・・だって」


自分の息子だ。

嫌いな訳が無い。




・・・確かに、何とも言えない複雑な感情がある事はあるが。




それでも、息子は息子だ。


息子は、彼ではない。


彼は、息子ではない。





巴が、彼の妻では無い様に。





「お父さん・・・・僕の事見る時・・・・怖いんだもん・・・・」
「・・・怖い?」
「・・・・・・僕のほっぺの話する時とか、僕の顔見る時とか」
「・・・・・・・・・ああ」




が額を押さえる。





違う。それは、嫌っているんじゃなくて。





「・・・・・・・・・・・」





言える訳が無い。



事実を、こんな幼い子供に。






「・・・・・剣心」






が、息子の頭を優しく撫ぜる。


剣心は、黙ったままポロポロと涙を零している。


巴は、心配そうに2人を見詰めている。






「違う。嫌いなんじゃない」
「・・・・じゃあ、どうして、僕の事、怖い顔で見るの?」
「・・・お前の、十字傷」
「?・・・ほっぺの?」
「・・・そうだ。お前の、その・・・十字傷は・・・・・・・・」




が黙る。

剣心が、真ん丸い目を更に丸くして、父を見る。

巴が、目を逸らす。




「・・・・・いや・・・・・お前のその傷が、あまりに痛そうだから・・・・・」
「??」
「・・・・・・・少し、辛くなっただけだ」
「そう、なの?・・・お父さん、僕の事、嫌いじゃないの?」
「・・・ああ、嫌いじゃない。嫌いじゃないから」
「・・・・・本当?」
「・・・・・・ああ」




どうして、すんなり言葉が出て来ないんだ。





が、唇を噛む。


素直に、ただ素直に、嫌いじゃないよと。

大好きだよと。愛しているよと。


何故、言えない。





だが、言葉を伝えようと息子の顔を見ると、嫌でも目に入る。







左頬の、十字傷。







それを目にする度、思い出して仕方が無い。







彼を。







十字傷を持つ、彼を。










「・・・・・・・・・・・そう」
「剣心?」



の言葉を聞き、剣心が悲しそうに俯く。

その様子に、不安げに声を掛けるが、彼は父を見ようとしない。



まだ、泣いているらしかった。



「・・・・・ごめんなさい、お父さん」
「いや・・・良い。俺も悪かったな。俺は、お前の事・・・嫌ってなんか、いない」
「・・・・・・・うん」



剣心はこちらを見ない。


は、辛い思いで息子を見た。





「・・・・あのね、お父さん」





不意に、剣心が呟く。


相変わらず俯いて。涙を零して。




「ん?」




なるべく怖がらせないように、が聞く。







だが、次の瞬間、と巴の表情が凍った。











「お父さんの顔見ると・・・・ほっぺの罰点が痛いの。・・・・ズキズキって、痛いの」



















剣心が眠った後、巴とは静かに座る。

並んで、座る。



2人の顔は、沈んでいた。



「・・・・なあ、巴」
「?」
「・・・・俺、すぐに、アイツに好きだって言ってやれなかったんだ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・どうしても・・・・・あの人が、脳裏に過ぎるんだ」
「・・・・・私も、同じよ」



巴が言う。


彼がすぐに、息子に心を伝えなかった訳くらい、わかっている。


痛い程に、わかっている。




「・・・・なぁ、巴」
「なぁに?」
「・・・・アイツ、似て来たな」
「・・・・・・・・・・」



誰にとは、言わない。



息子が似てきた人物なんて、1人しかいない。




「・・・・・左頬の傷・・・・・濃くなってきたな」
「・・・・・・・貴方もね」
「・・・・・・・・・」




巴が、の肩に顔を埋める。


巴の髪が、左頬の十字傷に当たった途端、それが激しく痛んだ。





「っ・・・・」
「・・・・・・?」
「・・・・・・・・・いつまで」
「え?」






呻いたが、辛そうに言葉を搾り出す。






「いつまで・・・・・・・・俺達を戒めるんですか・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」






巴が、目を伏せる。






「・・・・・・・貴方は、いつまで・・・・・・許されないんですか・・・・・・・・」






の小さい叫びに、巴がそっと返す。






「・・・きっと・・・あの人自身が・・・・・自分を許せていないのよ・・・・・」











の十字傷から




息子の髪と同じ。




彼の髪と同じ。




赤い、血が、流れた。































END.


つくづく幸福に縁の無い主人公と巴さん。
息子にすら『彼の影』が。
彼と良く似た息子に、愛情を抱きつつ複雑な感情を持ち合わせている。
それを、大人の顔色に敏感な子供は、素直に取ってしまって。
まったくもって、災難な家族です。