雨が酷い。
空も、すっかり闇色へと変わった。
・・・巴の眼も、髪も、こんな夜空の色だ。
・・・そう思うと、先日斬られた左頬が、じくりと痛んだ。
『想華 廿参』
あのまま。
巴から逃げた、あのまま。
俺はただ、フラフラと歩いてた。
何を考えようとしても、緋村さんの言葉と巴の顔が交差する。
・・・巴は、緋村さんから話を聞いたんだろうか。
・・・・そして、何を思ったんだろうか。
・・・・もし
もし、緋村さんの話を聞いて、巴が緋村さんに気持ちを移したら?
自分で考えておいて、ゾッとする。
巴が、俺の目の前からいなくなる。
それは、そう言う事だ。
でも、緋村さんは・・・
それと同じ経験をして・・・
また、その人と出逢ってしまったんだ。
・・・それを考えると、俺は・・・
何も言えずに、ただ、俯くしかない。
「おい」
「!」
突然、誰かに呼ばれる。
何だと振り返ると、そこには昨日のお巡りさんがいた。
相変わらず不機嫌そう。
「だったな・・・こんな所で何をしている」
「えっ・・・・と・・・・ちょっと」
「・・・フン、貴様の連れはどうした」
「っ」
巴の事を指され、息が詰まる。
俺のその様子に、お巡りさんは何か勘付いたらしい。
「・・・・ほぅ、何かあったらしいな」
「ええ・・・まぁ」
「緋村絡みか?」
「お巡りさんスゲー・・・」
全部正解。
マジエスパーだよ。
え?もしや本当にエスパー?
「話ぐらい聞いてやろう、興味がある」
「は、はぁ」
「そこの蕎麦屋で良いだろう」
「へ?・・・奢ってくれるんですか?」
「フン」
やったー!!
実は今日朝飯しか食ってなくて腹減ってたんだよなー。
・・・無駄に頭使って、エネルギーも相当消費したし。
「とっとと来い」
「はーい。つかお巡りさん、傘入れてよ」
「・・・男2人で、か?」
「・・・・・・やっぱ良いでーす」
それは流石に、俺もご遠慮願いたいしな・・・!!!
「ほぅ・・・それは中々、大変な事だな」
「でしょう・・・」
暖かい湯気に包まれながら、2人向かい合って蕎麦を啜る。
何かすげー奇妙な光景・・・・!!!!
「まぁ・・・昔の妻の生き写しならば、それは仕方の無い事だな」
「やっぱ・・・そうですか?」
お巡りさんに話した結果は、こうだった。
確かに仕方は無い。
・・・取り敢えず、生まれ変わりだとか、未来から来たとかは省いて説明したから・・・
・・・割とスマートな問題になった訳だし。
「俺ももし、女房が腕の中で逝って・・・また姿を現したら、そうなるだろう」
「へ?お巡りさん、奥さんいるんですか?」
「何か問題があるか?」
「い、いえ!」
ちょっと睨まれたぁぁーー!!!
いや、でも、意外・・・!!!!
だってお巡りさん性格捻くれ・・・いや、怖そうだし。
「まぁ良い。だが・・・それでお前は何を悩んでいる」
「え?」
「確かにあの娘は緋村の妻と良く似ているのだろう」
「は、はい」
「・・・だが、”緋村の妻”ではないだろうが」
「・・・・え」
そ、それは、確かに・・・
・・・・でも
「緋村の妻はもう死んでいる。あの娘は、お前の許婚だ」
「は、はい」
「ならば何を悩む事がある」
「・・・・・・でも、緋村さんの事考えると」
「なんだ、あの男の為に惚れた女を捨てるのか?随分とお優しい事だな」
「・・・・・・・・・」
・・・・確かにそうだ。
・・・・・・俺が考えてるのは、単なるエゴで・・・・・・・
「・・・・それにしても、お前と緋村は良く似ているな」
え?
「・・・俺と、緋村さんが?」
「ああ。顔が女みたいな所も似ている」
「・・・からかってるでしょう」
「まぁな」
「あ・は・はー・・・」
まさかお巡りさんがからかって来るとは思わなかったね!!
・・・けど、ちょっと・・・気分が晴れた。
「・・・だが、似ていると言ったのは本当だ」
「・・・主に、どの辺りが?」
それは気になる。
俺と緋村さん、何処が似てる・・・?
女顔って事以外。
左頬に傷があるって事以外。
・・・・・巴に惚れてるって事以外。
「惚れた女の気持ちを、全く考えない所だ」
ハッと、した。
「お前と緋村が1人の女を巡って争うのは、別に構わん。
だが、当の女の気持ちは丸きり無視か。
・・・お前は特にそうだな。
勝手に自己満足で、緋村に同情し、自分を好いている女を捨てようとした」
頭が痛かった。
いいや、耳の方がもっと痛い。
確かにそうだよ。
何で気付かなかったんだろう。
どうして、巴の気持ちを全部無視してたんだろう。
一番辛いのは
俺と緋村さんの間に挟まれて・・・
それでも、俺を信じようとしたのに、突き放された・・・・
巴だ。
「お巡りさん・・・・」
「フン・・・まぁ、俺には関係無いがな」
「あはは・・・でも、ありがとう。・・・ちょっと、吹っ切れたかも」
「そうか」
「・・・ん」
「ならとっとと蕎麦を食え、冷めているぞ」
「へ!?あ、お巡りさんもう食い終わったの!?」
「ああ。だからとっととしろ、阿呆」
「う・・・・」
呆れた様に言われて、苦笑いしながら蕎麦を啜る。
・・・・最初に口にした時より、暖かい気がした。
「あー、暖か・・・」
「12月の雨の中、更に夜。
そんな中で突っ立っていれば凍えるに決まっている」
「あ、あはは・・・・って、今12月!?」
「ああ」
「へ、へー・・・」
12月かぁ・・・それじゃあ、雨じゃなくて雪でも降れば・・・・・
・・・・・・雪?
俺がここに来る直前、見た物は?
山の中の雪だよな。
緋村さんが言っていた、緋村さんの奥さんである巴の死んだ時は?
雪の降る、山の中。
・・・・何か、背筋が凍った。
偶然?
・・・・・・いいや、偶然じゃない。
巴が、ここに来たのは・・・
緋村さんと、会ったのは・・・
「・・・お巡りさん・・・今日はありがとう。助かった」
店から出て、その寒さを改めて実感する。
うっわ、俺、こんな中突っ立ってたの!!?
「フン。・・・まぁ、何とかなるだろうさ」
「ん。・・・ありがとう・・・」
「・・・・うるさい。とっとと行け」
「あ、あはは・・・」
「・・・・これ以上、許婚を待たすなよ」
「・・・・・え?」
お巡りさんが指をさす。
そこには、雨に打たれて突っ立ってる、巴の姿があった。
な、何やってんだアイツ・・・・!!!!!
「と、巴!!!」
「・・・・・・!!」
巴に駆け寄ると、巴も俺の胸に飛び込んで来た。
身体が怖いくらいに冷たい。
いつから立ってたんだコイツ・・・!!!
「こ、この馬鹿!!何やってんだ!!!」
「・・・ごめんなさい・・・・・・」
「あーっ、たく・・・もー・・・俺傘なんかねぇぞ!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
何とか巴を雨から守ろうと、コイツの頭を両手で覆う様に引き寄せる。
雨の匂いと白梅の香りが混ざり、何とも悲しい匂いがした。
「ホラ」
「へ?」
突然雨が遮られる。
何かと思い振り返ると、お巡りさんが傘を差し出してくれてた。
「え・・・・」
「貸してやる」
「で、でも、そしたらお巡りさん・・・」
「お前はどうでも良いが、その娘をこれ以上雨に晒す訳にもいかんだろう」
「・・・・・お巡りさん・・・・・」
傘を受け取ると、お巡りさんは何も言わずに踵を返し、雨の中を歩み始めた。
慌てて、その背中に声を掛ける。
「お巡りさん!!この傘、もしかしたら返せないかも!!」
「勝手にしろ」
「・・・・ありがとう・・・・お巡りさん!ありがとう!」
「うるさい」
お巡りさんの姿は、すぐに闇へと飲まれてしまった。
・・・・・・・・・サンキュー!・・・お巡りさん。
「・・・で、お前はここで何してんだ」
「貴方が戻って来ないから・・・探しに来たの」
「馬鹿、傘ぐれー持って来いよなー」
「ごめんなさい・・・傘を取りに行く時間すら、惜しかったの」
「・・・・・・・悪い」
「ううん・・・良いの」
巴が少し笑った。
・・・・俺は、さっき、お巡りさんに会わなかったら・・・・
この笑顔を、自分から失う事になってたんだな・・・
「・・・巴」
「・・・・・・・・聞いて欲しいの」
「・・・・わかった」
雨の中、2人、1つの傘の下で、話す。
こんな夜の雨の中には、他に人影は無かった。
「私・・・緋村さんから聞いたわ。
・・・・私の事を。
・・・雪代巴と言う人の事を」
「・・・・・・・・そうか」
「・・・とても、ショックだった・・・・
・・・・でも、それは間違いなく私で・・・・
・・・・・背中の痕の事も、神主さんの言葉通りで・・・・」
・・・そう。
緋村さんの言っている巴は、間違いなく、この巴だ。
・・・・・・・・でも
「でもね・・・私は、違うわ」
「・・・・・巴」
「確かに私の前世は、緋村さんの奥さんだったのかも知れない。
・・・・・でも・・・・・でも、今の私は・・・・・
・・・・・・今の、雪代巴は・・・・・・」
「わかってる」
泣き出しそうな巴の言葉を、無理矢理遮る。
わかってる。
さっき・・・お巡りさんに、説教されたばかりだしな。
「・・・・・・」
「・・・・・お前は、緋村さんの奥さんの巴じゃなくて・・・・・
・・・・・・・・俺の、許婚の巴だ」
雨の音に混じる、俺の声。
それでも巴は、本当に綺麗に、笑って・・・
「・・・・・ええ。私は・・・・・貴方の許婚の、巴」
「・・・・・ごめん。悪かった。俺、勝手な考えで・・・・・
・・・緋村さんの奥さんの生まれ代わりなら、緋村さんといるべきじゃないかとか・・・
本当、お前の気持ちも考えないで・・・ずっと、思ってた」
「・・・・・いいの。・・・・・こうして、貴方が傍にいてくれるなら・・・・・」
巴の声は、震えている。
泣いてるんだろうか。
「巴・・・ごめん」
「・・・ありがとう、」
「・・・・・・・・」
巴が、俺の胸で微笑む。
何故だか、左頬の傷が、痛んだ。
NEXT
斎藤さん愛してる。(主人公放置か)
以前、主人公の喧嘩騒動で巴さんと彼に興味を持った斎藤さん。
丁度接点があったので、再登場して頂きました。
そして年の功。って訳じゃありませんが、主人公に軽く喝。
主人公、時期と自分達のトリップ理由に、少し引っ掛かりを覚えた様子。
そして巴さんもとしっかり言葉を伝え合って、めでたしめでたし。
・・・アレ?皆さん。1人、忘れていませんか・・・?
次回にて、一応本編は完結致します。(他に後日談とか短編はあるけど)
皆様、どうか最後までお付き合い下さいませ。