『何故髪を伸ばすの?』
それは、あの人が長い髪を好きだと言ったから。
『何故そんな血色の着物を着るの?』
それは、あの人の色だから。
『何故汚れの目立つ白い袴を穿くの?』
それは、あの人の外套の色だから。
『何故左頬の十字傷を、愛しそうに撫ぜるの?』
それは
あの人が私に残した、唯一の物だから。
髪。
明るい緋色の、異国人の様な髪。
自分はこの色を、あまり好いていない。
ある人は琥珀の様だと言う。
ある人は太陽の様だと言う。
ある人は砂金の様だと言う。
けれど私は、この色が嫌いだ。
あの人と同じが良かった。
あの人の様に、闇色の、それでいて何とも言えぬ艶のある。
指で梳けばしなやかな優しさを残す、あの黒髪が良かった。
あの人と同じになりたくて。
あの人の持っている黒髪になりたくて。
墨を被った事もあった。
焼いてみた事もあった。
けれどそれは全て、嫌な臭いと噎せ返る煙に溶ける。
あの人と同じになれないのだと、幼き日に涙した事もあった。
そんな私を見兼ねてか、あの人は言った。
綺麗な髪だと。
折角綺麗なのだから、手入れをし、伸ばせと。
今考えれば、馬鹿な事をしている私に呆れて言ったのだろうが。
それでも私は嬉しかった。
綺麗だと、言ってくれたのが嬉しかった。
あの人に言われたのが嬉しかった。
伸ばせと言われたから、あの人に言われたから。
私は、髪を伸ばしている。
けれど。
いくらあの人が綺麗だと言おうと。
私はやはり、あの人の黒髪が良い。
血の色。
あの人と初めて出逢った時は、血の臭い。
転がる死体と、鋭く光る刀と、血の海と。
目に焼き付いた。
その赤い血。
その赤い血を纏う、あの人に。
けれどどうしてか、それが奇妙な程美しく。
齢6つの私は、血色に魅かれた。
趣味が悪いと。
気味が悪いと。
誰かは良く言う。
折角愛らしい顔をしているのだからと。
もっと綺麗なべべを着たらどうかと。
誰かは良く言う。
けれど。
この赤い色は、あの人の色。
血に塗れた。
あの人の色。
例え気味が悪くとも。
例え血の臭いがこびり付こうとも。
あの人の色だ。
あの人の纏う色だ。
ならば私は、赤に染まる。
白い色。
あの人は、幾多もの血を被っている癖に。
闇夜を好む癖に。
どうしてああも、穢れないのか。
それは寧ろ。そう、寧ろ、天然であり
それでいて、何故か、神妙な。
あの人が人である事を忘れる様な、穢れなき白。
無力な様で。頼り無き様で。
それでいて絶対の清浄を誇るその白は、穢れた私に眩しい。
目が痛い程に。
心が痛い程に。
あの人は清浄だ。
命の業も。
血の重さも。
全て無に帰す白。
あの白さに、私は憧れた。
血で汚れるではないか。
泥で汚れるではないか。
ある人々は、こう言う。
色気も飾りもありはせぬ。
綺麗な染物でも、着たらどうか。
ある人々は、こう言う。
だが。けれど。
いくら美しい反物であろうと。
いくら華やかなべべであろうと。
あの人の絶対の清浄に勝る物はありはしない。
あの人の持つ清浄は、唯一の白。
無であり、脆くもあり、それでいて絶対を持つその白。
だから私は、それに憧れて。
あの人の纏う物と良く似た、白を纏う。
十字傷。
最初で最後の、あの人からの贈り物。
決して消えぬ、贈り物。
私はコレを、愛しく想う。
15になった、その夜に。
望んで組み敷かれた私は、あの人に、強く。
願った。願った。
殺して欲しい。
別れの予感を。悲しい予感を。
まだ幼い心臓に感じて。
殺して欲しい。
あの人と別れねばならぬのなら。
生きている意味なぞ皆無であるのに。
あの人の持つ刀。
それは、私が6つの時に見た、闇夜に光る白い刀。
血に濡れていた刀は、ギトリとして美しく。
それが私の心の臓を貫くのを、期待に近く待っていた。
初めて貫かれる感触。
引き裂く痛み。
そして。喜び。悦び。
あの人を感じる悦び。
けれど忘れぬ。
あの人の顔。
辛そうな。悲しそうな。
初めて見た、あの人の顔。
幼い私はわからなかった。
あの人がどんな思いで私を貫いたのか。
あの人がどんな思いで私に刀を取ったのか。
殺さぬと。殺さぬと。
絞る声でそう言ったあの人。
ならばと、若き私は言った。
酷く傷付けて欲しいと。
傷付けて。酷く。心が血塗れになるくらいに。
そうして私に刻んで欲しかった。
どうせ離れるのなら。別れねばならぬのなら。
嫌いになれるくらいに。憎めるくらいに。決して忘れられぬ様に。
酷く酷く。惨く。残酷に。
あの人の証として。
夜の色。
血の臭い。
破瓜の痛み。
貫く男の欲。
けれど、それは優しく。
ただ、雨音に濡れた刀の白さは、無情。
辛そうな顔で私に傷を刻み込んだあの人。
私は泣いて。慟哭して。
なのに喉は笑いに震え。
あの人を忘れぬ様に刻まれた十字傷は、何より優しく酷な贈り物。
だから私は、この十字傷を撫ぜる。
あの人の証だから。
『では』
『何故』
『貴女は泣いているの?』
それは
これだけあの人の証が私にあるのに
あの人だけが、いないから。
END.
我がサイトでは十字傷は師匠によってつけられた設定。
エロス。頭の中で構想はあるがエロス。
更に仏滅も真っ青な暗いにブルーブルーである。
とどのつまり、剣さんは師匠にベタ惚れと言う事で1つ。