ふと眼を覚ます。


隣にあった筈の、天海の姿が無かった。










『月光浴』










「・・・・・天海?」


手探りで彼女の温もりを探る。

だが自身の隣は既に冷たく、彼女が消えたのは随分前であると知らせて来た。


「・・・・・?」


ダルイ体を起こし、見渡す。

蒼白い月の光。

それがやたらと眼に眩しかった。

太陽の日差しを遮る時の様に、月を視界から消す。




「・・・・・・・あ」




眼を庇った指の隙間から、1人の女の姿が見えた。


月の色に良く似た肌。

星の色に良く似た髪。

今この世に触れたばかりの赤子の様な、肌理細やかな肌をした女。


髪だけを乱雑に纏め、一糸纏わぬ姿で月を見上げている。


眩しくも柔らかなその光に抱かれ、彼女は無言だった。



「・・・・天海」



少し大きめの声で呼ぶと、彼女は何の躊躇いもなく振り向いた。

星色の長い髪が、ゆるりと遅れて彼女の体を撫ぜる。

月の光がそれに反射して、やたらと眼に痛かった。


「起きたのか、蒼鬼」
「ああ・・・何か、眼ぇ覚めてよ」
「まだ遅い。月も傾き始めたばかりだ」
「・・・アンタは」


まだ少し霞む眼を擦りながら、蒼鬼が布団を抜け出し、彼女の隣に歩み寄る。

天海は、少し彼の動きを目で追っただけで、すぐに月へと視線を戻した。


「私は、月を見ていた」
「・・・・今日の月は、眩しいな」
「ああ」


2人並んで、座る。

こんな奇妙な光に包まれていると、お互い素裸だと言う事を忘れてしまいそうだった。


「・・・なぁ、天海」
「何だ」
「・・・・・いや、月、綺麗だな」
「ああ」


彼女は、言葉を詰まらせた蒼鬼に何の疑問も抱いた様子は無かった。

そんな天海の様子に、蒼鬼も同じく月を見上げる。


蒼白く、いつもと変わらぬ様子を見せる月。

それを見詰めていると、今この世に崩壊の危機が訪れているなど、到底思えなかった。

月明かりだけ見ていれば、平和な様にも思えてしまう。

そんな事は無いのだと、自身の手に残る、物の怪を切り裂く時の感触を思い起こした。


「・・・どうした、蒼鬼」
「ん?・・・・いや、何でも」
「・・・そうか」


やはり彼女は、答えを追求しようとはしない。

そんな天海の無関心と言うか。さり気無い優しさと言うか。

判別し辛い類の態度がありがたく思えた。


「・・・明日も」
「ん?」
「明日もきっと晴れるだろう」
「・・・ああ、そうだな。月も星も、良く見える」


天海の言葉に、蒼鬼は明るく返す。

綺麗な、澱みの一片も無い紺碧の空。

きっと明日も美しいばかりの晴天であろうと、蒼鬼は青一色の空を思い描いた。





「・・・明日も、月を見られるのだろうか」





天海が、意外な事を言って来た。

そしてその意味を、一瞬捉え切れなかった。

蒼鬼が視線で問う。

天海は、普段よりも幾段機械的に返して来た。


「・・・私は、いつ消えるとも知れない」
「・・・・・・」
「私は明日も、この眼で。この月を見る事が出来るだろうか」
「・・・何言ってんだよ、突然」


彼女の唐突な弱音に、蒼鬼は驚きを隠さずに言う。

まさか、いつも冷静沈着で、常に数歩先を見据えている彼女の台詞とは思えなかったのだ。

・・・だが、彼女の瞳は揺らいでいない。

恐怖や不安の類で出た言葉ではないのだと、それを見て理解した。


「・・・・・何でもない。夢を見ただけだ」
「夢?」
「・・・昔の夢だ」
「・・・ふぅん」


天海の言葉に、蒼鬼は取り合えず頷いておいた。

彼女の言う”昔”は、一体どれ程の年月を言うのか、わからない。

彼女は、人としては長過ぎる時を生きてきたのだから。




思わず、言葉が無くなる。






「・・・・見れるさ」






不意に、蒼鬼が言った。

静かになった空間に、その声はやたらと響いた。


「?」
「・・・もし見れなくなりそうだったら、俺がちゃんと見せてやるから」
「・・・?」
「・・・・あー、だから。アンタが危なくなったら、俺が守ってやるって」
「・・・ああ、そう言う事か」
「そーゆー事だよ。・・・だから、変な事言うな」


蒼鬼は真剣な眼差しで天海を射抜いた。

彼女もその瞳を受け、コクリと1つ頷く。


「・・・ありがとう」
「へ?あ、ああ、いや、別に・・・」


素直な礼に、蒼鬼が少々慌てた風な声を上げる。


そして、もう一度だけ月を一瞥すると、彼女の細い腕を取った。


「?」
「・・・寝ようぜ。明日もたねーぞ」
「・・・・ああ、そうだな」


彼の言葉に肯定を返し、その手の力に従う。



てっきり自分が立ち上がればその手は離れるかと思ったのだが。



「・・・?」





両足でしかりと立った瞬間、天海の体が蒼鬼に引き寄せられた。





「・・・蒼鬼?」


天海が不思議そうに問う。

何故抱き締められているのか、良くわからない。


それでも、彼の纏う空気が、明らかに強張っていて。

自身の体を抱き締める両腕が、やたらと強く脅えていて。


名を呼ぶのが、精一杯だった。




「・・・消えさせなんか、しない」




蒼鬼の声が、彼女の耳に小さく届く。




「・・・絶対に」




更に、腕に力が篭った。




天海はその言葉に、静かな仕草で眼を瞑る。

そのまま、彼の胸に体をゆたりと預けた。







「・・・・・明日も、共に月を見よう」







月の光と蒼鬼の腕に抱かれながら、天海は光に溶けそうな声で、零した。



























END.


何となく書いてしまった作品。
丁度動画で鬼武者を見てて・・・。
そしてイラストを描いてみたら話まで思い浮かんだので。
この2人は、何故だか月夜の晩が似合います。
夢と言うのは、もしかしたらかえでさんとかの事かも。
昔2人並んで見上げた月を、彼女と共に思い出したのかも知れません。