天海の様子がおかしい日だった。









『渡せなかった、君への』









様子がおかしい。

と言っても、具合が悪そうな気配は無い。

ただ、普段落ち着き払っている彼女にしてはやけに、そわそわとした様子で。



どうにも気になった蒼鬼は、意を決して訊ねた。



「なぁ天海。どうしたんだよ、何かあんのか?」
「ん?・・・あぁ、少し、探し物をな」
「探し物ぉ?」

珍しい言葉に、蒼鬼は訝しげな声を上げる。

「何だよ、どんなモンだ?」
「あぁ・・・髪飾りだ」
「髪飾り?」

意外な探し物である。

案の定蒼鬼は首を傾げ、天海の髪を見遣った。

「アンタ、髪飾りなんかつけてたか?」
「いや、私が使う物ではない」
「ふーん・・・じゃあ、何だよ、阿倫への土産か?」
「違う。・・・まぁ、私にとっての、一種の護符の様な物だ」
「護符?・・・髪飾りが?」
「ああ」


いまいち要領を得ない天海の話し。

だが、大切な物なのは確からしく。

無くして困っているのも、また事実の様だ。


そうか・・・と納得した後、蒼鬼は笑いながら提案した。


「なんだ、そう言う事なら、そう言えよ。
 探しに行こうぜ、その髪飾りとやら」
「ん?・・・お前もか?・・・止めておけ、行って楽しい場所でも無い」
「・・・何だよ、不満か?」
「いいや。そうではないが・・・良いのか?時間が掛かるかも知れんぞ」
「平気だろ。ここに幻魔は来ねぇしな」

と、少し離れた場所で寛ぐ仲間達を見る。

それもそうかと、天海は無表情のまま納得した。

「わかった。・・・では、頼めるか」
「ああ、勿論。・・・で、何処で無くしたかわかってんのか?」
「それはわかっている」
「なら話は早い。早速行こうぜ」


蒼鬼が明るく言ってみせる。

だが、天海の表情は、いまだ優れなかった。















「・・・・で、ここ何処よ」
「知らん」
「・・・・本気?」
「ああ」



ヒュゥ・・・。

と、ヤケに冷たい風が吹き抜ける、山。

いや、山と言うよりも、只管木々が鬱蒼と生い茂る、森。


異様なこの空気に、蒼鬼は冷や汗を掻いた。


「・・・な、何でここに来たんだよ・・・」
「・・・・・気分転換だ」
「・・・・・犯すぞ」
「遠慮しておく」

ケロリと抜かす天海に、蒼鬼は恨みがましく睨む。

しかし自ら手伝うと言ってしまった以上、後戻りする訳にも行かない。

はぁ・・・と深い溜息を吐いてから、何気無く天海の腕を取った。

「?」
「行こうぜ。パーッと行って、パーッと見つけて、帰る」
「ああ・・・そうだな」

腕を取られた意味はわからなかったが、素直にそう返す。



そのまま、冷たい気配の漂う山中へと、足を踏み入れた。







山の中は、冷たい。

いや、今日は、寒く等は無い。

寧ろ暑く、風が吹けば心地好いと感じる程の陽気だ。



しかし、寒い。



この寒さは、気温の所為ではないと、蒼鬼もとっくに気付いていた。



その理由がわかっていたからこそ、天海の腕を取ったのだ。



流石に鬼と呼ばれる彼でも、恐怖を感じるらしい。






石ころの様に無数に転がる、死体には。






「・・・なぁ、天海」
「何だ」
「・・・・・本ッ当に、気分転換にここ来たのか?1人で?」


彼女の腕を、少々強めに掴みながら、問う。

顔が蒼褪めて見えるのは、気のせいでは無いと、天海も知っている。

だが別段気を使う様子も無く、機械的に答えた。


「・・・・・・・本当は」
「あ?」
「・・・呼ばれた気がした」
「・・・・・呼ばれた・・・・・?」


天海のその言葉に、蒼鬼は思い出す。

彼女は死者の魂と心を通わす事が出来るのだと。

だから、ここで、志半ばに朽ち、未練を残した者の叫びが聴こえたのかも知れない。


天海から具体的な答えを聞く事無く、蒼鬼は1人、考えを纏めた。


「成る程な・・・だから、ここに来たのか」
「ああ。・・・どうやら、勘違いだった様だが」
「ふーん。・・・まぁ、無理もねぇな。こんだけ死体がありゃあよ・・・」


チラリ。と、周囲を見る。


右を見ても、左を見ても、前を見ても。


何処も彼処も、死体の山だ。


完全に白骨化している物。

腐乱している物。

内臓が派手に飛び出ている物。

まだ、日の経っていない物。


それら全てから、禍々しく、悲しい叫びが聞こえて来そうでならない。



いいや、天海には、実際に聞こえているのだろう。



だが、彼女は眉1つ動かさず、偶に死体を見ては、無言で眼を閉じていた。



それが酷く美しく、少しばかり、見惚れた。



「蒼鬼」
「な。何だよ」
「私の顔に、何かついているか」
「・・・・別に、何でもねぇよ」
「・・・だから来るなと言ったのだ」

どうやら、蒼鬼が死体に恐怖した為、助けを求めて来たと勘違いしたらしい。

呆れた様に言われ、蒼鬼は少々ムッとした表情を作る。

「何だそれ。別に怖いからアンタを見たんじゃねぇよ」
「そうか?」
「そうだよ。ただ・・・・」
「ただ?」
「・・・・・た、ただ、アンタを呼んだ奴は、ここにいなかったんだなって、思ったんだよ」

それは嘘だと、すぐにわかった。

だが、特に突っ込んで聞く事でも無いと、その嘘に話を合わせる事にした。

「いなかった。・・・あの人は」
「あの人ぉ?・・・そいつの声が、聞こえた様に思ったのか?」
「ああ。だが、勘違いだった。それが嬉しい様な気もするし、残念だった気もする」


逢いたかったのだろうか。

そう、考える。

天海の言葉からも、大事な人なのだろうと、容易に想像がついた。



彼女がそこまで気に掛ける相手とは、やはり男だろうか。



思ったと同時に、ざわりと胸の奥が騒いだ。


「蒼鬼、どうした。気が荒立っているぞ」
「別に。・・・ホラ、とっとと髪飾り探して、帰ろうぜ」
「ああ・・・もう少し進んだ辺りまでしか行っていないからな、その辺りだと思う」
「そうか・・・」



漸く探し物が見つかるだろうと言うのに。


そうすれば、すぐに此処から出られると言うのに。



蒼鬼は、少々晴れない気分だった。











「あった」




本当に少しだけ進んだ所。


髪飾りは呆気なく見つかった。


少しくすんだ色の、髪飾り。



「良かったな」
「ああ・・・ありがとう、蒼鬼」
「何だよ、俺は何もしてねぇって」

天海は、懐かしむ様に、その髪飾りを見つめる。

どうにもそれが気になり、それとなく聞いてみた。

「それにしてもよぉ、大事なんだな、その髪飾り」
「ああ。・・・コレは、無くしてはならない物だから」
「ふーん・・・」
「あの人が、欲しいと言っていた、髪飾りだ」
「・・・あのさぁ、アンタ、やたらと『あの人』って言うよなぁ・・・」

具体的な名前を出された所で、勿論誰かはわからない。

けれどそう濁されても、一層気になるのは、事実。

「さっきからあの人あの人っつってるしよぉ」
「?あぁ・・・この髪飾りを欲しいと言った人か?」
「その人もそうだし、さっきから声が聞こえるって言った男もよぉ」
「男?」


蒼鬼の言葉に、天海はキョトンとする。

そして、すぐに蒼鬼の勘違いに気付き、静かに訂正して言った。


「この髪飾りを欲した人と、声が聞こえた人とは、同じ人物だぞ」
「へ?あ、そうなの?・・・・って事は・・・・女?ソイツ」
「ああ」
「な、なんだ・・・」

てっきり、男の事かと思っていた。

何だ。そうか。あまりに大切そうだったから・・・と、笑って言った。

「だってよぉ、まるで惚れた奴に言うみてーだったからさ」
「・・・・そうか・・・・そうかもな」
「?ま、それぐらい、アンタにとって、その女は信頼出来る奴だったんだろう?」
「・・・ああ」


少し答えに詰まった天海に首を傾げつつ、そこは触れないでおいた。

何か、聞かれたくない過去も、あるだろう。

長く生きた彼女なら、尚更。

そう考え、蒼鬼は努めて明るく声を掛ける。


「ホラ、ここまでに女の死体なんか無かったしよ。大丈夫だろ」
「・・・ああ・・・・・・良く考えれば、彼女がこんな所に、いる訳がない・・・」
「そうだろうなぁ、女が好んで来る場所じゃねぇよ」
「・・・・・・・そう、だな」


歯切れが悪い。

それ程に、絆の深い女性なのだろうかと、蒼鬼は少し興味が沸く。

いずれ、機会があったなら、一度話を聞きたい物だと、心で思ってみた。


「さ、行こうぜ天海。アイツ等も待ってるだろうし」
「ああ。・・・行こう」



蒼鬼が先を行く。



天海は足を進めず、もう一度だけ、手の中にある髪飾りを見た。






あの時、君はこの髪飾りを見ていた。





コレを手に入れたのは、あの後だったのだと。


君が目の前で斃れた、あの後だったのだと。





天海は、哀しい顔で、笑う。





「これは贈り物だ・・・・・」





渡せなかった、君への。







「おーい天海!何してんだ、早く来いよ!!」







蒼鬼の声に、天海は短く頷き、足を踏み出す。










カエデの装飾が施された髪飾りを、大事そうに握り締めて。
























END.


えーっと、左馬介×かえで前提の蒼鬼×天海(♀)。
何とも複雑怪奇の摩天楼な設定で御座います。
かえでさんの最期を思うと、何ともやるせない気持ちになって・・・。
こんなのを書いてしまいました。(爽)