懐かしい人の夢を見た。
愛しい人の夢を見た。
その人は、相変わらず憂いを帯びた光を瞳に湛え。
淡雪の着物を着こなし。
漆黒の髪を雨色の紐で結わって。
白梅の香りを纏わせていた。
『想華 弐』
「やっぱり牛鍋は美味しいわねーvv」
「だなーっ」
薫殿と弥彦が満面の笑みで牛鍋を口へと運ぶ。
佐之は、そんな2人を笑いながら見ていた。
こんなに和やかな空気なのに、どうしても気分が優れない。
巴。
巴を思い出している。
巴の夢は、久しぶりに見た。
やっぱり、笑ってはいなかった。
俺は、守ってやると言ったのに・・・
結局守るどころか、巴の命をこの手で奪ってしまった。
巴。
俺を恨んではいないか?
お前はあの時笑っていた。
なのに、夢に出て来るお前は、何故笑ってくれない?
そんな事を考えていたら、左頬の傷がじくりと疼いた。
「おい剣心」
「え?あ、ああ・・・何でござるか?」
「何でござるか?じゃ、ねぇよ。オメェ何暗ぇ顔してんだ?」
「そうよ剣心、何処か具合でも悪いの?」
しまった。
余計な心配を掛けてしまったか・・・。
「いいや、大丈夫でござるよ」
「そう?とてもそうは見えないわよ・・・顔色が悪いもの」
「大丈夫でござるよ」
皆が心配そうに見て来る。
そんなに変な顔をしていただろうか・・・。
「すまないでござる・・・少し、外の風に当たって来るでござるよ」
「う、うん・・・わかったわ」
少し頭を冷やそう。
そう思って、戸を開けた。
「きゃっ」
「っ!」
同時に、衝撃が来た。
しかし、そう強い物ではない。
だが、ぶつかった相手は倒れ込んでしまったようだ。
しまった・・・謝らねば。
「すまない、大丈夫でござ・・・・・・・・・・・・・・・・」
差し伸べた手が、思わず止まった。
「あ、すみません・・・ちゃんと、前を見ていないで・・・」
尻餅をついていた女性が、俺の手を取って立ち上がる。
ふわり。と香る、白梅の香り。
頭の中が真っ白になった。
自分は夢でも見ているのか。
幻でも見ているのか。
だが、目の前の人。
感触。
香り。
今まで、どれだけ焦がれても、幻覚など見た事が無かった。
「とも・・・・え・・・・?」
「巴!」
思わず名を口にすると、別の声がその名を叫んだ。
バッ、とそちらを見る。
そこには、駆け寄って来る青年の姿。
中々この辺りでは見ない、西洋風の衣服を着ている。
「巴、大丈夫かよ」
「えぇ・・・大丈夫・・・あの、すみませんでした」
「あー・・・っと、すみません、コイツがぶつかっちゃって・・・」
「い、いや・・・」
「ったく、ぼけっとしてんなよ巴ー」
ごめんなさい。と謝る彼女は、巴そのもので・・・
いいや、この青年は、確かに目の前のこの女性を”巴”と呼んだ。
どう言う事だ?
巴は生きていた?
いや、まさか・・・ありえない。
墓だって、作った。
巴はあの時、俺の腕の中で・・・・・・・・・。
「ちょっと剣心、今人にぶつかったでしょ!」
「え、あ、ああ、薫殿・・・」
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「はい、私の方こそ不注意でした・・・」
声を改めて聞いても、愛しい人の声と同じ。
・・・何故だ?
本人な訳がない。
しかし、本人にしか見えない。
「なぁ巴、こんなトコで突っ立ってんのも邪魔だしさぁ、中入ろうぜ」
「そうね」
青年が”巴”を促し、中へと入って行く。
薫殿もそれに続き、俺も遅れて中に入った。
「良いんスか?俺等、一緒のトコに座っちゃって・・・」
「えぇ、ぶつかってしまったお詫びに」
「そんな・・・私の不注意だったんですから」
「そんな事ないですよ!ねぇ剣心」
「そうでござるよ・・・俺・・あ、拙者が、ぶつかってしまったのだから・・・」
『?』
薫殿達が、訝しげに俺を見る。
つい巴の前だと素に戻ってしまう・・・。
今も、俺と言いそうになってしまった。
「あ、自己紹介がまだでしたね、私は神谷薫です」
「俺は明神弥彦!」
「俺ぁ相楽佐之助だ」
「・・・拙者は、緋村剣心」
全員が2人に向かって名を名乗る。
少々呆気に取られていた様子の2人だったが、すぐに自分達も自己紹介を始めた。
「あ、ども、俺はです」
「私は、雪代巴・・・と、申します」
心臓が飛び跳ねた。
やはり。やはり。
・・・巴。
名だけではなく、姓まで同じ。
単なる偶然ではない。
巴なのか?本人なのか?
それとも・・・他人の空似・・・と、言う奴か?
それにしては、似過ぎているだろう・・・。
「緋村さん・・・でしたよね?」
「え、あ、ああ・・・」
「先程は、本当にすみませんでした」
「い、いや・・・巴・・・殿、こそ、怪我は?」
「いいえ、ありません」
巴と・・・いや、本当に巴な筈はないが、こうして話していると、昔に戻った気がする。
「お、美味い」
「でしょう?ここの牛鍋は絶品なんだから」
薫殿が、嬉しそうに青年に言う。
「へー・・・ほら巴」
「ありがとう」
と名乗った青年が、巴の皿に肉を取ってやる。
その様子を見て、胸の奥がじりりと焼ける様に痛んだ。
この歳にもなって嫉妬か。
見っとも無い・・・
そう思いながらも、何処かで青年を良い目で見られぬ自分がいた。
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