殿からの同行を断れらた巴は、見た事が無い様な、悲しい顔をしていた。
昔は、そんな表情を見た事がなかったけれど。
・・・見て、快い物ではない。
『想華 陸』
「巴さん?大丈夫?」
「え・・・あ、はい。すみません」
そう言う巴だが、少し悲し気な顔をしている。
こんな表情をさせた殿が、少し憎い。
「あ、私破れた服を縫わなくちゃいけないんだった・・・」
「そうなんですか・・・」
「ええ・・・あ、どうぞ、自由に寛いで下さいね」
じゃあ、と言って、薫殿は道場を後にした。
また、巴と2人。
「巴」
「はい」
「殿に、着いて行きたかったんだろう?」
「・・・ええ」
巴が、苦笑いを浮かべながら頷く。
・・・全く、こんな顔をさせるなんて・・・
・・・・・・いいや、こんな事を考えていては、また彼を嫌な視線で見てしまう。
何を考えているんだ俺は。
彼はわざわざ夕飯の買出しを買って出てくれたのに・・・。
優しい青年だと、わかっているのに。
「大丈夫。すぐに帰って来る」
「はい・・・・・・でも、やっぱり、少し不安です」
「迷子になるとか?」
「それもありますけど・・・・・・ちゃんと、私の所に帰って来てくれるのかな。とか」
ああ、なるほど。
離れているのが、不安なんだな。
「すみません。ちょっと色々とあって・・・」
「・・・そうか」
「はい。・・・あ、でも、の事は信頼していますから、大丈夫だってわかってるんですけど、ね」
巴が少し困った様に微笑む。
その表情に、胸がチクリと痛んだ。
もし自分だったら、こんな顔をさせない。
そんな馬鹿げた思考が、脳裏を過ぎった。
お前は幾つの小僧だと、今は懐かしい師匠にどやされそうだ。
「・・・仲が良いのだな。殿とは」
「はい。14年一緒にいますし・・・許婚ですから」
「・・・・・そうか。許婚だったな」
「はい。親同士が勝手に決めた物なんですけどね」
親同士に決め付けられた人生。
巴は、そんな相手を好きになれたのだな・・・。
・・・本当に好きなのだろうか。
殿や両家の家族に気を使っているだけでは?
巴は、優しい人だから・・・。
・・・いや、自分は何を疑っている。
何なんだ。俺はこんなに嫉妬深い卑屈な男だったか?
・・・ダメだ。
巴の事となると・・・自分が保てなくなる。
殿の顔も、またまともに見られなくなってしまう。
「・・・道場は少し冷える。居間に戻ろう」
「はい・・・」
ずっと外へと繋がる出口を見ていた巴が、切なそうに振り向いた。
「ただいまー」
殿の声が聞こえる。
その声に俺と巴と薫殿、居間にいる全員が反応した。
「・・・・・・」
心底ほっとした声で巴が名を呟く。
その声が向けられる事を、少し羨んでいる自分に、嫌気が差した。
そんな事を思っている間にも、巴はパタパタと急ぎ足で殿を迎えに出た。
てっきり嬉しそうな巴の声が聞こえるのかと思ったら・・・
「きゃあぁっ!」
悲鳴が聞こえて来た。
「と、巴さん!?」
「巴!!」
その声に、俺は思わず居間を飛び出す。
何だ。何があった?
まさかとは思うが・・・殿が何かしたのか?
「巴、殿!」
「あ、ひ、緋村さん・・・すみません、大きな声を出してしまって」
「あぁ、い、いや・・・殿、その傷は!?」
「え?あ、あはは・・・・まぁ、ちょっと、えぇ・・・」
殿の頬はザックリと切れ、夥しい量の血がそこから滴っていた。
頬に曲線を描く。などと可愛らしい物ではなく、太い色紙をべたりと貼り付けた様だ。
意外と、深く切れているらしい。
しかも、その血は彼の白い衣服を汚し、一部変色してしまっている。
・・・なるほど、巴はこれを見て悲鳴を上げたのか・・・
「きゃあっ!?い、さん!その傷・・・!」
「あ、ども。えーっと・・・ま、平気ですよ、それより材料買って来ましたよー」
「そ、それより手当ての方が先よっ!ほら早く!」
薫殿が焦った様子で言う。
巴の方も、急かす様に殿の腕を引っ張っていた。
「、どうしてこんな怪我したの!?」
「お、怒るなって・・・これには訳があってだなぁ・・・」
「何があったのか知らないけど、無茶はしないでっていつも言っているのに・・・!」
「わ、悪かったって」
巴が怒った口調で殿を窘める。
こんな様子は見た事がなくて、少し驚いた。
いつだって巴は落ち着いていたから。
「血だってたくさん・・・貴方の血を見るのが私にとってどれ程苦痛か・・・っ」
「ご、ごめんって;;」
「何度言ったと思ってるの!?」
「悪い、悪かった!」
「いつもそう言って、すぐにまた同じ事をしてくるじゃない!」
「う・・・ま、まぁ、そーだけど・・・」
「貴方の怪我を見る度私がどう言う気持ちだと・・・!!」
「わ、悪かったって!反省してるって!」
巴が形の良い眉をキリリと吊り上げ、殿を窘める。
声を荒げる巴は、何とも新鮮な物だった。
一方の殿は毎度の事なのか、苦笑いを浮かべ平謝り。
「・・・・だから、私もついて行くって・・・言ったのに・・・・」
「いや、そしたら巴まで怪我してたかもしんねぇぞ?」
それはそうだ。
そうなったら、困る。
「でも・・・」
「それより、俺1人で済んだんだから、良いじゃねぇか」
「私はそれが嫌なの!私が知らない所で、貴方が怪我をしているのが!」
「う・・・」
「・・・それなのに貴方は・・・・・・いつもいつも無茶をして・・・・っ」
「!うわ、うわ、うわっ、泣くな!泣くなよ巴!こんなトコで!っあぁぁわかったよ!俺が悪かった!!」
巴の瞳が潤む。
先程まで吊りあがっていた眉が、悲しそうに下がる。
唇が、何かを堪える様に震える。
それを見た瞬間、カッと頭に血が昇った気がした。
危うく動きそうだった体を懸命に抑え、留まる。
「でもな、その・・・こ、これにはだな、ちゃんと理由があるんだ!理由が!!」
「・・・っ・・・」
「ああぁぁもおぉぉ!!!ちょっとスンマセン!!」
「きゃっ」
とうとう涙を零した巴の肩を抱き、物凄い速さで部屋を出て行く殿。
流石に呆気に取られた。
ドタドタドタ・・・・と言う騒がしい足音が、一瞬にして遠ざかって行く。
薫殿と、顔を見合わせる。
「大丈夫かしら・・・」
「多分・・・」
俺には何も言えない。
言う資格なんかないのだろう。
「・・・・・・ねぇ、剣心」
「ん?」
「あの・・・巴さんの事、殿つけないで呼んでたね」
「あ、ああ・・・・・その方が、呼び易くて・・・・」
「ふぅ〜ん・・・・・・・・・・ま、良っか」
薫殿が訝しげに俺を見る。
しまった。つい呼んでしまったのだった。
「巴さん、泣いてたわね・・・」
「そうでござるな・・・」
「それにしてもさん、理由があるって言ってたわね」
「気になるでござるな」
「うん・・・」
きっとあの優しい性格だから、何か揉め事にでも巻き込まれたのだろう。
けれど、今の俺の頭の中には
涙を落とした巴の顔が、浮かんでは消えるばかりだった。
NEXT
うっかり呼び捨て緋村さん。
巴さんは、主人公にだけは喜怒哀楽がハッキリしている様子。