血の臭いが充満する。
けたたましい警報が響く。
赤いランプが忙しなく点滅する。
制服にこびり付いた血液は、最早誰の物かすらも覚えていない。
ただただ、世界が呆然と動いていた。
冷たい壁に背を預け、虚ろな目で見えない何かを見上げる。
綾波。
アスカ。
ミサトさん。
リツコさん。
父さん。
皆。皆、いなくなってしまった。
何が起こったのかわからない。
わからないけれど、確実に全てが終わりに向かっているのを、感じていた。
見慣れたネルフのマーク。
自分の手に握られているインターフェイス。
散らばる銃器。
遠くで聞こえる騒がしい足音。
ああ、そうだ。
最初からこんな物が無ければ。
エヴァなんて。
使徒なんて。
最初から無ければ、こんな事にならなかったのに。
シン自身の声が、脳裏の奥で聞こえる。
虚空を見詰めながら、走馬灯の様に”始まり”を思い出していた。
あの時から全てが狂ったのだと、漠然と考える。
それでも、より深く思考する事は、今の靄の掛かった頭では到底不可能な事だった。
ゴトリ。
と、唐突に鈍い何かが響く。
重たい何かが、高い所から落とされた音。
それはゴロゴロと冷たい床を転がり、シンの隣へと寄り添う様に辿り着く。
「・・・ひぃっ」
その物体を見たシンの喉から、引き攣った悲鳴が漏れた。
転がって来たその物体。
銀糸の髪。
血色の瞳。
白磁の様に白い肌。
忘れられない、母以外に初めて自分を見てくれた人。
いいや、最後の、最愛の、使徒。
愛しくて仕方なかった。
けれど、自分が殺してしまった。
「・・・・カ、ヲル、くん・・・・」
ガクガクと全身が震える。
目の前が様々な光景に埋め尽くされ、点滅する。
脳が完全に正常な思考を放棄した。
獣の様に這いずり、唐突に現れたカヲルの首を、必死に拾い上げる。
何故ここに首があるのか。
何処から落ちて来たのか。
一体何があったのか。
疑問は一切浮かばなかった。
ただ、自分が殺したカヲルが再びここにいる事。
今の孤独な状況に見えた唯一の救いに、必死に縋り付いた。
血塗れの生首を大事そうに抱え込み、頬を寄せる。
首からいまだ流れる鮮血が、シンの制服や顔をベタリと汚した。
光を失っていた瞳から、ポロポロと涙を零すシン。
それが体温を失ったカヲルの顔に流れ落ち、警報ランプの光が不気味に反射した。
フッ。と、音が消える。
遠くで聞こえていた騒がしい足音。
警報機のサイレン。
代わりに聴覚を刺激したのは、誰かが口元に笑みを浮かべる気配。
カヲルの首へ縋っていたシンが、恐る恐る顔を上げる。
そこには、先程思い浮かべた、消えていった人々がシンを囲む様に立っていた。
レイ。
アスカ。
ミサト。
リョウジ。
トウジ。
ケンスケ。
ヒカリ。
ネルフの職員。
そして、父。
皆が、立っている。
微笑を浮かべて、ただ立って、シンを見詰めているのだ。
その笑みに、シンは恐怖を覚える。
怖い。怖い。思わずカヲルの首を抱えたまま後退ろうとするも、背後には壁。
無意識に身体を震わせながら、見知った人々を褪せた瞳で見上げた。
どんな世界を望むの?
レイの声。
どんな世界を望むの?
アスカの声。
どんな世界を望むの?
ミサトの声。
どんな世界を望むの?
どんな世界を望むの?
どんな世界を望むの?
次々と、皆の声が重なる。
それは次第に声ではなく、雑音の様に脳内を支配し、精神を引っ掻き回す。
「あ・・・あ・・あ・・・・」
拒絶する様に首を振り、シンが助けを求めてカヲルの首へと視線をやる。
するとカヲルの首は、在り得ない事に、ギョロリと赤い瞳をシンへと向けた。
そして、奇妙な程に優しい微笑みを歪に口元へ乗せる。
それから、血に塗れた唇を、ゆっくりと開き、シンへ問い掛けた。
君は、どんな世界を望むの?
カヲルのその問いに、シンはストンと緊張を解いた。
何故だか、酷く落ち着いてしまったのだ。
カヲルの生前と変わらぬ声と、非常に穏やかに問われた響きに。
それが当たり前の質問なのだと、不可解にも理解してしまったのだ。
ああ、それに対して答えなければならないのだと、瞬間、納得してしまったのだ。
そして、答えなければ。と言う義務感に急かされ、暫く開いてなかった口を動かす。
こんな世界はもう嫌だ。
エヴァなんて無い世界が良い。
皆が平和に生きてればそれで良い。
僕は、カヲル君といられれば、それで良い。
シンが叫ぶ様に答え終わった途端、囲む様に立っていた人々の身体がバシャリと崩れた。
オレンジ色の液体が噴き上がる。
人々が人としての形を失う。
その液体は夥しい量で、シンとカヲルの首を瞬く間に飲み込んだ。
生暖かい人であるそれに包まれながら、シンはカヲルの首を必死で抱き寄せる。
そのまま、穏やかに微笑んでいるカヲルの首に吸い寄せられ、血塗れの口に触れた。
ゴポリ。と、カヲルの首が液体に溶け、泡として同化する。
その光景に、ああ。今、全てが終わったのだと、シンが意識の遠くで理解する。
次の瞬間、シンの身体も、ゴポリゴポリと、人々の中へと解けて、消えた。
終
わ
り
の
始まり
個人的エヴァ設定妄想。
こんな終わりがあっても良いじゃない。って事で。
どう足掻いてもシンちゃんが幸せになれなさそうな予感ムンムン。