宿は何とか取れた。
だが、1部屋。
『月夜の晩に』
まだまだ東京には着かない。
道草も随分と食ってしまったし、何やかんやとやっていたら、こんな時間だ。
まぁ、宿が取れただけでも良しとしなければ。
・・・女と一緒だが。
は女に見えないので問題は無いだろう。
「テメー、言うじゃねぇかよ」
「言いたくもなる」
そこらの男より男らしい女なぞ、女と呼べるか。
今日だって、絡んで来た大男を片腕で薙ぎ倒していたではないか。
「ま、テメーよか男らしいか」
「・・・確かに」
「うわ、認めた。女顔」
「うるさい」
今日も散々揉め事に巻き込まれて疲れた。
ほとんどがコイツの所為だが。
全く、歩けば問題事にぶつかる。厄介な奴。
「お、何だよ抜っさん、もう寝んのか」
「あぁ、今日は疲れた」
「ふーん」
「・・・で、お前・・・何持ってる」
「酒」
ああ、見りゃあわかるさ。
だが、俺が言いたいのはそうではなくてだな。
「・・・先程、一本飲み干さなかったか・・・?」
「新しい奴」
・・・どうして酔わないんだ、コイツ。
大体、今朝に新しい一本を買ったのではなかったか?
それを、もう夕方には飲み干して、呆れた記憶がある。
・・・で、何だって?また新しく買ったと?
「お前・・・その内血液が酒になるんじゃないか」
「おー、そりゃあ良いな。金いらねぇし」
「そう言う問題じゃない・・・」
師匠ですらこんなに飲んでいなかった・・・と、思う。
多分。いや、絶対飲んでない。
コイツは異常だ。異常。
「るせーなぁ、人を異常者扱いしてんじゃねーよ」
「異常だろ、どう見ても」
「あー、そーですねー」
腹立つ・・・!
何だその小馬鹿にした様な態度は!!
ったく・・・これから寝ると言う時に、こんなムカムカした気持ちで・・・。
「・・・って、お前コレから寝るんだろうが」
「それが?」
「・・・・少しにしておけ」
「何でテメーに指図されんだよ」
「酒臭い。女なのだから、もう少し・・・」
「あー、テメーのがよっぽど女顔だろぉがよぉ」
「う、うるさい!!」
「ホラホラ、夜中に大声出すなよー、迷惑迷惑」
手をヒラヒラと降り、無礼めた態度で酒を煽る。
流石にカーッと頭が熱くなり、部屋から出た。
は構わず、窓に腰掛けて酒を呑んでいる。
あぁ、本当に、腹の立つ女だ・・・。
目的の物を手に取り、再び階段を上がり部屋へと入る。
今宵は満月。
その、肥えた黄色い月の中に、ぼぅっと酒を飲む。
・・・不覚。
少しばかり、目を奪われた。
無駄に顔が整って、更に巴に似ている所為だと、思う。
いいや、違う、違う。月の所為だろう。
「で、いつまでそこに突っ立ってんだ、抜っさん」
「え?・・・あ、ああ、いや・・・」
「ったく、ボケたかぁ?三十路がよぉ」
「っの・・・」
ヒュッ!
「!」
「それで飲め、馬鹿」
下で取って来た御猪口を投げ渡す。
結構な速度で飛んだが、は何て事無く受け止めた。
「へーへー、リョーカイ」
「普通はそうやって飲むんだ」
「俺が普通だと思ってんのかよ」
「・・・そうだったな、お前に言っても無駄だったな」
そう、意地の悪い笑みを浮かべる。
また腹が立ちそうだったので、もうさっさと寝るに限ると、着替えを始める。
月明かりしか無い部屋だが、それでも十分な光だ。
すぐに寝巻きを見つけ、着物を脱ぐ。
「オメーに脱がれても楽しくねぇなぁ・・・」
「お前を楽しませる為に脱いでるんじゃない・・・!!」
「あー・・・コレが若い女だったら、楽しいんだろうけどよぉ」
「・・・・お前、女だったよな・・・?」
「俺が男に見えるか?」
中身は男だろ。いや、親父。
「殺すぞテメェ」
「地獄耳」
「お互い様だ、三十路」
「まだ28だ」
「じゃ、三十路まで後2年」
そこまで三十路扱いしたいかこの女は・・・!!
・・・ああ、もう良い、好きにしろ。
「お、何だ、寝るのかよ」
「ああ。・・・これ以上、相手にしてられん」
「ったく、本当からかい易いよなぁ」
「お前っ・・・!!」
・・・いかんいかん。
もう、構わないでおこう。
余計に調子に乗る。
昔、師匠で散々学習したじゃないか、俺。
「おー、静かになった」
「お前がうるさいんだ・・・」
「テメーが一々怒鳴ってんじゃねぇか。俺の所為にすんなよ」
この女・・・!!
ああ、ダメだ。耐えるのは意外とキツイ。
「・・・・はぁ」
「何だよ、寝るんじゃなかったのか」
「寝れないだけだ」
「へー、寝られないんだったら、酒、付き合うか?」
「お前に付き合ってたらそれこそ眠れない」
「酒飲めば、寝れんじゃねぇの?」
・・・そうだな。
・・・・少しばかり、寝酒を飲もう。
「お」
起き上がり、何も言わずにの手から御猪口を奪い取る。
まだなみなみと酒の入っている小さい杯。
一気に口に当て、飲み干す。
随分と苦味の強い酒だ。喉が焼ける。
・・・コイツ、こんなのを一日に2本も飲んだのか!?
「・・・お前、明日からちょっと自粛しろ」
「却下」
「・・・明らかに身体に悪いぞ、コレ」
「っせーなぁ、酒は薬なんだよ、安心しろ」
「何処の親父だお前」
睨み付けると、は意地悪く口を吊り上げる。
あぁ、師匠とそっくりだ。
だから腹立つんだな・・・からかわれると。
「で?どーするよ。もう一杯行く?」
「・・・・・・・・」
今度は、の手から瓶を奪う。
そして乱暴に御猪口に注いで、また、飲み干した。
何だか、こうでもしないと、やっていられないのだ。
「おー、良い飲みっぷり」
「・・・・お前には、負ける」
「まーな」
この・・・アッサリ言ったな、コイツ。
・・・・・まぁ、良い。
「何だ、本当に寝るのか?つまんねぇなぁテメー」
「・・・・うるさい」
「つか、御猪口二杯で眠くなんのかよ。お手軽だな」
「・・・うる、さい・・・」
・・・・何だか、とても眠い。
酒とは、こんなにすぐ回る物だったか?
いいや、疲れたのだな、今日は。
コイツに散々からかわれ、振り回され、挙句乱闘に巻き込まれ・・・。
・・・・全く、本当に女としての自覚が無い。
酒だって、明日から、少々禁止してやろう。
また愚痴愚痴言われるのだろうが、あれ以上、いや、今でも健康に害を来すぞ・・・。
「はいはい、わかったわかった」
あぁ、また簡単に返事を・・・。
大体、お前、今日の怪我はどうした。
放っておいたら、化膿すると言ったのに・・・手当てしていなかったな・・・。
仕方ない、明日にでも、薬を探すか・・・・
酒掛ければ治るなどと、馬鹿にも程がある発言をしていたが・・・治る訳ない。
「馬鹿にも程があるだぁ?るせーなぁ」
うるさいのは、お前だ・・・・。
それと・・・怪我の事もそうだが・・・・
もう少し、自分を大事にする事を覚えろ。
こっちが、気が気でない・・・。
余所見をするのは勝手だが、怪我をするな。馬鹿。
「あー、はいはい、ご心配、ありがとぉよ」
――――・・・・・・ ・・ ・・・・ ・・・・ ・ ・・・ 。
「お、本格的に寝た」
が、深い眠りに入った剣心の顔を見て、面白そうに笑う。
全く、あそこまでハッキリ寝言を続けられる奴も、珍しい。
特に、普段は口に出さない本音を聞けるから、楽しいし、と。
「ったく・・・夜はこうしてテメェの愚痴聞いてやってんだ。
・・・少しぁありがたく思いやがれよ?
・・・・・抜刀斎さんよぉ」
最後。
抜刀斎の部分だけ、何処と無く寂しげな色を仄めかし
満月の淡い光の中、剣心の持って来た御猪口で、苦い酒を飲み干した。
END.