カランカランと。
良く通るベルの音が響く。
それはドアに備え付けられた小さなベルで
客の来店を知らせる、静かな音。
『-現代版-ホストと女主人』
「おはよう、蒼鬼」
「・・・だから、何でそっちで呼ぶんだよ」
いつもこの時間にフラリと訪れる客がいる。
鈍い金に脱色した髪と、少々日本人離れした顔をしている男。
名を秀康と言うのだが、今店の女主人は『蒼鬼』と呼んだ。
その訳。
「お前の源氏名だろう?」
「いや、今仕事じゃねぇし、呼ぶなよ」
「だがもう慣れてしまったのでな」
「・・・・あそ」
源氏名と言うのは、ホステスなどの呼び名に使う名の事だ。
彼は男なので、ホストと言う事になる。
その時に使っている名が、『蒼鬼』と言う訳だった。
勿論、本来は仕事以外で使わぬ名だが、何故か彼の友人達は源氏名で呼ぶ。
彼自身はあまり気に入っていないらしい。
「つぅかよ・・・俺の事名前で呼ぶとか言ってなかったか?」
「いつだ?」
「先週だよ先週!!流石に付き合って2年も経つのに源氏名で呼ぶのはアレだっつって・・・」
「・・・悪い、忘れていた」
「・・・・・・・・そんなこったろぉと思ったよ」
あくまで冷静な彼女に、蒼鬼は項垂れる。
そんな蒼鬼に、彼女は静かにコーヒーを差し出した。
ふわりと立ち上る香しい湯気が、彼の顔を包んだ。
「・・・・お前も、名前教えてくれねーし」
「会った時に教えてるだろうが」
不貞腐れ始めた蒼鬼に、彼女が呆れて言う。
だが蒼鬼は納得が行かないようで、がぁっと大口を開けて我鳴った。
「天海なんつー名前があるか!!」
「仕方ないだろう、あるんだから」
蒼鬼の文句に、一言当たり前の様に返す。
勿論、『天海』と言う苗字ならば、あるだろう。
だが彼女の場合、そうではない。
「苗字が無いとか在り得ねぇだろ!!皇室じゃあるまいし」
「・・・・・気にするな」
「気にするっつーの!!!」
「何か軽く食べるか?仕事前だろう」
「はぐらかすなよな・・・・」
既に背を向けて皿を用意している天海に、蒼鬼は再び肩を落とした。
どうせ彼女は、まともに取り合ってはくれない。
「・・・・サンドイッチ」
「わかった」
「・・・・でもさぁ」
「何だ」
銀色のポニーテールを揺らしながら、天海が振り向く。
その琥珀色の眼は、天海の背を見詰めていた蒼鬼の蒼い眼とぶつかった。
「阿倫の苗字って、明智だろぉ?」
「・・・・それは私の叔父の姓だ」
「そうなのか?」
「ああ。元々阿倫を引き取ったのが叔父だったからな」
「ふぅん・・・」
無表情のまま答える彼女に、蒼鬼は納得した様に声を漏らした。
天海は、その間にもてきぱきと手を動かしている。
今『阿倫』と呼ばれた少女は、この喫茶店の2階。
つまり、天海の住居に住まう中学生の少女の事だ。
蒼鬼も詳しくは知らないのだが、天海からは孤児院より引き取ったと教えられている。
少々話し口調が年寄りめいている風があるが、基本的には明るい少女だ。
その少女には一応『明智』と言う姓があるのに、天海にはない。
まったく不思議だと先の質問をぶつけた所、この答えが返って来たのだった。
「ホラ」
「お、サンキュー」
コーヒーと同様、静かに皿を差し出す天海。
少し大き目の白い皿には、丁寧に切られたサンドイッチが乗せられている。
もう夕方に近い時間に食べる様なボリュームではないが、蒼鬼にとってはコレが昼だ。
「・・・それにしても」
「ん」
「ホストとは一体何をする職業なんだ?」
「・・・・・お前、俺と付き合って何年になる?」
「2年は越えたな」
「だよなぁ。更に付き合う前の期間も入れると、何年になる?」
「5年くらいか」
「それなのにどうして今更聞くんだよ」
じとっと坐った眼で睨まれ、天海はふぅと肩を竦める。
そして、相変わらずの無表情で淡々と返した。
「今興味を持ったからだ」
「・・・じゃ、前は興味無かったってか?」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・あ、そ」
余りにサラリと答えられ、蒼鬼は毒気が抜ける。
もう何も文句を言う元気も削がれたのか、サンドイッチを口に運びつつ、素直に答えた。
「何するっつってもなぁ・・・女の子の接待だよ」
「ほぅ」
「盛り上がったりさ。酒飲んだり女の子とお喋りしたり?」
「楽しそうだな」
「何だよ」
「?何がだ」
「・・・・いや、つーか、お前嫌だとか思わない訳?」
自分の職業について何も言って来ない天海。
内容を知った今でも、彼女としての意見は何も無い。
例えば、自分の恋人が他の女性とイチャついてるのは嫌だ、とか。
そう言った嫉妬でも見せてくれるのかと思っていたのだが、天海の答えは
「別に」
の一言だけだった。
ある意味予想はしていたのだが、やはり少しショックはある。
「・・・・女の子と色々してるんだぜ?俺」
「だから何だ」
「・・・・・・何でもない」
言っても無駄だ。
長い付き合いでその辺りは熟知しているので、もう何も言わない。
どうせ彼女に嫉妬などと言う言葉は無いのだしと、諦め気分でサンドイッチを飲み込んだ。
「・・・だが、面白そうだな」
「は?」
「一度行ってみようか。友人にも誘われている事だしな」
「いやいやいやいや来るな絶対来るな!!」
「・・・何故だ?」
軽い気持ちで言ったのだが、蒼鬼に盛大に拒まれる。
何も変な事を言ったつもりはないので、首を傾げつつ、訝しげに問うた。
すると、蒼鬼は先程よりも更に拗ねた様な顔で、そっぽを向く。
「?」
「俺が空いてる時だったら良いけどよ・・・」
「お前は指名が来るのか?」
「失礼だなお前も」
一応人気あるんだぜ?と、背けた視線をチラリと天海へ戻す。
だが天海はほぅと呟くだけで、また自分の話を再開させた。
「まぁ、楽しいならば行っても良いかと思うんだが」
「だからダメだっつーの!!」
「だから、何故だ」
「・・・お前、俺の目の前で他の男とイチャつくのかよ」
「?・・・・・・・ああ、そう言う事か」
鈍い彼女にしては珍しく早く蒼鬼の意図を悟る。
多分・・・嫉妬をしているのだろう、と。
確かに目の前で、しかも自分の動けない時に。
彼女が他の男といるのを見たい訳が無い。
「・・・だがまぁ、大丈夫だろう」
「何がだよ!?良いか、絶対来るなよ!!」
「ああ、わかったわかった。わかったから落ち着け」
「・・・本当にわかってんのかよ・・・」
「ああ」
何を考えているかいまいち掴めない天海に、蒼鬼は疑う様な視線を向ける。
天海はもう既に興味を無くしたらしく、洗った皿を布で拭いていた。
その様子にふぅと溜息を吐くと、残っていたサンドイッチを口に放り込み、席を立つ。
「もう行くのか?」
「おー、今日は早めに」
「そうか、わかった」
「じゃあな」
代金を置いて、ドアに手を掛ける蒼鬼。
だがそれを開ける前に、クルリと天海の方へ振り向いた。
「?」
「・・・絶対来るなよ。良いな」
「ああ、わかったから。・・・1人では行かない」
「いやだから来るなっての!!もし来るなら俺が空いてる時な!!」
「お前は人気なんだろう?」
「メールでもして来いよ」
「・・・仕事に集中しろ」
「お前が来なけりゃ、いくらでも集中してやんよ」
軽く舌を出し、今度こそ本当にドアを開け、それを静かに閉める。
急に静かになった店内に、天海はぼうっと皿を拭きつつ、考えた。
あれ程までに嫌がられると、逆に行ってみたくなる。
まぁそうなったらギャーギャーと怒り狂うのだろうと想像し、少し憂鬱な気分になってみた。
どうせ明日は日曜だし、彼も休みだろう。
この喫茶店も休みだから、明日また突然遊びへ誘うメールでも来るのだろう。
今日怒らせたら暫く不機嫌な彼と過ごさねばならない。
それは面倒だと思い直し、蒼鬼の店に行くのは、やはり止める事にした。
「・・・あぁ・・・そろそろ阿倫が帰って来るな・・・」
時計を見て、そう呟く。
そして、彼女が帰って来た時に渡してやるジュースをカタンと取り出した。
END.
やっちゃったね。でも反省してないよ。
多分読んでる人いないと思うので、好き勝手。
喫茶店女主人の天海さんと、一応人気ホストの蒼鬼。
いや、天海さんはどうしてもこう言うイメージがあって・・・
他のキャラクターも結構役割(私の脳内では)決まってます。
ただロベルトが・・・ね。(役割つけ難い)
どうしようか、阿倫と十兵衛の担任?家庭教師?