巴は、衝撃を受けた顔をしていた。
雨の音が響く中、沈黙だけが支配する。
俺は、酷く落ち着いた様な気分だった。
『想華 廿弐』
巴が佐之に連れられて戻って来た時。
真っ先に俺の元に来て、こう言った。
『に話した事を、教えて下さい』
と。
勿論渋った。
何せ、彼女の前世を話す事になるのだ。
・・・衝撃を受けぬ筈が、無い。
だが、ふと思った。
この事を話したら、彼女はどうなる?
俺の事を想わぬにしても、何か考えが変わるのでは無いか。
馬鹿げた考えが、脳裏を過ぎった。
それより何より、彼女は真剣な眼差しで俺に言って来たのだ。
・・・答えるべきだろう。
そう思い、つい先程に、全てを話し終えた。
巴は眼を見開いたまま俺を見ている。
俺は、そんな巴の顔を、じっと見つめていた。
雨が、響く。
「そん、な・・・」
「・・・・・・・事実だ」
「・・・・私が・・・・?」
「ああ。・・・お前は、俺の妻だった人だ。・・・雪代巴の、生まれ変わりだ」
「・・・・・・・・・」
姿形も、姓名さえ変わらずに生まれた、彼女。
コレがどうして焦がれずにいられる?
「・・・・・・私は」
「ん?」
「私は・・・・このままの姿だったのですか」
「ああ。髪の毛一筋すら、違いは無い」
「・・・・・・・・・・・」
巴が俯いた。
サラリと黒髪が揺れ、白梅の香りが舞った。
「・・・・・・巴」
「・・・・・はい」
「・・・・・・・俺は、今でも。
・・・・妻を。・・・・巴を、愛している」
「・・・・・・・・・・」
巴が、辛そうな表情を浮かべた。
巴、そんな顔をしないでくれ。
「・・・・そんな・・・・」
「・・・・・・・巴」
「・・・・・私には、許婚がいます」
「殿だろう?」
「はい・・・・」
「・・・・そうかも知れない。だが・・・・
・・・・・・妻であった人を、早々簡単に忘れられは、しないんだ」
「・・・・・・・・・」
巴は、眼を瞑った。
辛そうに、悲しそうに眼を瞑る彼女。
それは先日、夢に出て来た巴と同じで・・・・
思わず、眉間に皺が寄った。
「それでも私には・・・・が・・・・」
「・・・・・・・どうしてもか」
「え・・・?」
「どうしても、彼でなければならないか」
「・・・・・・・・・はい」
巴の答えに、黒い感情が胸を支配した。
ドクンと。
心臓が、奇妙な音を立てた。
「・・・・・・・巴」
「・・・・・・・はい」
「・・・少し、考えてくれ」
「・・・え・・・」
「俺では、ダメかどうかを」
「・・・・・・・・・・」
巴は、不安そうに俺を見た。
どうしても、もう
彼女を失いたくは無い。
「・・・・明日まで、待つ」
「・・・・・・・・・・・」
巴は動かない。
俺は、そんな巴を見つめてから、部屋を後にした。
彼女の隣を通る時
彼女の小さな嗚咽が、聞こえた様な気がした。
結局、夜になっても雨は止まず・・・
殿も、戻って来なかった。
一抹の心配が胸に過ぎるが、それでも、何処か安堵している自分がいた。
・・・俺は、本当にどうしたと言うんだ・・・
縁側で外を見ていると、ふと門の所に人影を見た。
巴だ。
こんな雨の中・・・傘も差さずに?
「巴!」
「!」
呼び止めると、彼女は驚いた様に振り向いた。
「・・・こんな雨の中、何処へ?」
「が・・・まだ、戻っていません・・・」
「ああ・・・・その様だな」
「・・・・・探しに行きます」
「やめておけ。この大雨・・・しかも、もう夜も遅い」
「しかし・・・・放ってはおけません」
先程までの様子とは違い、しっかりと自分の意志を持ち返して来る彼女。
・・・恐らく、彼女の中で答えが出ているのだろう。
「・・・・・緋村さん」
「ん?」
「・・・・先程のお話ですが・・・・」
ホラ。やはり。
・・・そして、その答えも、大体予想はついている。
「・・・明日までお時間を頂きましたが、ここで、お返事をさせて頂こうと思います」
・・・彼女の眼は、強く輝いていた。
「・・・・私はやはり、を愛しています」
はっきりと聞きたくなかった事を、彼女は淀み無く言い切った。
予想はしていたが・・・やはり、キツイ。
「・・・そうか」
「はい。・・・私は確かに、江戸の世では緋村さんの伴侶だったのかも知れません。
いいえ、そうだったのでしょう。
緋村さんのお話からしても、それが他人だとは思えません」
巴は、穏やかな表情だ。
・・・出来る事なら、その表情は・・・
俺の隣にいる時に見せて欲しい。
「私は雪代巴です。
白梅の香りを纏っています。
緋村さんの妻と、同じでしょう。
しかし、私はその雪代巴ではありません」
その言葉は、俺の頭にクワンと響いた。
「私は、緋村さんの妻である雪代巴ではありません。
江戸を生きた、雪代巴ではありません。
私は・・・の許婚である、雪代巴です」
胸が、痛かった。
「緋村さん・・・・・・」
「・・・・・そうか」
「はい。・・・・では、を迎えに行きますので」
「傘は持って行け」
「・・・いいえ、大丈夫です」
巴はそれだけ言うと、すぐに雨の中へと姿を消してしまった。
彼女と初めて出逢ったのも、こんな雨の降る夜だった。
彼女の答え。
それは、心の何処かでわかっていた。
彼女は、そう言う人だと。
だが、わかっていても・・・
巴の答えを聞いても・・・
そうそう簡単に、諦めのつく物でも無い。
折角また出会えたのに。
幻などではなく、本当に。
本当の巴と、回り逢えたのに・・・
そう思うと、やはり、心の中は黒く、黒く。
そして、ふつっと何かが俺の中で千切れた時
ある1つの事を、決心した。
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個人的に、嫌な男である緋村が大好きです。(ある意味自画自賛)
巴さんは主人公一筋。
なのにその主人公は訳わからない事考えてグラグラ中。
緋村は諦め相当悪い。性格も相当悪い。
さてさて、想華もそろそろ終わりが近づいて参りました。
巴さんの命日である12月に、一応完結予定。(一応ね!)