夜、口にした食事は、懐かしい味だった。
あまりに懐かしくて。
少し、目の前が滲んだ。
『想華 捌』
巴の作った夕餉は、本当に変わってない。
昔食べた、あの頃の味そのままだ。
目の前にいるのは巴では無い筈なのに・・・。
料理の味まで同じとなると、もう、他人になど考えられない。
頭では在り得ないとわかっているのに、巴が戻って来たのだと錯覚している。
いかんいかんと思いつつも、頬が緩むのを抑えられない。
旨い飯に、弥彦と佐之は舌鼓を打っている。
素直に感想を述べる皆に、巴は照れた様子で礼を述べていた。
「ねぇ巴さん」
「はい?」
それぞれが談笑していた時、薫殿が巴に声を掛けた。
少々言い辛そうなその様子に、巴は首を傾げる。
「あの、今日お部屋の事なんだけど・・・」
「はい」
「実はね、ちょっと部屋数が足りないの。だから巴さん、私の部屋でも良いかしら・・・?」
「あ、それなら俺と同じ部屋でいーですよ」
薫殿の言葉に、殿が返す。
・・・・同じで良い?
いくら許婚でも、年頃の男女が同じ部屋で?
それは流石に・・・あまり、良くないだろう。
「なぁ、巴」
「ええ、そうね。私はと同じ部屋で結構ですよ」
「え、で、でも、良いんですか・・・?」
「別に何する訳でもないっすから、へーきですよ」
殿が笑う。
薫殿の顔は、赤くなっていた。
・・・巴と殿が、同じ部屋。
・・・・・だから何だ、彼女は巴ではないのだ。
俺が何か言う資格なんぞない。
・・・だが、胸がムシャクシャしているのも、また、事実。
女々しいどころではないな・・・本当に。
「そ、そうね、それに、お2人は許婚だものね」
「う〜ん・・・まぁ、そーすね」
「ええ」
殿と巴が、顔を見合わせて微笑む。
・・・思わず、飲み込もうとしていた食事が、ぐっと詰まった。
夕餉が終わり、皆それぞれ床に着く。
俺も、早くこの鬱な気分を消し去ろうと、足早に自室へと戻った。
早く眠ってしまおう。
もしかしたら、コレは夢なのでは。と、不意に考える。
そうだ。久々に巴の夢を見たから、また、知らぬ間に眠りについているのかも知れない。
ならば、早く目覚めねば。
これ以上、心を掻き乱されぬ内に。
そう思い、布団を被って目を瞑る。
昔から深く眠る事は無かったが、意識を手放すのは早い方だった。
今もそれは変わらないし、今は何か危険が迫っている訳でもない。
それなのに。
目を閉じると、瞼には巴の姿が浮かぶばかり。
これでは、眠る事など、出来る筈も無い。
『、お願いやめて・・・』
!
部屋の外から、巴の控え目な声。
・・・今の台詞は・・・?
『平気だって』
『嫌・・・お願い、止めて・・・』
『平気だっつーの』
『ダメよ・・・、お願いだから・・・』
『平気だって。んじゃ・・・』
『っ・・・!』
バンッ!!
最後の方。
もう、会話なんて頭に入っていなかったけれど。
悲鳴に近い彼女の声が聞こえた瞬間、身体が動いた。
勢い良く、障子を開け放つ。
丁度縁側の所にいた、殿と巴が、弾かれた様にこちらを振り返った。
殿の服を掴み、必死に何かを制止している巴。
門の所へと向かおうとしている、殿。
てっきり、巴が殿に何か不貞を働かれているのかと思ったが・・・。
どうにも、様子が違う。
慌てた自分が馬鹿らしくて、取り繕う様に微笑を張り付かせて声を掛けた。
「驚かせてすまんでござるな。声がしたので、何かあったのかと・・・」
「あ、すんません、起こしちゃいましたか?」
「ごめんなさい・・・夜中だと言うのに、騒がしくしてしまって・・・」
「いいや・・・それより、どうしたので?」
そう問うてみれば、殿はバツが悪そうに。
巴は少々不機嫌そうに言った。
「ええ・・・が、少し・・・」
「う゛・・・・・・ま、まぁ」
「?兎も角、まだ外も冷えるでござるよ。拙者の部屋で良ければ、入って」
俺の言葉に、2人は少し顔を見合わせた後、素直に部屋へと入って来た。
座る俺の向かいに、2人が並んで腰を下ろす。
巴は、いつもこうして俺の前に、大人しく座っていた。
何となく思い出してしまうが、今はまず話を聞く事に専念しようと、過去を追い出す。
「それで、一体・・・?」
「あー・・・・えっと・・・・」
殿は言い辛そうに言葉を濁す。
助けを求める様に巴へと視線をやるが、巴も困った様に眉を寄せた。
・・・何だ、何かあるのだろうか。
「そ、そのー・・・えっと、えー・・・」
「・・・言い辛い事なのでござるな」
「は、はい・・・いや、その、ちょっと説明がし辛いと言うか・・・」
「説明?」
「はい・・・えっと・・・その、巴と相談して、話せる様なら、話します」
「あ、あぁ・・・承知したでござるよ」
些か要領を得ぬままそう返すと、殿は苦笑いして礼を言った。
巴もそれに続き、申し訳ないと詫びる。
彼女に、悲しい顔は似合わない。
「いいや、謝らずとも・・・良い」
「ありがとう御座います。少し、とも相談してみますので・・・」
「・・・何か困った事があったら、いつでも力になる」
「はい」
「ありがとー御座います。・・・えっと、夜中に起こしちゃって、すみませんでした」
「ん?あぁ、いや、拙者が勝手に起きただけでござる、気にする事はない」
事実、薫殿や弥彦は起きていないだろう。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「あぁ・・・おやすみ」
そう言い、2人揃って俺の部屋を後にする。
静かになった、部屋。
また2人で、一室で、過ごすのだと思うと、知らず掌に爪が食い込む。
全く、俺はどこまで女々しいのだ。
・・・しかし
「・・・説明し辛いとは・・・」
一体何だろうか。
確か、彼と巴は旅をしていると言っていた。
京都から来たと言っていた。
そして、先程。
殿は、外へ行こうとしていた様に見えた。
こんな夜更けに?何処へ?
まるで繋がらない。
隠している事も、見当が付かない。
これが普段なら、他人の事にとやかく首は突っ込まない。
けれど
「・・・・一体、何なんだ・・・・?」
巴の事となれば話は別だ。
そう考えている自分に、軽く自嘲を漏らし
明日、軽く探りを入れてみようと、先程巴が座っていた場所を見つめた。
NEXT
この辺りから緋村さんが吹っ切れて来た。
主人公のピンチも近い。