暗闇。
ぽかりと空いた暗闇。
そこで響くのは、女の声。
悲しげに啜る、女の泣き声。
聞いた事がある。と、シンは呆然と思った。
ふと後ろを振り向けば、女が1人。
ぼんやりとその女が、碇ユイだと、母だと、他人事の様に理解した。
何故泣いているのか、母が何故ここにいるのか、ここは何処なのか。
それらは、良くわからない。
「行っちゃだめ・・・シン、行っちゃだめ・・・」
必死に、それでもか細い声で、自分を引き止めるユイ。
シンはその様子に首を傾げながらも、涙する母に心を痛める。
何処にも行かない。と、慰めようと手を伸ばそうとした。
が、それは1つの声に阻まれる。
「シン君。シン君」
ふと、再び顔を背後へと向ける。
そこには、カヲルの姿。
首だけではない、身体もしっかりとついた、生きているカヲルの姿。
それでも、それが当たり前の様に、シンは何の感慨も覚えない。
ただカヲルが自分を呼んでいるのが嬉しくて、首を傾げながらニコリと笑う。
カヲルもそれに微笑みながら、右手をすっと差し出した。
「おいでシン君、ここは暗い。君には似合わないよ」
カヲルの声。
「ダメ!行っちゃだめ、ダメよ、シン・・・!」
ユイの声。
前後を挟まれたシンは、困惑する。
カヲルの言う事を聞きたい。
でも、母の言う事も聞きたい。
カヲルが何処へ自分を連れて行くのかわからない。
母が何故こうも阻むのか、わからない。
「行ったらだめ。行ったら貴女はきっと・・・!」
ユイの言葉を遮って、カヲルの声が耳に届く。
「行こうシン君。君がいないと、ダメなんだよ。
君と一緒にいたいんだ。君が望んだ世界に。
君だって望んでくれただろう?僕と一緒に生きたいって。
ホラおいで、大丈夫、もう寂しい思いなんて、させないから。
1人になんてしないよ。ずっと一緒にいてあげる」
さぁ。と、カヲルの手が更に差し出される。
シンは無意識に、カヲルの手へと自身の右手を伸ばした。
「ダメ!ダメよシン!手を取ってはダメ!!行ってはだめ!!!」
母が何を言っているか、良くわからなかった。
ただカヲルが自分を必要としてくれているのが嬉しくて。
手を取らなければと、彼の所へ行かなければと言う思いが、最後に彼女の手を引いた。
シンの手が、カヲルの白い手に乗る。
瞬間、世界の色が真っ赤に染まる。
ゆっくりと崩れ落ちるシンの身体を、カヲルが壊れ物に触れる様にそっと抱く。
そのまま、絶望の表情を浮かべるユイへ、カヲルが情の無い声を掛けた。
「碇ユイ博士。可哀想に、身体を持たない貴女では、娘に触れる事が出来ないんですね。
本当なら、自ら悲劇へ向かう彼女を、抱き締めて止めたい筈でしょうに。
それでも、もう遅いんです。彼女は僕の手を取りましたから」
カヲルの笑顔に、ユイが取り乱した様子で叫ぶ。
「お願い!シンを返して!娘を返して!!この子に何もしないで!!」
母の訴えに、カヲルは見せ付けるようにシンに口付けを落とし、最後にユイへとこう言った。
「娘の悲劇を見ているしか出来ないユイ博士、お元気で。
・・・いいや、お義母さん?」
カヲルが世界の赤に溶ける。
一緒に、抱えられていたシンの姿も血色の中へと消えてしまった。
世界が絶望の様に黒いそれへと戻る。
何も無い暗闇の中、ただユイの悲痛な泣き声だけが残った。
母
か
ら
母になる者へ
母(ユイ)から母になる者(シン)への警告。
カヲル君についていったら幸せになれない。
と言う母の最後の警告でした。
場所は何処でしょうね。この世とあの世の境目かな。
それとも人類が全て1つになってしまった世界かな。