明日、全てが終わる。


・・・明日が、最後の時間。







輝が夜空を見上げる。

広い神谷道場の庭から覗く黒い空には、美しい月が浮かんでいた。

散らばる星々も満月も、こんなに明るく彼女を照らすのに。


暗く沈んだ心は、一筋の光さえも差し込まない。


冷たい夜風の方が、余程、心に染み込んだ。



明日、真田との決戦が待ち受けている。

それが己の役目の最後なのだろうと、輝は眼を瞑った。

決着がつけば、自分が此処にいる理由もなくなる。

真田と対峙する事で、自分はきっと完全に記憶を取り戻すのだろう。



そうしたら、自分は。



輝の脳裏に、1人の影が浮かぶ。


左頬に傷を負った、優しく、強い人。






「輝殿?」
「!」






思い描いたその人の声が、夜風の様に凛として耳に届く。

輝の肩が跳ね上がり、それから、ゆっくりと背後を振り向いた。


月光に良く似た穏やかな瞳を持つ、十字傷の、彼。


「・・・緋村さん」
「やはり、輝殿で御座ったか。この様な夜分に、冷えるで御座るよ。
 これから、大事を控えた身なのだから、身体をいたわらねば」
「・・・はい」
「・・・」


俯きながら答える輝に、剣心は真摯な顔で近寄る。

そして、彼女の顔を間近で見つめながら、おもむろに問い掛けた。


「・・・怖いので御座るか、輝殿」


剣心の問いに、輝は眼を瞑る。

言葉でこそ答えはしなかったが、その沈んだ貌が、何よりも物語っていた。


『怖い』と。


全てが終わるその時。

そこに待ち受けている何か。

決戦が訪れる。その後に平和が訪れる。


その平和の後に自らに訪れるのは、別れ。


自分を仲間だと言ってくれた大切な皆との。

・・・目の前にいる、この優しい人との。


無言を通す輝に、剣心は少しだけ眼を伏せ、彼女の肩に手を置いた。


小さく細い肩。

腕だって身体だって、彼女は小さく細い。

この華奢で儚げな身体で1人、全て、重い物を背負っている。


憂いのある蒼の瞳は、その背にある辛い重さを、如実に物語っているから。


その瞳が閉ざされている今、どれ程悲痛な輝きを宿しているのか。

剣心の心に、チクリと嫌な痛みが走った。


「大丈夫。そなたには、拙者がついている。
 何も心配せず、輝殿の信じた道を走り、突き進めば良い。
 この戦いは、そなたにしか決着のつけられぬ戦い。
 ・・・拙者は、そなたの背中を、ずっと見守っているで御座る。
 どんな結末を迎えようとも・・・ずっと」


剣心の言葉に、輝がようやく瞳を開く。

胸を締め付けられるような哀しい瞳は、どこか幼き日の自分と似ている。

剣心は、脅える輝を安堵させるよう、何度か肩に置いた手を、慰める様にポンポンと動かした。


「・・・まだ、怖いで御座るか?」
「・・・いいえ」


ぎこちない微笑で答える輝に、どうしても苦しさが拭えない。

まだ14・5の少女は、年相応に騒ぐ事も、笑う事も、泣く事さえ出来ない。

消えた記憶に苦悩し、魂を引き裂く様な悲痛を経験し、心をすり減らし、苦痛を身に受け戦い。


それでも、全てを自分独りで背負い込もうとする彼女を、どうして救えないのだろうか。


そう、苦しくなる。

苦しくて、息が出来なくなりそうな程。


「・・・緋村さん?」


険しい顔で黙り込んだ剣心に、今度は輝が問い掛ける。

すぐにハッと意識を輝に戻したが、それでも彼女は不安げな視線を外さない。


「・・・輝殿」
「はい」


この少女は、笑えない。


そう、あの時も。


「覚えているで御座るかな」
「はい?」
「横浜で、2人きりで、縁日へ繰り出した日の事」
「・・・覚えています」


輝が答える。

覚えている、一瞬の記憶も色褪せぬままに、心に刻まれた鮮やかな思い出。

掠れた景色しかなかった乾いた心に、花の如く鮮明に残る、楽しかった思い出。

それなのに、上手に笑えなかった、あの日。


「あの時は、楽しかったで御座るな」
「はい、とても」
「あの冷やし飴も、随分うまかった」
「また、食べたいですね」
「ああ、拙者もそう思う」


軽くなった会話に、剣心が微笑みながら、輝へ言葉を紡ぐ。

輝も彼の言葉を、1つ1つ、心に染みこませる様に聞き入った。


「あの時渡した髪飾り・・・覚えているで御座るか?」
「勿論です。・・・大切に、持ってます」


縁日の日、彼が渡してくれた髪飾り。

装飾も豪華とは言えないけれど、輝にとって、何よりの宝物だった。

あの日の思い出を残す、宝物。


「あの日から結局、2人きりで過ごせるような時間は、無かったで御座るな」
「そうですね」
「だから、輝殿」


剣心が、真剣な眼で彼女を見つめる。


輝の肩へ置いていた手で、彼女の傷だらけの白い手を握りながら。




「戦いが終わったら、また一緒に出かけよう。・・・そなたの髪に、あの髪飾りを挿して」




輝の眼が、見開かれる。

いっぱいに開いた大きな瞳には、彼の、心まで射抜かれる様な真摯な眼が映り込んで。


「だから、明日、全てを終わらせよう。一緒に」


決戦を終わらせ、平和を取り戻して。


その後に待つのが、別れではないと言うのなら。


全て終わっても、自分がここにいても良いと言うのなら。



彼とまだ、一緒にいられると言うのなら。



「・・・はい」



何も、怖くはない。



ようやく明るくなった輝の顔に、剣心がほっと安堵の溜息を吐く。

「・・・良かった、ようやく、笑ってくれた」
「え・・・」
「明日が終われば、きっともっと、笑えるようになる。
 ・・・拙者はそれを、楽しみにしているで御座るよ」
「・・・はい」


頷いた輝に、剣心も頷く。


「さぁ、では、中に入ろう。少々夜風に当たりすぎた、明日に備え、休もう」


剣心が、握った手をそのままに、彼女を道場へ誘う。


輝も、その彼の手を、そっと、少しだけ、握り返した。





最終決戦の前夜。


全てが終わる、最後の夜。


そして、新たな始まりを告げた、最初の夜。





























END.


多分一番好きなゲームにして一番やったゲーム。
聖君も輝ちゃんも甲乙つけがたい程に激ラブです。聖君は女の子でも良い。(!?)
輝ちゃんなら剣心、聖君(もしくは聖ちゃん)なら男全員にクルクルされちゃえば良い。
2人とも好きなんです。本当です。