じぃ・・・っと、彼女は俺を見つめる。

こうして彼女が俺を無言で見つめる時は、大抵決まっている。



大抵が、何か”お願い”がある時だ。



大きな空色の瞳が、上目遣いにじっと見詰めてくる。

息が詰まりそうな程の無言のお願い攻撃に、ふいと視線を逸らした。

頬が赤くなっているのは、彼女には既に気付かれているだろう。


「・・・なんだ?」


コチラから聞くまで、彼女は無言の視線をやめない。

仕方なく、いつも通り、ぶっきら棒な風を装って。

鼻先が触れてしまうのではと言う程至近距離から覗いて来る彼女に聞いてやる。

すると彼女は数瞬躊躇った後、至極言い辛そうに、小さい唇で零した。




「・・・名前で、呼んでも良い?」




沈黙。

思わず逸らしていた視線を彼女に戻し、ポカンと眼を丸くする。

彼女の澄んだ瞳に映った俺の顔は、それはそれは間抜けだった。

しかし彼女は、そんな俺にもお構い無しに、再びじっと見詰めながら、同じ事を聞いて来る。


「・・・名前。・・・呼んじゃダメ?」


今度は小首も傾げて来た彼女に、やっとの思いで固まっていた口を動かす。

「・・・突然、何だ」

取り合えず、それだ。

確かに特別良い雰囲気でもなかったが、唐突にこんな事を聞かれては、こうも言いたくなる。
理由を聞いた所で、何もおかしくはない。
だが彼女は不貞腐れた様に眉を顰めると、愛らしい顔を少し引いてから答えた。



「・・・だって、恋人なのに・・・名前で呼ばれた事も、呼んだ事もないんだもん」



俺は彼女を”佐伯”と、苗字で呼ぶ。

彼女は大学時代の名残で、俺を”松浦君”と、苗字に君をつけて呼ぶ。

・・・本多の奴は呼び捨てで呼んでいる上、名前で呼ばれてもいる癖に・・・。

とも思うが、彼女曰く『それは本多が友達だから』だと言うから、文句は言えない。


・・・そして、その呼び名は、仕事の場になると互いに苗字に”さん”付けに変わる。


お互い取引先であるし、見事に担当者同士と言う、気まずいと言えば気まずい関係にある。

仕事とプライベートを分ける為、会社などでは徹底してさん付けにしているのだが・・・

・・・確かに、2人きりの時の呼び方は、学生時代の時のままだ。


「・・・そう、だったな」


それはわかった。

だが、何故今、突然言い出したんだ。

・・・そう思うが、彼女の思考が時々突拍子もない方向へ向かうのは、いつもの事だ。

理由を聞いてみても、どうせ少し迷った後に、”なんとなく”と返って来るに決まっている。

そう諦めて、ふぅと少し息を零した。


すると、彼女が眉をハの字に下げて、また、じっと見詰めてくる。


「・・・ダメ?」


・・・可愛い彼女に、そんな顔で見つめられて、そんな声で不安げに問われて。

ダメだ。と言える男がいるなら、俺は会ってみたい。



「・・・別に、ダメじゃない」
「ホント!?」



照れ臭さを無感情な声に隠し、視線を外して、一言答えてやる。

すると、コチラに飛びつかんばかりに彼女が喜んだので、思わず抱き着かれるかと構えてしまった。

・・・しかし、そんな俺の準備も知らず、彼女は嬉しそうにニコニコしているだけだった。

・・・なんだか肩透かしも良い所だ。期待して損した。

「じゃあ、じゃあ・・・今、呼んでみて良い?」
「あ、ああ・・・別に、構わない」

瞳をキラキラさせながら俺に確認をとる彼女に、1つ頷いて答える。


すると、何度か緊張した様に深呼吸してから、そっと、俺の耳元へ桜色の唇を寄せた。





「・・・ひろあき・・・」





カァッと、全身の血液の温度が上がった様な気がした。


名前で呼んで良いとは、言った。

けれどそれは、普通に、面と向かい合い、『宏明』とハッキリ呼ばれる事を想定していた訳で・・・。

こんな風に耳元で、甘い声で囁かれたら、男がどう思うか・・・彼女はわかっているのだろうか。


「?・・・宏明、どうしたの?」


・・・わかってないな、確実に。

コレだから天然は困る。俺がどれだけ普段苦労しているか、少しはわかって欲しい。いいや、わからせてやらねば。


そう、今度は自分から彼女の耳元へ口を寄せ、気恥ずかしいのを堪えて、言ってやる。




「・・・・・・克穂」




途端、彼女の細い体がビクンッ!と飛び跳ねる。

耳元から顔を離し、今度はコチラが彼女の顔を間近で覗きこんでやった。

「わ、わ、わ・・・」

見事に、顔を真っ赤に。
それこそ、彼女が好きだと言う柘榴の様に、真っ赤にして。
慌てて俺から視線を外す様に、思わず噴出してしまった。

「・・・からかったでしょ」
「お返しだ」

一頻り慌てた後、真っ赤な頬を膨らませて俺を可愛く睨みつけて来る。
それに笑ってやれば、彼女もまた、楽しそうに肩を揺らして笑い返してきた。




「・・・?」




また、じぃ・・・っと、彼女は俺を見つめる。

こうして彼女が俺を無言で見つめる時は、大抵決まっている。



大抵が、何か”お願い”がある時だ。



赤らんだ顔で、上目遣いに、潤んだ空色の瞳で。



今度ばかりは、言葉で問わずとも、彼女の”お願い”を悟り、コホンと1つ咳払い。






「・・・眼くらい、閉じろ」

























END.


松ノマ・・・いや、ここでは松克が正しいか。
好きです。ベスト3に入るくらい好きです、このカプ。(1.克克、2.R克、3.松克)
Rではこのカプのエンディング(駆け落ちエンド)があると信じてたのに・・・!
クールデレの松浦さんと天然克穂さんの初々しいじれったい関係が良い。
やっぱりマイナーなんだろうか、私がハマってるんだからマイナーだよね。(わかりやすい!)

それにしても、克克前提じゃない(克哉さんがいない)って、違和感・・・!