ああ、どうしよう。
私・・・死んじゃうのかしら。
『初めての風邪』
「ゲホッ、ゲホッ・・・」
苦しい。
頭が痛い。
顔は熱いのに、身体はガクガク震えている。
咳が酷い。
喉が痛い。
・・・何かしら、コレ。
「う・・・ゲホッ、ゲホッ」
今日は幽助さんと待ち合わせ。
ちょっと時間は過ぎてるけど・・・幽助さんは、遅れて来る事があるから、気にしない。
・・・いつもは、ね。
「・・・ゲホゲホッ・・・ゆ、幽助さん・・・」
早く来て欲しい。
・・・あぁ、目の前が回ってるわ。
クラクラする。ボーっとする。
・・・目の前が、真っ暗・・・
私、本当に死んじゃうのかしら・・・?
―――おい、小兎。
あら?声が聞こえる。
あぁ、でも、ダルくて身体が・・・
「おいって!!」
「は、はい!?」
耳元で響いた大声に、思わず返事をしながら起き上がる。
でも、すぐにクラリと世界が回り、倒れ込んでしまった。
痛くは無い。
改めて見てみると、自分はベッドに寝かされていた。
・・・幽助さんの部屋。
あ。と言う短い声を辿ると、苦い表情の幽助さん。
「ワリィ、デケェ声出して・・・」
「い、いえ・・・ッゲホゲホ!」
「ば、馬鹿、喋んなって」
そう言われ、口を閉じる。
けれど、咳が酷く、呼吸をするだけで咽てしまう。
「ゲホゲホッ・・ゲホッ」
「あーあー、風邪かぁ?ホレ、寝たまんま熱測れ」
「・・・熱・・・」
「・・・・・まさか、知らねぇとか?」
「い、いえ・・・ゲホッ」
知ってはいる。
でも、私なんかがなる筈無い。
何かの間違いなんじゃ・・・。
「んじゃ、何だよ」
「ま、魔界では・・・ゲホッ、熱を出すのは、男の方・・・ゲホゲホッ、だけです」
「はぁ?何だそりゃ」
「私みたいな下等妖怪の雌は、ゲホッ、そんな病に罹りませんし・・・ゲホゲホッ」
「自分の事雌とか言うなっての!ったく・・・」
「ご、ごめんなさい」
怒られてしまった。
でも、それより、止まらない咳と頭の痛さが気になる。
どうしよう・・・
・・・そう言えば、さっき幽助さんは、『風邪』って言ってた・・・
「ホレ、とっとと熱測れって」
「あ、あの・・・風邪って、ゲホッ、何ですか・・・?」
「・・・・・・魔界にゃ、ねーのか?」
「は、はい」
幽助さんは、驚いた顔をしている。
それから、何かを納得した顔になった。
・・・そうか。人間界と魔界じゃ、病も違うのね・・・。
「まぁ、多分風邪だろ。こっち来始めてから罹ったんだろ?」
「は、はい」
「じゃあ、人間界の風邪を貰っちまったんだろ」
「あ、あの・・・」
「ん?」
「コレ、死ぬ様な病気じゃ・・・ゲホッ、無いんですか?」
私の質問に、幽助さんはキョトンとしたあと、可笑しそうに笑った。
「あはは、風邪が死ぬ様な病気だったら、俺はもう10回ぐれー死んでるな」
「あ・・・」
どうやら、死ぬ様な病気じゃあ、ないらしい。
よ、良かった・・・。
そうとわかっただけでも、少し気分が楽になる。
「体温計・・・その棒っきれ、脇に挟んで寝てろ」
「は、はい。あの・・・」
「今ちょっと薬探して来てやっから」
「あ、ありがとう御座います・・・ゲホゲホッ」
幽助さんが、部屋を出る。
体温計・・・私の平均体温は39度。
コレは、人間の方と、同じくらいなのかしら?
だとしたら、どれくらいが酷いのか・・・良く、わからないけど・・・。
言われた通りに、体温計を脇に挟んで、布団を深く被る。
ひんやり冷たくて、気持ちが良いかも・・・。
・・・そう言えば、以前、熱を出した誰かが言っていたっけ。
聞いた所、熱とは体温が3〜4度上昇するらしい。
3・4度と言っても・・・意外と差はある。
・・・どうりで、身体が重い訳だ。
それにしても、私は何で、幽助さんのベッドで寝てるんだろう?
確か、待ち合わせしてる筈だったのに・・・。
記憶が曖昧で、良くわからない。
ああ、何だか、たくさん考えていたら、頭がフワフワして来た。
カチ。カチ。カチ。
・・・・・・遅いなぁ。
先程から、この静かな部屋の中で唯一、時計の針が響く。
それはそれは、酷くゆっくりに聞こえて、時間の流れを遅くしている様だった。
「おう、どうだ?」
「あ・・・えっと」
ピピピピ。ピピピピ。
幽助さんがドアを開けた瞬間、電子音。
「お、丁度鳴ったな、体温計見せてみ」
「え、あ、はい」
言われ、素直に渡す。
「・・・ゲッ、お前、ヤベェぞ!!」
「え、な、何がっ・・・ゲホゲホッ、何が、ですか・・・?」
「42度もあんぞ!!寝てろ馬鹿!!」
「??」
そ、そんなに大変な物なの・・・??
ど、どうしよう。
・・・あら?でも、3度しか上がってない・・・
「や、やべー、病院・・・いやいやコイツ連れてったら別の騒ぎが・・・」
「あ、あの・・・」
「あ?」
「人間の方の、ゲホッ、体温って・・・普段は、どのくらいですか?」
「普通は・・・36度ぐれーじゃねぇ?」
「・・・あ・・・」
人間の方は、私より平均体温が低いのね。
だから、幽助さんは慌ててるのか・・・。
「あ、あの、幽助さん・・・」
「何だ?何かいるか?」
「い、いえ・・・ゲホゲホッ、あの、私、体温が元々高いんです・・・」
「・・・・そ、そーなのか?」
「は、はい・・・ゲホッ、普通で、39度ありますから・・・」
「・・・・はぁ・・・・」
私が言うと、幽助さんは体温計を持ったまま、大きな溜息を吐いた。
「ったく、マジ焦ったじゃねーか・・・」
「す、すみません・・・」
「いや、オメーが悪いんじゃねーよ」
それにしても高ぇ体温だな。
と、幽助さんが不思議そうに言う。
私にしてみれば、人間の方は体温が低過ぎると思うのだけれど・・・。
「まぁ、それなら安心だ。飯食って薬飲めば治るだろ」
「は、はい・・・」
「で、だ。薬はあったんだけどよぉ、食後って書いてあんだよ」
「はぁ・・・」
「ちょっと簡単なモン作ってやっから、もう暫く寝てろ、な?」
「は、はい。ゲホッ、ありがとう御座います・・・」
そう言って、幽助さんはまた部屋を出て行ってしまった。
何だか、とても迷惑を掛けてる・・・。
申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど、今はその好意がとても助かる。
男の方とあまり接点はないけど、何だか、嬉しい物ね。
・・・あぁ、そうだ、どうして私がここに寝てるのかも、聞かなくちゃ。
でも・・・こうして熱に浮かされて、頭が酷く痛い中でも、不思議と気分は軽い。
・・・・・これも、風邪の症状かしら?
「よぉ、起きたか?」
「・・・・え?」
ふっと目を開けると、幽助さんが笑いながらこちらを見ていた。
・・・・・あれ?何時の間に・・・・・
「オメー、随分気持ち良さそうに寝てたな。そんだけ寝れんなら平気だな」
「え?・・・ゲホッ・・・あ、寝てましたか・・・?」
どうやら、知らない内に眠っていたらしい。
ふと見てみると、テーブルの所にお椀が置かれていた。
・・・アレ、幽助さんが作って下さった物?
まだ湯気が昇っている所を見ると、出来てからそう時間は経っていないみたい。
「おう。デコにシート貼ったんだけど、平気か?」
「?」
額を触ってみる。
サラリ、と綿の様な感触がした。
押した時に冷たかったから、きっと、熱を冷ます物だと思う。
「あ、はい・・・・あの、色々ありがとう御座います」
「良いって良いって。俺も待ち合わせ遅れちまったしな」
「・・・・あ、そうだ。聞きたい事が・・・・ゲホッ」
「ん?」
「えっと・・・私、どうしてここに寝てたんでしょう・・・ッゲホゲホッ」
幽助さんが、キョトンとした目で私を見る。
・・・な、何かおかしな事を言ったのかしら・・・?
「・・・あぁ、お前、すぐぶっ倒れたんだっけか・・・」
「?」
「アレだよ。俺が来たと同時に、オメーがぶっ倒れたんだよ」
「あ・・・そう、だったんですか・・・」
「んで、ここまで大急ぎで運んだって訳」
「す、すみません・・・ご迷惑をお掛けして・・・」
「気にすんなって。こうして誰かを看病すんのも、偶には良いもんだぜ?」
「そ、そうですか・・・?」
きっと、私に気を遣っての嘘だろう。
・・・それでも、とても嬉しい。
・・・・申し訳ないけれど。
「ホレ、まだ暖かけーから、食え」
「あ、ありがとう御座います・・・ゲホゲホッ」
「それ食ったら薬飲んで、寝てて良いからよ」
「で、でも・・・幽助さんのお母さんは・・・」
「あぁ、お袋?どっかプラプラ旅行行ってっから、2・3日帰って来ねーよ」
・・・そ、そうなんだ・・・
でも、帰って来て私が寝ていたら、驚かれるわよね。
薬を飲んで、早く治さないと・・・。
「ホレ」
「あ、頂きます・・・」
暖かいソレを、スプーンで掬って一口含む。
・・・柔らかい。
「何ですか?コレ」
「粥だよ、粥」
「かゆ・・・」
「病人に食わすのは、コレが一番じゃねーの?」
俺はあんま好きじゃねーけど。
と、幽助さんは言う。
きっと味が薄いから、幽助さん好みじゃないのかも知れない。
でも、私は好きな味。
特に、痛む喉に優しいのが嬉しかった。
「美味しいです」
「そっか。そりゃあ、良かった」
頬を掻きながら、照れ臭そうに言う幽助さん。
こちらまで、ちょっと恥ずかしくなって、俯いて粥と呼ばれた物を食べる。
「おう、今日は一日いてやるからよ。ゆっくり寝てろや」
「あ・・・すみません」
「謝ってどうすんだ。どうせなら礼言えよなー」
ふざけた様に言われ、私も自然に笑う。
喉が痛いから、声を出して笑う事は出来ないけど。
それでも、ふふっと笑ってみたら、幽助さんも笑ってくれた。
「ありがとう御座います。幽助さん」
「おう」
人間の病気・・・風邪って、辛いのね。
高い熱は出るし、咳は酷いし、身体も頭もとても痛い。
でも
「何かあったらすぐ言えよ。何でもしてやっから」
ちょっと幸せ。なんて思ってしまうのは・・・何でかしら?
END.
動物の体温って結構高いのですよね。
確か、犬の体温が平均で39度くらいあったかと思います。
小兎ちゃん、耳とか尻尾を見た限りでは狐系妖怪ですので・・・
これくらい体温があっても良いんじゃないかと。妖怪ですしね。
きっとこの後、薬が苦くてビックリしてると思います。