見っとも無い。


自己嫌悪が、心を支配した。


この歳になって嫉妬など・・・。


しかも


10程も年下の青年に。











『想華 肆』











想い人の生き写しである、”巴”。

同じ姓に同じ名。

同じ容姿に同じ声。

同じ仕草に同じ香り。


これがどうして、焦がれずにいられようか。






他人だとは考え難い。


けれど、他人でしかありえない。


巴はあの時、俺の腕の中で息を引き取ったのに。



でも、いや、まさか・・・。



そんな考えが、ずっと頭を回っている。


何て女々しい。


思わず自嘲が零れる。



こんな考えていれば、体調だって悪くなるさ。





それにしても、あのと言う青年には、悪い事をした。


勝手な嫉妬で、嫌な目で見てしまった・・・。


はぁ・・・後で謝ろう。


全く、俺は一体いくつのガキだ・・・。




左頬の傷が疼く。




巴を想うと、いつもそうだ・・・・。






『緋村さん』
「!」


壁に寄り掛かり溜息を吐いていた時、襖の外から巴の控え目な声が聞こえた。


思わず、肩が揺れる。


「・・・巴・・・殿?」
『すみません。少しご様子を伺いに・・・』
「あ、あぁ・・・どうぞ」

失礼します。と、巴が静かに入って来る。

柄にも無く心臓が煩かった。

「お体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう・・・もう大丈夫だ・・・あ、いや・・・」
「?」

駄目だ。
巴には、猫被りが出来ないな。

「えぇと・・・」
「ふふっ、どうぞお気になさらず、話し易い様にして下さい」
「・・・・ありがとう」

そう言って貰えると、助かる。

どうも巴に敬語を使うのは、むず痒い。

・・・いや、巴ではないのだが、巴にしか見えないのだから、仕方が無い。

「・・・巴と、呼んでも良いか」
「勿論構いません」
「ありがとう、助かる」

巴が、小首を傾げて微笑む。

それと同時に、香しい白梅の香りが舞った。

「・・・そう言えば、薫殿達は?」
「道場の方へ行かれています。の腕を見たいと、薫さんが仰って・・・」
「そうか・・・。殿は、何かやっているのか」
「えぇ、主に体術ですが・・・。私も、緋村さんの様子を伺ったら、道場に行こうと思いまして」
「・・・なら、俺も行こうか・・・少し興味がある」
「まぁ、そうですか」

巴が嬉しそうに微笑む。


・・・・チリリ。と、嫌な痛みが胸の奥に走った。


巴は、殿の拳法に他者が興味を持つのが嬉しいらしい。

・・・全く、本当に何なんだ、俺は・・・


「・・・あの」
「ん?」
「緋村さんの、頬の傷って・・・」
「・・・・・・あぁ、コレか」
「あ、すみません・・・突然、失礼でした・・・」
「いや、そんな事は無い」

この傷は、昔、巴の婚約者と、巴自身につけられた傷。


目の前にいる巴は、違うのだろうけど。


・・・やはり、傷は疼く。


「これは昔・・・俺の過ちの所為で、ついた傷だから」
「そうですか・・・・・私も、傷ではないのですが、痕があるんですよ」
「痕?」

見た限りでは、傷跡らしき物は見当たらない。






だが、次の巴の言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。








「背中に、一太刀浴びせられた様な痕があるんです。結構大きな痕で・・・刀で斬られた覚えは無いんですけどね」








背中の傷。


一太刀浴びせた様な、傷。






ざわり。と、胸の奥がざわめいた。






俺が巴を斬ったのは、背中。


一太刀。


斜めに、深く。






そんな偶然があるか?


ある訳がない。


じゃあ、やはり、目の前の”巴”は・・・?






「緋村さん?」
「・・・・巴、一つ聞きたい」
「はい?」
「・・・お前は、何処の出身だ?何処から来た?」
「え?・・・・・・・・すみません、それは、言えないんです」
「・・・・・・・・何故?」
「色々と、ありまして・・・言い表すのが、少し難しいんです」


どう言う事だ?

何処から来たかを言えば良いだけだ。

それが言えない?

・・・・・・・。


「では、もう一つだけ聞きたい」
「はい」
「・・・・・・・・・弟は、いるか?」
「・・・・・弟、ですか?いいえ」
「・・・・・・・・・・・そうか」
「はい。あ、でも・・・」
「?」
「私が9つの時に母が身篭ったのですが・・・流産を、致しまして・・・」
「・・・・・・そうか・・・・・・。・・・・9つの、時?」
「はい」



巴と縁の年齢差は、幾つだった?

巴が18の時、あの少年は・・・9つだった。

9つ違い。



今、巴は9つの時に。と言った。



では、その死産してしまった子が、男だったのなら・・・・。


・・・・・・・何と言う因縁だ。





本当に、目の前にいる巴は、巴なのか?



あまりに条件が揃い過ぎている。



しかし、決定的な物がない。



何より、巴は、死んだのだ。俺の腕の中で。





「緋村さん、そろそろ行きましょうか」
「え・・・・あ、ああ」

すっと立った巴に続き、立ち上がる。

まだ頭が混乱しているが、取り敢えず、目の前の巴は・・・限り無く、”巴”に近いらしい。



それだけで、何だか、心が軽くなる。








・・・・本当に俺は、女々しいな。





























NEXT