巴と並んで、台所に立つ。
昔はこんな事は無かったけれど、とても良い。
ふわりと香る懐かしい匂いが、記憶を刺激した。
・・・彼女は、巴だ。
『想華 拾捌』
昨日の殿の話。
到底信じられぬ話だが、良い。
巴が巴なのだと、確信を持つ事が出来た。
転生が本当にあるのかどうかは知らない。
だがもうこれで、彼女が他人であると言う要素は消えた。
彼女は、俺の愛した妻、巴だ。
「すみません・・・手伝わせてしまって・・・」
「いいや、俺が手伝いたいだけだ。・・・気にするな」
「・・・はい」
少しはにかんだ様に笑う彼女を見ていると、あの頃に戻った様に錯覚する。
・・・こんな幸せな時間が、また訪れるとは思わなかった。
この時が永遠に続けば良い。
「あの・・・緋村さん」
「何だ?」
「・・・昨日の話ですが・・・」
「・・・・ああ」
未来から来た、と言っていた事だろう。
「・・・信じて下さってありがとう御座います」
「いいや、信じるしかないだろう・・・ああまで言われたら」
「・・・・はい・・・・なるべく、早く、帰る方法を見つけようとは思いますので・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
帰らないでくれ。
・・・言えない。
言ってはならない。
彼女はこの明治の人ではないのだ。
だが、そうしたら、俺は?
・・・また、奪われるのか、消えるのか。
彼女は、他の男と、俺の手の届かぬ所へ行くのか。
殿と、行ってしまうのか。
・・・・・・・・・・嫌だ。
「・・・大丈夫だ。ゆっくり探したら良い」
「・・・・しかし、これ以上ご迷惑をお掛けする訳にも・・・・」
「迷惑などではない。・・・寧ろ、いて欲しいくらいだ」
「え?」
巴が、キョトンと俺を見て来る。
つい、本音が漏れた。
・・・・・だが、事実だ。
「・・・・すまない、だが・・・・」
「・・・・・ありがとう御座います、嬉しいです」
「・・・・・・・・・・・そうか」
「はい。・・・も、喜ぶと思います」
「・・・・・・・・・・・」
いつも、そうだ。
巴の口からは決まって、『』の名が出る。
こうして2人でいる時くらい、俺だけを見てくれたら良いのに。
居間に戻ると、殿しかいなかった。
皆は・・・部屋にでも戻ったのだろう。
「巴、お疲れ」
「ええ、ありがとう」
殿の労いに、巴が微笑む。
・・・そう言えば、彼は俺が立つ時、同じ様に立ち上がろうとしていた。
彼も、巴を手伝おうと思ったのだろうか。
・・・そうしていたら、巴と殿は、台所でも2人きりだったのか・・・
想像して、胸の中がドス黒く染まる様な気がした。
「皆さんは・・・?」
「薫さんと弥彦君は朝の稽古。相楽君は帰ったよ」
「まぁ・・・」
「俺は、ちょっと休憩してから探索に行く」
「わかったわ。・・・私も、一緒に休もうかしら」
「おー、了解」
巴が、つつつと殿の隣に寄り添う。
・・・腸が、煮え繰り返りそうだ。
・・・・どうしてこんなに、嫉妬深くなったのだろう。
それ程までに、巴の存在が、俺の中で大きいのだろうか。
・・・・確かに、彼女が愛しい。
他の男と寄り添う姿なぞ、見たくない。
「・・・・・・拙者も、部屋で休んでいるでござるよ」
「あ、はい」
「すみません、お疲れの所手伝わせてしまって・・・」
「いいや、俺がしたかっただけだ」
そう言い、もう2人の姿を見ないよう、足早にその場を去る。
・・・居間を出る瞬間、殿の不安げな視線が、背中に当たった。
部屋に戻り、考える。
流石に殿には、あからさまに当たり過ぎたか・・・
だがもう、仕方ない。
我慢が利かないのだ。
巴は、あの巴だ。
それがわかると、更に。
巴の隣に、当たり前の様にいる彼に、どうしても嫉妬の感情が抑えられない。
彼女は俺の妻だった人なのに。
・・・・転生しているからとか、明治の人ではないからとか・・・・
もう、俺の中では些細な事に過ぎん。
彼女が巴である。それだけで十分だ。
だが、巴は俺の隣には来ない。
彼がいるから。
殿がいるから。
・・・・そう考えるだけで、激しい感情が俺の中を駆け回る。
決めた。
1つ、自分の中で決心し、すっと立ち上がる。
これは、卑怯な手だ。
殿を、そして・・・もしかしたら巴まで・・・
・・・傷付ける。
だが、どうにもせずにはいられない。
彼女を傷つけたくはない。
だがそれ以上に。
それ以上に・・・彼女を、離したくない。
もう、失いたくない。
ぎっと握り拳を作りながら、殿の部屋まで迷い無く進む。
そして、襖の前に立った途端、また、怒りの感情が湧き上がって来た。
今この部屋の中。
巴は、殿と2人きりなのだ。
・・・・2夜も、共に・・・・
苛立ちが募る中、トントンと襖を叩く。
すると、中からは殿の声が聞こえた。
「はーい」
「すまぬ。・・・少し、良いでござるか?」
「あ、はい、どーぞ」
返事を貰い、襖を開ける。
そこには、殿と巴が向かい合わせで座っていた。
「えっと・・・どうしました?」
殿が少々脅えた風な様子を見せる。
やはり、先程の俺の態度が明らかに冷たいのを感じ、警戒しているのだろう。
「・・・あぁ・・・殿に、用が」
「えっ、俺ですか?」
殿が驚いた様に眼を見開く。
巴も、意外そうだった。
「えーっと・・・何でしょう?」
殿が首を傾げたのを見てから、俺は努めて冷静に言った。
「少し、話がある。・・・付き合って貰えるでござるか」
NEXT
さて、ここいらでもう一度忠告を。
次の話から、緋村が相当嫌な男です。
もうこの終わり方からして、次回イヤーな展開がある事は確定。
主人公、頑張れ。