『未来から来た』


予想だにしなかった、殿の言葉。


この様な話、普段ならば戯言とまともに取り合わぬだろう。


だが、今の俺には、この言葉は最後の”鍵”となった。


・・・最大の疑問が、漸く解けた。











『想華 拾陸』











殿と巴は、真剣な眼差しでこちらを見ている。


未来から来た。


何と信じ難い話だ。



「・・・緋村さん・・・」



だからこそ、巴と殿はアレ程までに話す事を渋っていたのだろう。

話すと決心した後も、中々打ち明ける事が出来なかったのだろう。

・・・信じて欲しいと、何度も何度も、縋る様に聞いたのだろう。


・・・・勿論、信じる事は難しい。


突然そんな事を言われて、信じられる者がいるのか?

俺だって人間だ、あまりに現実離れした話を、鵜呑みにする訳にも行かん。



・・・・だが、そうなると、彼女が巴である可能性が高いのだ。



”転生”なぞと言う言葉、信じた事も、意識した事すらないが。

・・・・いいや、彼女が逝った後は、ずっと思っていた。

すぐにでも現れてくれないかと。

再び命を得て、俺と添い遂げてくれないかと。



・・・・殿の眼は、強い光を宿している。

嘘をついている様にも、からかっている様にも思えない。






『この世の人達じゃあ・・・無い様な気が・・・するんです』






恵殿の言葉が、また、脳裏に響いた。






この世の者ではない。


あの時俺は、死者ではないかと疑った。


だがそれは違う、彼等は生きている。

死者が蘇る等、やはり、在り得ぬ事。


だがどうしても、恵殿のその言葉に引っ掛かりを感じていた。


死者ではない、が、この世の者でもない。


それが何なのか、見当すらもつかなかったが・・・




殿の言葉で、全ての糸が繋がる。




突如現れた巴と殿。

何処から来たかと問うと、言葉を濁す。

殿の奇妙な衣装。

それに彼は、やたらと、俺達に知られぬ様外出していた。

何か関係があるのではないか。


それに、巴。

死んだ筈の巴が、姿の変わらぬまま現れた訳。

恵殿の、あの言葉。


転生と言う物が、本当に存在するかなぞわからぬが・・・





これで全て、繋がる。





「・・・緋村さん」





殿が、不安そうに問うて来る。


「・・・やっぱり・・・信じて貰えませんか・・・」


・・・確かに信じ難い。

信じられる訳が無い。


だが。・・・だが・・・


「信じて下さい・・・いいや、信じてくれなくても良い!
 ・・・ただ、知っておいて貰いたいんです。・・・本当の事を」


殿が少し俯く。

巴は、そんな彼を心配そうに見つめていた。


やはり、彼女は巴なのだ。


「・・・本当、なんです・・・」


それ以外に、言葉が無いのだろう。

・・・信じられない。

信じられないが・・・・・本当、なのかも知れない。






「・・・・わかった、お主を信じよう」






俺が答えると、巴と殿はバッと顔を上げて見て来た。

その顔は、驚愕と、喜びの色が浮かんでいる。


「本当ですか!?」
「ああ。・・・だが、本当にそんな事があるのか・・・」
「・・・何でも質問して下さい。証拠は見せられないけど、答えられる事なら・・・!」

殿が言った。

・・・聞きたい、事・・・

「・・・お主等は未来から来たと言った。一体、どれ程後からか、わかるのでござるか?」
「今が明治なら、俺等は100年以上後から来た事になります」

100年・・・!?
どれ程後の事だ・・・

「100年後は明治ではなく、平成と言う時代です。
 俺等が今生きていた時代は2007年。今から100年以上後の日本です」

恐ろしい程時間の経過した世界。
・・・やはり、戯言であろうか。
・・・・・いいや、ここまで真剣な眼差しで迷い無く答えているのだから・・・・・

・・・しかし・・・




「・・・そうだ、コレ」




難しい顔をした俺に気付いたのか、殿は上着から何かを取り出した。


・・・彼の手には、見た事の無い・・・箱?


「携帯って言います。未来では、こう言った機械が溢れています」
「け・・い、たい?」
「こんなの、明治には無かったと思います。全て平成になってから・・・作られた物です」


殿から、その”けいたい”とやらを渡される。


つやりとしているが、体温なぞ微塵も感じられぬ、冷たい塊だった。


少し弄ってみると、ぱかりと上蓋が開き、少し驚く。


「?」
「あ、そうやって開いて使うんです」
「・・・これの用途は?」
「離れた場所にいる人と、話したり用件を伝える時です」
「・・・これで?」

・・・奇妙な物体だ。
・・・・こんな、掌に収まってしまう物で、そんな事が?

・・・・・こう言った物を見せられると、やはり本当なのかと、心が動く。


「なるほど・・・・しかし、どうして未来から来た、と?どうやって・・・」
「・・・わからないんです。俺等にも」
「・・・・・そうでござるか」
「はい。・・・だから、俺、1人で抜け出したりしてたんです・・・
 ・・・・元の世界に戻る方法を探す為に・・・・」


殿の言葉を聞き、彼の行動に合点が行った。


そうか、だから誰にも言わず、抜け出していたのだな。

・・・・・見つかっては、いないようだが。


「来た時の状況は・・・俺等の世界では、今、秋の中頃です。
 ・・・それで、コイツと・・・巴と、山の方まで散歩に行ったんですよ」

殿が巴を見遣る。

巴も、軽く頷いた。

「山っつっても、ちゃんと道が舗装されてて、歩き易いんです」
「ほぅ・・・」
「・・・それで・・・上の方に行くと、ちょっと開けた場所になってて・・・
 そこは気に囲まれてて、雪化粧すると、凄く綺麗な場所なんです」



それを聞いて、巴の最期を思い出した。



あの山の中。

雪がこんこんと降り頻る、あの場所。

あそこも随分と開けた場所にあった。



・・・何となく共通点を見出し、殿の話に耳を傾ける。



「それで、そこまで行ったんですけど・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・秋なのに、突然雪が降ったんです」
「!」


今、巴の最期を呼び起こしていた時だったから、驚いた。

雪?

・・・・何か、関係があるのだろうか。


「本当、時期外れで・・・2人で、その雪を眼で追ってて・・・・
 ・・・・・・それが地面についてから顔上げると、もう・・・・・・・」
「・・・・・・ここにいた、と?」
「はい。・・・・今日行かせて貰った、赤べこの近くに」
「・・・・・・・・・・」




それだけで?


雪を見ていただけで・・・ここに?




信じ難い。


・・・・・だが、信じなければならない。




その事実が、恐ろしいまでに合ってしまうのだから。




「・・・緋村さん・・・」
「・・・・最後に、1つ聞きたい」
「はい」


殿は、姿勢を崩さぬまま返して来る。

その構え姿から見ても、彼は武道に精通しているのだと感じた。

斉藤が彼を褒めたのも、頷ける。




「・・・・未来には、転生と言う事は起こり得るのかどうか・・・・」




・・・コレだけは、聞きたい。


巴は巴なのだろう、あの巴なのだろう。


だが、未来から来たと言う事と同じくらいに、信じられぬ御伽噺だ。




「・・・転生、ですか・・・」




案の定、殿も首を傾げる。

巴に視線を向けると、巴も同じく。


「・・・本当にあるのかはわかりません。
 ・・・・でも、そう言う話を聞く事はあります」
「・・・そうでござるか」
「俺は霊的な事を知らないし、感じた事もありません。
 でも・・・そう言う事も、あるんじゃないかと思います。
 きっと、感じる事が出来ない何かがあるんだと、思ってます」
「・・・・そうでござるな」


確かにそうだ。

答えなんて、誰も知らない。

幽霊を見たと言って、信じられるかと言われれば、俺はわからない。

その者にはそう言った勘があり、俺に無いだけかも知れない。


・・・こんな事、わからない。






だが、次の殿の話に、俺は心臓を貫かれた。






「・・・でも、巴は・・・」
「・・・・・え?」


不意に出た彼女の名前に、俺は思わず巴を見る。

巴が?巴がどうした。


「・・・以前お話した様に、私の背には大きな傷痕があります。
 これは生まれつきの様で、私にもわかりません。
 ・・・しかし・・・」


巴本人が言葉を口にし始める。

俺は、奇妙な汗を掻いた。




期待と恐怖が入り混じった、奇妙な汗を、掻いた。




「・・・・神社の神主様だったか、記憶は定かではありませんが・・・・
 母の用で付き合った時の事だったと思います。
 昔その方に、ある事を言われた事が・・・・」
「・・・・・ある事、とは?」




心臓が煩い。

口の中が、乾いて来た。





「私のこの痕からは、凄まじいまでの情念が感じられると」





思わず、眼を見開いた。





「前世・・・と言う物が本当にあるのかはわかりません。
 しかしその神主様が仰るには、私は前世で、愛した方に・・・殺されたそうです」





心臓が、裂けるかと思った。





「背中に浮き出たこの痕は、その時、死因となった傷なのだそうです」





喉が、震えた。





「どうして殺されたのか、本当にそうなのかは、わかりません。
 けれど・・・・私は、愛した方に、背を一太刀で・・・・斬られたと言う事です。
 その時の慙愧の念や憎しみ、そして情念が残っていると、そう、仰っておりました」





笑いが、零れそうになった。





巴だ。





彼女は、本当に巴だ。





俺がこの手で殺した。


俺が初めて愛した。





妻の、雪代巴だ。





歓喜の念が、心に沸き起こる。





未来から来たと。


転生したと。


本当にそうなのかはわからない。



だが。



同じ姓名。

同じ容姿。

同じ声。

同じ香り。

同じ仕草。

背中の傷。


そして、この世の者ではないと。

確かにそうだ。未来から来たと言うのなら。


前世で、愛した者に殺されたと。

それだって、そうだ。転生と言う物が本当にあるのなら・・・・・






「そう、で、ござるか・・・・」
「はい」
「・・・・・・・・・わかった、信じよう」
「・・・ありがとう御座います!良かったな、巴!」
「ええ・・・本当に、こんな戯言の様な話を信じて下さり、ありがとう御座います・・・」
「・・・いいや、良い」


彼女は巴なのだ。

俺が愛した、巴なのだ。



それがわかっただけで。


それが決定付けられただけでも・・・



「あの、緋村さん」
「・・・ん?」
「もし、良かったら・・・俺等が・・・元の世界に戻る方法を、探して頂けませんか?」
「・・・・・・え?」



元の世界に?




・・・・ああ、そうか。

彼等は、未来から来たのだったな。





・・・・・・では、巴は?





また、いなくなるのか?





俺の、前から。





「・・・あ、えっと、俺等も、何とか頑張ってみますけど・・・」
「・・・・・・・・・承知したでござるよ」
「・・・ありがとう御座います!」
「ありがとう御座います・・・」





もし、元に戻る方法が見つかってしまったら。





巴は・・・・・・





いなくなる。





また、俺を置いて。




































NEXT


さぁ、第一の難関である『未来から来た事を告げる』
と言うイベントが終了致しました。
区切りが良いので、ここで第一幕終了となります。
1つの大きな山を越えた主人公と巴さん。
けれど、1つ忘れていませんか?

緋村が確信してしまったのですよ。

彼女は、『本当に巴である』、と。

一難去ってまた一難。
第二幕からは、また違った問題が発生する・・・かもね。