「して、恵殿。話とは?」
外へ出た2人を気にしつつ、恵殿に問う。
彼女の顔色は、心なしか悪い。
不安が、胸を過ぎった。
『想華 拾弐』
「剣さん・・・あの2人については、どれ程知っているんですか?」
「え?・・・いや、名と・・・京都から旅をしていると言う事以外は・・・」
考えれば、少々用心の足らない事だ。
だが、仕方が無い。
無理に知ってはならない様な気がするし
何より、巴は頑なに口にする事を拒んでいる。
・・・本当なら、全てを知りたい所だが。
「・・・しかし、何故?」
「ええ・・・少し、気になる事が・・・」
「?」
気になる事?
興味を引かれ、少し身を乗り出す。
「・・・剣さんは、あの2人を、どう思います?」
「どう・・・とは?」
「・・・その・・・」
彼女は、言い辛そうに俯く。
・・・何だ?
何か、あったのだろうか。
「・・・恵殿、教えて欲しい。一体、何が・・・?」
「・・・・コレは、私の勘違いかも知れませんが・・・」
「・・・・・・・・・・」
次の恵殿の言葉に、俺は、思わず目を見開いた。
「何だかあの2人・・・この世の人達じゃあ・・・無い様な気が・・・するんです」
・・・何?何だって・・・?
殿が、巴が・・・
この世の者では、無い?
「・・・・そんな、何故・・・・?」
幽霊なんて、怪談の類だ。
作り話に過ぎん。
だが、何故・・・?
何故、こうも『期待』が顔を覗かせる・・・・?
「ごめんなさい。勝手な予想なんですが・・・」
「いや、構わぬでござるよ。聞かせて欲しい」
「・・・何だか、空気と言うか・・・奇妙な雰囲気があるんです」
「・・・・彼等が、死者である、と?」
問うと、恵殿は黙ってしまった。
肯定も、否定もしない。
・・・だが、それに近いと、言いたいのだろう。
病に臥して来た者達を。
今際の人間達を医者として看取ってきた彼女だ。
何か、その時と似た様な感情を覚えているのかも知れない。
その空気を、巴に?
巴が、死者?
思わず、笑いが零れそうになった。
「・・・・そう、で、ござるか」
「ええ・・・ごめんなさい。勝手に、こんな馬鹿な事を・・・でも、どうしても・・・」
「いいや、良いのでござるよ。話してくれて、ありがとう」
恵殿に礼を言い、席を立つ。
奇妙な笑いが漏れそうになるのを、抑える。
死者?
・・・彼女とは、彼とは、きちんと話もした。
巴に至っては、赤べこで、手も取った。
・・・死者だとは、考え難い。
だが。
彼女達が死者だと言うのならば、納得が行くのだ。
巴が死者だと言うのなら、全て都合がつく。
あの巴と同じ容姿。
同じ声。
同じ仕草。
同じ香り。
そして、背中の疵痕。
京都にいたと言う、彼女。
それでも彼女だと断定出来なかったのは、彼女が死んでいたからだ。
だが、死者だとするなら。
引っ掛かっていた最大の謎も、解ける。
人としてあってはならぬ感情だろうが・・・
彼女が死者だと言うなら、都合がつくのだ。
・・・だが、もし彼女が本当の巴だと言うのなら。
あの巴の魂だと言うのなら。
なぜ、俺の事を覚えていない?
彼女は俺を知らぬ様子だった。
更に、殿とは4つの時に逢い、許婚となった、と・・・
俺の知っている巴ではない。
どうなっている?
やはり、死者と言うのは、あまりにも夢を見過ぎているのか。
だが、恵殿の言葉。
この世の住人ではない、と。
その言葉を鵜呑みにする訳ではないが、事実、あの2人に不思議な感覚は覚える。
この世の者ではない。
それが意味する事とは?
死者であると言う事以外に、どう言う意味を持つ?
考え過ぎて熱くなって来た頭のまま、戸に手を掛ける。
「あ、緋村さん、もう良いんスか?」
そこには、殿と、巴。
・・・やはり、普通だ。
人間だ。生きている。
「あ、ああ・・・すまんでござるな、待たせてしまって」
「いや、良いですよ」
「ええ」
ふわりと、白梅が香る。
やはり生きている。
生きている・・・・巴だ。
「?どうしたでござるか?2人共、顔色が優れぬでござるよ」
2人の顔が、何処か青い。
主に、殿の顔が。
・・・何かあったのか?
「え?・・・・・いや、何でも・・・・・」
「・・・・・・・殿」
「・・・・えっと・・・・そろそろ、巴との考えも纏まりそうです」
「え・・・?」
「・・・・もし話す決心がついたら、今夜、緋村さんの部屋にお邪魔して良いですか」
殿が、強い瞳で見て来る。
その眼には、何か、後戻りの出来ぬ決意が見えた。
「・・・勿論。・・・待っているでござるよ」
聞きたい。
一体彼女は、彼は、何なのか。
・・・どうしても。
「・・・ありがとう御座います」
殿が礼を述べる。
巴も、それに続き頭を下げた。
「巴、顔を上げてくれ」
「・・・はい、すみません」
「いや・・・・構わん。・・・・さぁ、もう戻ろう。そろそろ薫殿達も目覚めるだろう」
俺が言うと、も巴もハッとした表情を浮かべた。
俺達がいないとわかれば、ちょっとした騒ぎになるだろう。
それは、避けたい。
「そうスね、じゃあ・・・戻るか」
「ええ」
「・・・えっと、迷惑掛けちゃって、すみません」
「いいや。だが、もう1人で行動するのは止すでござるよ」
「あ、はい。気をつけます」
殿が、朝日の様な爽やかな笑顔を浮かべる。
彼は、とても良い青年なのに。
優しく、きちんと巴の事を知っている、良い青年なのに。
やはり、良い眼では見られぬ自分に、少し嫌気が差した。
目の前を、巴と殿が歩く。
しっかり地に足がついている。
2人共話しながら、歩いている。
死者とは、考え辛い。
だが、それでも
『この世の人達じゃあ・・・無い様な気が・・・するんです』
この言葉が
どうしても
間違っているとは、思えなかった。
NEXT
恵さんが何故こんな事わかったかとか気にしないでね!
多分ホラ、患者の最期を看取る時の雰囲気に似てる。とか・・・
もういっそ勘が鋭いって設定にしておいて下さい。
・・・しかし、コレで緋村に”引っ掛かり”が生まれました。
彼等はこの世の者ではない。では、あの巴は・・・。