緋村さんに連れて来られたのは河原。
サラサラ流れる川は、心を穏やかにしてくれる・・・筈なんけど・・・
今の俺には何のリラクゼーション効果も与えてくれねぇよ!!!
誰か助けてくれーーー・・・!!!
『想華 拾玖』
緋村さん・・・さっきから無言だよ・・・
ずっと俺に背向けてるから、顔も見えないし・・・・
ってか俺、どうして連れて来られてんだろ!!?
昨日の話の事?
でもそれだったら、巴も連れて来るよな・・・・
だって緋村さん、俺だけに話があるっつってたし・・・・
・・・え、もしかして何か怒られる!?
何かしましたか俺ぇぇええ!!!!
「殿」
「は、はい」
暫く間を置いてから、緋村さんが俺に話し掛けて来た。
うわぁぁああ心臓ドキドキだよ!!!!
「・・・すまんでござるな。突然連れ出して」
「い、いえ・・・」
大丈夫です。大丈夫ですが怖いです!!!
ど、どうして呼ばれたんだろう・・・・
「・・・少し、話を聞いて貰えるでござるか」
「話し・・・・ですか・・・・?」
「ああ」
「・・・え、ええ、俺で良ければ・・・」
「お主でなければ、ならんのでござるよ」
「は、はぁ・・・」
な、何だろう・・・俺に話す事?
1人で勝手に行動するなとか?
いや、それなら巴も一緒に来るよな・・・な、何だぁ?見当つかねぇ・・・
「・・・・これから話す事は、昔話になる」
「え?」
「・・・・拙者の、過去の事でござるよ」
「は、はぁ・・・」
緋村さんの過去?
・・・どうして俺に?
・・・・・まぁ、今は、話を聞こう。
「・・・拙者は昔・・・幕末に、抜刀斎と呼ばれていた」
バットウサイ?
な、何だろう、あだ名かな・・・
「暗殺を請け負う、人殺しだ」
「えっ・・・」
あ、暗殺!?人殺し!!?
えっ、ひ、緋村さんが・・・・!!!!?
う、嘘だろ・・・そんな風には、見えねーけど・・・
・・・・あ、でも、か、刀差してるし・・・・
ま、まさか俺殺される!!?
「京都で暗躍していた。・・・今からもう10年以上前だ」
京都・・・俺等が今住んでるトコだ・・・
・・・・・昔から、新撰組とか、色々話のある場所だけど・・・・・
・・・・・・まさか、こんな事まで聞くとは思わなかった。
「その頃拙者は誰も信じられる者がおらず、1人、ただ虚しさを感じながら人を殺めていた。
本当なら皆を守りたかったのに、拙者はただただ命を奪うだけの毎日だった」
今俺等が住んでいる世界とは掛け離れた話に、実感が沸かない。
今の世の中は平和っつえば平和で、日本では戦争も無い。
凶悪犯罪なんかは増えてるけど、暗殺だの何だのは、もう、ほとんど無い。
「ある時、拙者は・・・1人の女性と会った」
「・・・女の人?」
「ああ。・・・・とても、美しい人だった」
そう言われ、ふと巴を思い出す。
俺の中の『美しい女性』は、巴だ。
何となく、緋村さんの話しに出て来た美しい人を、巴の姿と重ねて想像する。
「初めは無表情で、何を考えているかもわからない、不思議な女性だった」
巴も同じだ。
俺が巴と初めて会った時・・・4歳の時だったけど、今でもハッキリ覚えてる。
何を話し掛けても無表情で、返事しかしなくて・・・
初めて笑ってくれた時、すげぇ嬉しかったのを覚えてる。
「ふわりと香しい香りを漂わせながらも、誰とも付き合いを持たぬ彼女に、少し興味を持った」
巴も良い香りするよな。
・・・何だっけ、白・・・・何とかっつー香り。
アイツに良く似合ってる。
「暫く共にする内に、拙者は彼女に惹かれた。
・・・人を殺す辛さを、彼女といる時には・・・少しだけ、忘れていられた」
人を殺すなんて、俺には良くわからないけど・・・
辛いよな。
さっき緋村さん、皆を守りたかったっつってたし・・・・
人を守る為に、その倍以上の誰かを殺すんだろう。
辛いに決まってる。
・・・緋村さんがその女性に会えて、良かったと思った。
「拙者は、彼女と共に生きる道を選んだ。
人を殺める道を捨て、愛しい人と共に歩むと決意した」
それは、良かった。
だってさ・・・辛い思いしてまで人殺す人生なんて、嫌だしな。
何だか、緋村さんが救われたんだって思うと、ちょっと嬉しくなった。
「暫くは・・・・幸せだった。
彼女の微笑みを見る様にもなったし、日々が愛しかった。
彼女の九つ違いの弟には、嫌われたりもしたが」
「あはは、そうだったんですか」
何だか暖かい過去を聞けて、ほっとする。
でも、何か・・・緋村さんの声は、奇妙な程に落ち着いていて・・・・・・・・・
・・・・・・怖い。
「拙者は、彼女を守ると誓った。幸せにすると誓った。
・・・・・・彼女が愛しかった。ただ・・・・・ただ、愛しかった。
・・・・・・・・・彼女に誓ったその夜、初めて彼女と夜を共にした」
ちょっと顔が熱くなる。
だ、だってさ、夜を共にしたって事は・・・・アレだろ、アレ。
ひ、緋村さん!どうして俺にそんな事話すんですかー、良いんですかー!?
・・・・・って、普段なら聞いてるトコだよ。
でもさ・・・・・聞けない。
緋村さんの声は、どんどん硬く、冷たく、怖くなっていってるし。
・・・・・この先の話を、どうしてか、聞きたくなかった。
「翌朝目覚めた時、もう彼女はいなかった」
ドキン。と、心臓が跳ねた。
幸せな話を聞いていた筈なのに。
この後の展開を・・・聞きたくない。
・・・何だか、悲しい結末が待っている様な気がする。
「彼女は・・・・彼女の正体は、拙者を、抜刀斎を始末する為の密偵だった」
!!!!
・・・・・・・・おいおい、嘘だろ・・・・・・・?
だって、あんな、幸せそうに・・・・
愛しいと感じた人が。
初めて好きになった人が。
守るって、幸せにするって誓った人が・・・・
自分を、殺す為に・・・・??
「だが彼女は拙者を庇った。・・・・・その所為で・・・・・」
「ま、待って下さい!まさか・・・・」
「・・・・・・拙者は、彼女を追った。
必死で。・・・・本当に・・・・必死で」
緋村さんは言葉を続けた。
・・・・でも、この後には、きっと・・・・
・・・幸せな展開は、待って無い。
「・・・・彼女の傍に辿り着いた時、拙者はもう満身創痍だった。
・・・・血に塗れ、命を奪い、拙者自身も・・・・もう危険と言って良い状態だった。
それでも、彼女の姿を見たいと、彼女を取り戻したいと・・・その一心で、足を進めた」
壮絶だと、思う。
それ程までに、緋村さんはその人を愛していたんだ。
・・・その、女性を。
命を掛けてまで。
自分を殺しに来たとわかっても、それでも。
・・・俺も、巴がいなくなったら、そうなるのだろうか。
・・・・・・なる様な気がする。
自分が死んでも、巴を助けに行く。
「そして・・・・・・その時は訪れた。
拙者が、彼女を連れ去ったその男を斬ろうとした、その時。
・・・・・目の前にいたのは・・・・・
・・・・・・・自分が、斬ったのは・・・・・・・・
・・・・・・・自分が、殺したのは・・・・・・・・」
・・・・聞きたくない・・・・!!
「・・・・・・・・・愛しくて、愛しくて仕方の無い・・・・・・・・・・」
・・・・・緋村さんの声が、強張った。
「・・・・・・・・・・・・彼女の、姿だった」
ザァ・・・と、川の音が一際大きくなる。
緋村さんの話が止まった。
俺も、瞬きを忘れて、緋村さんの背中を見た。
その背からは、何の感情も読み取れない。
「拙者は彼女を掻き抱いた。
泣いた。誰を殺しても泣かなかったのに、この時だけは。
・・・・雪の降り頻る山の中、血塗れの彼女を抱き、泣いた」
雪の降る山。
ぱっと俺の脳裏の浮かんだのは、あの日の景色。
俺と巴が、こっちに来る直前の景色。
山の中。
木々に囲まれた、山の。
そして、雪。
ふわりと散った、雪。
「彼女は、とても穏やかで美しい笑みを浮かべていた。
・・・・・・・本当に、美しい微笑だった。
・・・・・・・・・今でもその笑顔は、忘れられない」
俺まで泣きそうだ。
その人は幸せだったんだろうか。
殺せと言われた男を愛して、そしてその男に殺されて。
・・・・幸せ・・・・だったんだろうな。
「・・・この左頬の傷は、その時の物でござるよ」
「え?・・・・そう、なんですか・・・・?」
「ああ。・・・・・元々、一筋の傷だったが・・・彼女の持っていた刃で・・・・・」
「一筋の・・・?」
「そう。・・・今の、殿と同じ様な、一筋の傷だった」
そう言われ、俺は自分の左頬に手を当てる。
ガーゼはもう取ってしまったが、傷痕はきっちり残ってる。
これは消えそうに無い・・・深い傷。
・・・緋村さんも、十字になる前は。
・・・・その女性を殺める前は・・・・俺と同じだったのか。
「今でもこの傷は、戒めとして残っている」
「・・・・・・・・・」
「・・・・彼女の事を・・・・今まで奪って来た命を忘れてはならぬ為の・・・・」
「・・・・そう・・・・ですか・・・・」
「・・・元より、怨みや強い念が籠った傷とは、一生消えぬ物。
・・・・コレも・・・・そうでござるよ」
しん・・・と、静まる。
何となく息が苦しくなって、慌てて緋村さんに問い掛けた。
「あ、あの・・・その女性って・・・どんな人でした?」
「ん?・・・ああ・・・彼女の事か・・・そうでござるな・・・・とても美しい黒髪をしていた」
「黒い髪・・・」
まぁ、昔の人だもんな・・・
今は真っ黒な髪の人なんか少ねーけど、綺麗だったんだろうな。
・・・巴の髪も、すげぇ綺麗な黒髪だけど。
「初めは無表情だったが、打ち解けると微笑みを見せてくれる優しい人だった」
巴と同じだ。
巴も、無表情だったけど・・・仲良くなると、凄く良く笑う子で・・・・
凄く・・・優しい子で・・・・
「白梅香の香りを漂わせる、本当に美しい人だった」
そうそう、巴も・・・・・・・・
・・・・・・・・・・え?
「白梅・・・香?」
「ああ、そうでござるよ」
俺はさっき、巴の香水の名を思い出そうとしたが・・・・そうだ。
白梅香だ。
・・・・・黒髪の美しい女性。
無表情だったけど、実は良く笑って、優しい女性。
・・・そして、白梅の香りを漂わせる女性・・・・
おいおい、何の冗談だよ、コレ。
・・・・そう言えば緋村さんは、昨日、気になる事を言っていた。
転生について・・・・聞いていた。
転生ってのは、生まれ変わりの事だ。
実際あるのかは知らないが、でも、そう言う話は聞く。
今は明治の世だ。
俺等がいた時代から、100年以上も前の事。
なぁ、おい・・・コレ、本当に何の冗談だ・・・!!?
「その人の・・・その女性の、名は・・・」
・・・・・・・・聞きたく、無い
「・・・・雪代巴と、言う人だ」
頭を、鈍器で殴られた様な衝撃が来た。
氷の塊を、心臓に突っ込まれた様な感じがした。
何、何だって?
雪代巴?
俺の許婚の名前じゃないか。
・・・・何なんだ。何だっつーんだよ・・・・!!!!
「・・・・・・・・・・・緋、村・・・さん」
「・・・・・殿」
「・・・・・・・」
巴・・・・巴って、あの巴か?
俺の、許婚の・・・
・・・・だから、緋村さんは巴を気に掛けてたのか?
話を聞く限り・・・緋村さんの言ってる巴は、あの巴なんだろう。
でも、ありえるのかよ、そんな事・・・・
生前の姿のまま転生するなんて、そんな・・・・
・・・・・・いいや、でも、巴の背中の傷痕。
・・・・・・前世の物だって、神主さんは言ってたんだ。
緋村さんは、一太刀でその人を斬り殺したんだよな?
巴も、前世で、愛した人に殺されたんだよな?
・・・・・・おいおい・・・・・・マジかよ・・・・・・
転生なんてありえるのか?
・・・・でも、それが無いっつーんなら、俺等のタイムスリップはどうなる?
こっちの方がありえねーんじゃねーか?
・・・・・・・嘘、だろ・・・・・・・?
クルリと、緋村さんがこちらを振り向く。
その顔は、怖いくらいに穏やかで・・・・・・・
こちらに向かって歩いて来る。
どうしてか、怖かった。
そのまま、緋村さんは擦れ違う様に、俺の隣に並んだ。
ここからじゃあ、また、緋村さんの顔は見えない。
・・・・でも、俺は、嫌な汗を掻いたまま・・・・動けなかった。
「殿」
すぐ隣で、凄く静かな声が聞こえる。
「俺は、今でも彼女の事を愛している」
緋村さんが、初めて俺に向かって、『俺』と言った。
そのまま緋村さんは、振り返る事も無く河原を後にした。
俺は
緋村さんの言葉を頭の中で何度も、意味を理解する様に繰り返して
漸く理解した言葉は、何よりも非情で。
何も言えないまま、その場に立ち尽くすしかなかった。
NEXT
緋 村 が 怖 い ・ ・ ・ ! !
ついに動き出しました奴が。
ホラ!嫌な男だろう!!(突然の憤り)
これが家の緋村です。嫌な男。人間味溢れ過ぎ。
さぁ、こっからちょっと展開が動きます。
ラストまで一直線!!こっからクライマックス!!・・・かもね!!