夢を見た。
巴は橋の上にいる。
雪の降り頻る、人気の無い橋の上に。
その向こうに・・・見知った景色がある気がした。
『傷華』
ガバリと起きる。
肌が刺される様に、寒い朝だった。
「・・・・・・巴?」
隣の布団を見ると、もう巴はいなかった。
布団も綺麗に畳まれていて、かなり前にこの部屋を出たのだと感じた。
多分、俺も相当疲れていたんだろう。
巴が部屋を出たのに、気付かなかった。
普段なら慌てる所だが・・・
今は、妙に冷静だった。
「・・・・・・・行こう」
きっと巴は
橋の上で待っている。
外はやっぱり、人気が無くて・・・
雪は随分早くから降っていたのか、積もっていた。
心臓は煩いのに、頭は妙に落ち着いていて・・・
足だけが、機械的に動いた。
無心に歩いて・・・
知らない街の筈なのに、まるで場所を知っているかの様に歩いて・・・
知らない内に、緋村さんと話したあの河原まで、来た。
「殿」
静かな声が、背後から聞こえた。
「・・・・・緋村さん」
「・・・やはり、行くのでござるな」
ついて来ていたのに、気付かなかった。
・・・・でも、それでも、然して驚きは無い。
何となく、会う様な気がしてた。
「・・・はい」
「・・・・殿・・・・」
「緋村さん。1つ教えて欲しいんです」
「・・・・答えられる事なら」
緋村さんは、穏やかだ。
俺の気持ちも、妙に落ち着いている。
「・・・巴が・・・貴方の妻だった巴が死んだのは・・・何月ですか」
「・・・・それは、お主の中でも答えが出ているのでは?」
「・・・・・・・・・・」
緋村さんが言った。
・・・・そう、俺の中に、それはある。
「・・・・・・巴が逝ったのは・・・・・・雪の降る、山の中」
「・・・・・・・・・・・」
「そう、丁度今日の様な・・・寒い日だった」
「・・・・・・・・・・・」
「この時期になると、必ず、決まって巴の夢を見る」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・師走になると、必ず」
「・・・・・じゃあ、やっぱり」
「・・・お主と巴が現れたその日にも、巴の夢を見ていたのでござるよ」
偶然・・・じゃない、様な気がする。
じゃあ、俺等があの時みた雪は。
・・・・・・・・巴の、命日だったから?
こっちの世界で、巴の命日で・・・・・・
・・・・・・・・
「もう1つ、良いですか」
「勿論」
「・・・巴が死んだのは・・・京都の山ですか」
「・・・・・ああ。雪の降り頻る、今日の様な・・・・・山の中」
俺と巴が雪を見た時。
山の中にいた。
京都の、山だ。
雪。
山。
そして、命日。
緋村さんが見たと言う、巴の夢。
全て合わさった、その時だったのだろうか。
「・・・・・・緋村さん」
「ん?」
「何となくだけど・・・俺等がここに来た理由が、わかった気がします」
「奇遇でござるな。・・・拙者も、そう思う」
緋村さんの気持ちが呼んだ為か。
巴を、知る為か。
愛した人と。
愛している人を。
また回り逢う為か。
愛し貫く為か。
「緋村さん・・・俺、貴方に会えて、良かったと思います」
「・・・拙者もでござるよ」
緋村さんが、軽く笑った。
・・・俺は、眼を伏せる。
「・・・・・じゃあ、俺、そろそろ行きます。巴も、待ってるし」
「ああ・・・・」
「色々とありがとう御座いました。・・・薫さん達にも、伝えて下さい」
「承知した」
「・・・・それじゃあ・・・・」
そう言って、踵を返す。
「・・・殿」
その瞬間、名を呼ばれ、思わず振り向く。
目の前にあったのは、雪の様に光る刀だった。
「え・・・・・・・・・・・」
残像の様に。
美しい光が、俺の左頬を過ぎる。
それは余りに一瞬で
頬を斬られた事すら、気付かない程だった。
「あ・・・・・・・・・・・」
緋村さんは、穏やかな笑顔を浮かべている。
俺も、何故だか・・・笑いが浮かんだ。
「・・・コレで、お主も、拙者と同じでござるな」
緋村さんの言葉通り、同じだ。
髪の色素が薄いトコも。
女顔なトコも。
巴を好きなトコも。
・・・・左頬に、十字傷があるトコも。
「・・・・出来ればもう、会いたくは無いでござるな」
「・・・・・俺も、ですよ」
初めて、2人、顔をしっかり見合わせて・・・笑った。
「巴!」
俺は、走った。
巴の待っているであろう、橋まで。
・・・・そこには、やっぱり
雪の中に溶けそうな巴の姿があった。
「・・・・待ってた」
「ごめん。遅れた」
「・・・・・、その傷・・・・・」
「・・・・・・・ちょっと、ね」
巴が、俺の左頬に手を添える。
いまだ流れる赤い血が、巴の指先を汚した。
「・・・緋村さんと、同じね」
「・・・・・ああ、同じ・・・・・十字傷だ」
「・・・・・・・・・・」
巴が、辛そうな表情のまま、手を離す。
その指先から、一滴の血が滴った。
その一滴を、2人で追う。
ピチョンと、その血が地面についた時。
顔を上げると、其処は・・・山の中だった。
「「あ・・・・」」
・・・戻って、来た。
周囲を見渡せば、木々で・・・
雪なんか何処にも無くて・・・
道は、きちんと舗装されていて・・・
俺等の、生きていた時代だった。
「・・・・・・戻って、来た」
「・・・・・・・・・・ええ」
実感が沸かないまま、巴と顔を見合わせる。
「・・・・・・」
「・・・・ん?」
「・・・・・私達、本当に明治にいたの?」
「・・・・・・・・・」
巴の疑問に、俺は答えられない。
向こうにいる時は、アレ程までに帰りたいと。
夢でなかった事にガッカリした程だったのに。
いざ戻ると、先程までのは、本当は全て夢だったんじゃないかと、思う。
・・・でも、アレは現実だ。
・・・・・・だって
「・・・・・・・・俺の、傷」
「・・・・・・・・」
「・・・あるだろ?」
「・・・・・・・・ええ」
俺の左頬からは、まだ、血が流れている。
・・・十字傷を刻まれた、この左頬。
「・・・・・・・・・・」
「・・・なぁ、巴」
「・・・・・・・・」
「・・・・怨みや、強い念を持った傷痕ってさ・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・一生、消えないんだと」
緋村さんの十字傷が、そうである様に。
戒める。
自分を。
傷痕が。
俺のこの傷も。
俺の、十字傷も・・・・。
「・・・」
多分俺等は、本当に幸せにはなれないかも知れない。
「・・・・・・」
これからきっと、俺は巴を見る度に、緋村さんの事を思い出すんだろう。
「・・・・?」
そして巴はきっと、俺の十字傷を見る度に、緋村さんの事を思い出すんだろう。
「・・・・どうして・・・・泣いているの・・・・?」
これからは、全て、あの人に縛られて生きるんだろう。
あの人と同じ、この傷に。
巴がつけた傷を、同じ様に俺につけた、あの人に。
「・・・・・・」
思わず、巴の身体を掻き抱く。
白梅の香りが、ふわりと香った。
「・・・・・巴・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・俺等は、長生きして・・・ずっとずっと、長生きして・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・幸せに、なろう」
「・・・・・・・・・・ええ」
巴の髪に顔を埋める。
左頬の十字傷が、じくりと痛んだ。
END.
一応正規のエンドです。
ハッピーエンドか、アンハッピーか。
それは皆様のご判断にお任せしますが・・・
個人的には、アンハッピーのつもりで書きました。
緋村と同じ、愛した人の旦那と同じ、左頬の十字傷を背負った主人公。
それはきっと死ぬまで消えない。
巴さんはそれを見る度、主人公は巴さんを見る度、縛られる。
きっと訪れる事は無い幸せを、彼等は互いに縛り付けられながら探すんでしょう。
想華トップ絵の、主人公。
彼の左頬が隠れているのは、こう言う意味があったからです。
さて、コレにて想華本編は終了です。
しかしまだ後日談が1話残っております。
近い内にアップしようと思いますので、その時は読んでやって下さいませv
長々とお付き合い、ありがとう御座いました。