目の前にいるのは、侮蔑に満ちた眼を向けるMGNの部長、御堂さん。

頭を下げるのは、特に会話をした事も無い、自分。

こんな状況を作った元凶は、今この場にいない、自分の兄。







Rental-1-







「お願いします・・・!」



何故、私が頭を下げているのか。

事の発端は少々前。
本当に、数分前の事である。


恐らく目の前の人物が機嫌を損ねているには、あの時の事が少なからず関係していると思うから。

私も居合わせていた、あの時の事が脳裏を鋭く過ぎり、心が嫌な予感に乾くのを感じながら。

私はただ、縋る思いで御堂さんに頭を下げていた。



まず、最初からして、いけなかったのだ。


MGNから今度送り出される新商品の担当を買って出た、その時から。
・・・いや、そこにいたのが、私と本多だけだったのなら、問題は無かっただろう。
確かに十中八九、仕事を任せては貰えなかっただろうけど・・・でも、それでも。

そこに兄が、克哉がいたのが、不味かった。

何でも出来る兄。仕事の恐ろしく出来る兄。
口も達者なら、態度も宛ら威風堂々。
自信に満ちた整い切った美貌を悪辣な笑みに歪めた、兄が。

辛辣に、温度の篭らない声色で無碍に私達を切り捨てた御堂さん。
そんな彼を、更に上を行く鋭い言葉で言い包め仕事を毟り取ったのは、他でもない、克哉だ。

口巧者な彼は洞察力も鋭く、他者の1つの隙すら見落とさない。
見つけた綻びを次々に抉じ開け、土足で蹂躙し、そこから急激なスピードで傷口を広める。
人をからかい、相手が屈辱に打ちひしがれる姿が大好きな克哉の、良くやる癖。

・・・でもそれを、仕事中に、しかもこのMGN部長相手にやらなくても良いじゃないか。

唖然とする本多。
そして狼狽する私を尻目に、口元に歪めた笑みを湛えたままだった克哉。
生真面目で正論を通そうとした姿勢の御堂さんには、どう考えても不利であった様に思う。
常に型に嵌り、ルールに乗っ取った上での正義が、無法である悪に、どう足掻いたら勝てるだろう。
案の定口の巧い、そして勘定高く抜け目の無い性格の克哉に、軍配はアッサリ上がった。


そうだ。まずそれがいけなかった。
・・・と言うか、それ以外に、此処まで関係を悪化させる様な出来事は記憶していない。


・・・以前一度、克哉が御堂さんに会い、ワインをご馳走になったと言っていたけれど・・・

恐らくそれだって、好意ではない筈。

克哉が巧く、言い包めたに違いない。

もしかしたらそこでも、溝を深める様な事をしでかしたのかも知れないし。


更に最初のミーティングの時だって、それこそ小馬鹿にした様な笑みを浮かべ、御堂さんの言動1つ1つに
逐一嫌味を添えた提言を投げ付けていたのだから、もうどうしようもない。
対して御堂さんからの嫌味には眉1つ動かさないと言う所も、また、性質が悪い。
思わずその時は克哉の腕を掴み制止に掛かってしまったが、克哉はフンと一瞥をくれ、笑うだけだった。
御堂さんからの視線がとても痛かったのも、記憶に新しい。


このプロジェクトが失敗したら8課全員がクビ。


そんな背水の陣とも呼べる様な状況を作った張本人だと言うのに。
その堂々たる振る舞いは何なのか、どうして状況を悪化させる様な事ばかりするのか。
御堂さんを挑発し、わざわざ最悪な印象を植え付けて、その現状に満足気に笑う。
スリルが好きな彼は、私達8課全員を巻き込み、今のこの最悪な状況を楽しんでいるのだ。



そのツケを回されるのは、勿論、私達。

・・・主に、今、私に回って来ている。



今朝のミーティング。

克哉は顧客関連でどうしても来る事が出来ず、いつものメンバーから彼だけを引いての参加となった、今日。

私達の売り上げ報告に目を通した御堂さんの口から、信じられない言葉を聞いた。




『売り上げ目標を伸ばす』




その言葉と共に提示されたそれは、どう考えても達成出来る様な数字ではなかった。

いや、今回の数字だって、克哉がいてくれたから出せた様な物。

ほとんどが克哉の成績と言っても良い。

・・・それを、今度は・・・?

私達一人一人が、克哉と同じ、いや、それ以上の成果を上げなければならない。


・・・出来ているなら、とっくにやっている。


食って掛かる本多や、顔面蒼白の私と片桐さんを冷たい眼で見て、満足そうに笑った御堂さん。


・・・わざと。わざとなのだ。


出来る訳が無いと踏んでの、この数字。
彼が、いかに私達を快く思っていないかが、如実に現れていた。
報復であろうか。自分を侮辱した8課に・・・いや、克哉に。
恐らく克哉にもこの数字を叩き付けてやりたかったであろう御堂さんは、氷の様な笑みを浮かべ、会議室を後にした。

憤る本多。
焦る片桐さん。

そんな中、私はただ1人、まとまらない思考の中、考えていた。



(コレは、克哉の所為なんだ・・・ううん、克哉と・・・克哉を止めなかった、私の所為なんだ・・・)



あの時、無理にでも克哉を止めていれば。

止めるまではいかなくとも、物事を穏便に、円滑に進められるよう、立ち回っていれば。

それが出来るのは自分だけだった筈なのに、自分は怖気づいて、それをしなかった。




(・・・今度は、私が、なんとかしなくちゃ・・・)




今この場に克哉はいない。

いや、いて貰っては困る。

彼の事、また最初の時の様に、彼を侮辱し、挑発するだろう。
とても穏やかに解決出来る人選ではない。

ならば、ここは、自分がなんとかするしかない。


ちゃんと、ちゃんと向き合って、話して、お願いすれば・・・御堂さんだって。


少し、静かに呼吸を整え、まだ熱く怒りに燃える本多と、蒼い顔の片桐さんに向き直り、口を開く。



「片桐さん、本多。私・・・今から、御堂さんと・・・話をしてきます」









そう言う訳で、今、私は御堂さんと対峙している。

御堂さんは冷たい眼差しで、頭を下げる私を射抜いたまま、動かない。


隠しもしない激しい侮蔑と、頭を下げる私への嘲り。

それらが躊躇いなしに、私の心を深く抉る。


「・・・君は確か、あの男の妹だったか」
「え・・・」


唐突に御堂さんが言う。

あの男。とは、克哉の事なのだろう。
彼にとって最悪の仕事のパートナーである、克哉。

どうしてその事実を知っているのかを疑問にも思ったが、今はそれを問う場合ではない。

ただ御堂さんからの言葉に、意図を飲み込めぬまま頷くしかなかった。

「は・・・い、佐伯克哉の、妹の・・・佐伯、克穂、です」
「名は知っている。・・・今回は、兄の働いた無礼の尻拭いか?」
「・・・・そう言う、訳じゃ」
「他者への敬意を知らない不躾な男と、何もせぬ内に売り上げ目標を下げろと縋る女・・・
 どうやら君達は、似通わなくても良い様な部分だけが似ている様だ」

酷く低い位の人間だと、言いたいのだろう。
無様、惨め、ありったけの軽蔑を視線と共に投げ付けられる。
一抹の怒りと悔しさを覚えない訳ではないが、今はそれどころではない。


8課全員の首が掛かっているのだ。
自分が我慢しなければ、全員に、仲間達みんなに、迷惑が掛かる。


何とか唇を噛み締め、もう一度、御堂さんに縋りつく。



「お願いです・・・!!私に出来る事なら・・・なんでも、しますから・・・!!」



私が泣き入りそうな声で零すと、御堂さんは少し思案した後、口角を吊り上げた。

時折克哉が見せるような、底冷えする様な冷淡な笑み。

その表情を、頭を下げていて見えない筈の私は、場の空気の変化で感じ取った。


「・・・なんでも・・・か?」
「は、はい!」


御堂さんからの思いも寄らぬ返答に、私は勢い良く顔を上げる。
もしかしたら、もしかしたら御堂さんは、考えてくれたのかも知れない。

売り上げ目標を下げる、交換条件を。

私に出来る事なら、なんだってやる。
こんな無茶苦茶な設定を、無かった事にしてくれるのなら・・・


そう一筋の希望を見出し、御堂さんの次の言葉を待つ。


何時間にも感じられた、その沈黙。


それは、御堂さんの意外な言葉で破られた。





「ならば、接待してもらおうか」





思わず、キョトンと御堂さんを見遣る。

・・・接待?

・・・・接待って・・・・あの?


「・・・接待・・・です、か?」
「ああ、だが君の用意する宴席には興味が無い」


ストレートに言われ、では何だと思案に暮れる。

酒の席ではないのなら・・・一体、何の接待だろう。

ゴルフ?それとも、此間克哉が言っていた様に・・・ワイン関連とかだろうか。

・・・いや、今酒の席には興味が無いと切り捨てられたばかりなのだ、恐らく違うだろう。


・・・・・・それじゃあ、一体?


御堂さんを間の抜けた顔で見詰めるだけの私に呆れ返ったのか、御堂さんは不快そうに眉を潜める。

それに、機嫌を損ねてしまったと慌てて再び思考を巡らせる私の顎を、御堂さんの長い指が乱暴に掬った。


「!?」
「ああ、そうか、低脳な君は、婉曲な表現では要領を得られないと言う訳か」


コレは失礼。と、蔑む様な笑みを向けられ、悔しさに俯きたくなる。
だがそれは、御堂さんの指に邪魔されて叶わなかった。


そんな私の様子を鼻で笑うと、御堂さんはやおら私に顔を近づける。


そのまま私の耳元まで唇を寄せると、一言、私の心を握り潰す様な言葉を流し込んできた。






「セックスの相手をして貰おう・・・と、言っているんだ」






思考が停止した。

セックス?セックスって・・・セックス、だよね・・・?

御堂さんの口から、そんな単語が出るとは思わなかった。

しかも、この場で。仕事の話をする為に訪れた、此処で。


異常事態に、頭が真っ白になる。

何を言ったら良いかわからない。何をしたら良いのかわからない。何を考えたら良いのかわからない。

ただただゆっくり、身動き1つ取らぬままに、今言われた言葉をゆっくり咀嚼する。



私が、御堂さんの、セックスの、相手を、する?



そんな、そんな、そんな事・・・あって良い筈が無い・・・。



「せ・・・っく、す・・・?」
「どうした、怖気づいたか?何でもすると言ったのは、君の方だ。
 自分の発言に責任も持てない様では・・・やはり、君達に仕事を任せたのは失敗だったな」


嘲りながら、私の顎をゆるりと撫ぜる。

それに、どうしようも無く、恐怖した。


「ほ・・・んき・・・なん、です、か・・・?そ、そんな・・・の・・・・」
「私に言わせれば、君達の要求の方が余程心外ではあるがな」


無茶な売り上げ設定。
この男との、セックス。

8課全員の首。
私の、身体。


天秤に掛けたら、どっちが重いかなんて、わかりきっている。


震えそうになる体と唇を懸命に抑え、漸く指が離れた顔をクタリと俯かせながら、蚊の鳴く様な声で零した。





「・・・・・・・・わかり、まし、た」





私の答えが予想外だったのか、御堂さんの眼が見開かれる。

しかしそれはすぐに細く眇められ、また、軽蔑した色を乗せて私を貫いた。

「ほぅ・・・」

残酷な形に唇が歪む。
私はただただ居た堪れなくて、手が白くなる程拳を握り締めながら、それに耐えた。

「そうか。・・・・ならば」

御堂さんが私から離れる。
その場からじっと動けない私を一瞥しながら、彼は何かを持って戻って来た。


それが、私に突きつけられる。


「・・・え・・・」


反射的に、あまりの事態で感覚を失いかけた手で受け取ったそれは・・・メモ。



走り書きの文字で書かれているのは、ホテルの名前と、時間。



「今夜だ。部屋は・・・君の名前で取っておこう」
「!」



唐突な、死刑宣告の様な言葉に、私の体はビクリと跳ね上がる。



・・・本気だ。

御堂さんは、本気、なんだ。



からかいでも、冗談でも無く、本気で・・・。



何処かでまだ否定していたそれを現実だと理解した瞬間、体が大きく震える。



ガクガクと、メモを両手で握ったまま震える私を、御堂さんはさも愉快と言う様に、じっくり眺めていた。



「・・・来るも来ないも、君次第だが・・・な」



御堂さんの声が、酷く、楽しそうに聞こえた。











会社に戻り、皆に報告する。

無茶苦茶な売り上げ設定の提示に殺気立っていた部内は、私の言葉に安堵を漏らし、気配を緩めた。


売り上げ設定は、元に戻してもらった。


その一言。

間違いは言ってない。本当の事だ。

・・・私が、御堂さんの元に、行ったらの話なんだろうけど。


・・・・でも、ここで皆を見捨てる訳にはいかない。

私が、やらないと。


言い知れぬ恐怖と不安を抱えた私の右ポケット。

あのメモが入ったポケットが、とても重く、じっとりとした冷たさを纏っている気がしてならない。

知らず嫌な汗が伝いそうになるのを感じながら、皆の歓喜に満ちた声をただ、聞き流していた。




「何をぼうっとしている」
「!・・・・かつ、や・・・・」




何処か遠くを見る様な気持ちでいたら、突然声を掛けられた。

・・・今部署に戻って来たのだろう、克哉。

喜ぶ皆の中、1人疲れた顔で立ち尽くす私を訝しく思ったのだろう。

呆れ交じりの声色で、私にそう問うてくれた。



その瞬間、私の中で張り詰めていた緊張と恐怖が、一気に崩壊した。



「っ・・・克哉!克哉っ・・・!!」
「!・・・なんだ、一体」



突然克哉の胸に飛び込み、泣きじゃくり始めた私を、克哉が解せないと言った顔で見る。

喜びに上がっていたみんなの声も収まり、私を不安げな表情で見つめて来た。

でも、止まらない。

克哉の顔を見て、声を聴いて。

それだけで、もうどうしようもなく、縋りたくなってしまった。


「お、おい、克穂、どうしたんだ!?大丈夫か!?」
「さ、佐伯さん・・・どうしましたか、御堂さんとのお話で・・・何かあったのでは・・・」


本多が声を荒げ、私を案じてくれる。
片桐さんが心配そうに、私を気遣ってくれる。

その状況で大方の事情を察知したのか、克哉はヤレヤレと溜め息を吐くと、咄嗟に言葉を紡いだ。


「フン・・・その様子じゃあ、よっぽど御堂部長にいびられた様だな」
「っ・・・ぅ・・・」
「わかった、話くらいなら聞いてやる、時間はあまり取れんがな。・・・課長、宜しいですか」


克哉が有無を言わせぬ声色で片桐さんに言う。

勿論片桐さんの事、克哉にそう言われ承諾しない訳もないし、何より私を気遣って、すぐに頷いてくれた。


「え、ええ・・・佐伯さん、あまり、無理をしないように・・・」
「・・・は、ぃ・・・」
「克穂、御堂の奴に何をされたんだ!場合によっちゃ、俺が今からあっちに乗り込んで・・・!!」


本多が怒鳴る。

けれどそれは最後まで聞く事が叶わなかった。


まだ本多が怒りに任せて叫ぶ最中に、克哉が私の肩を抱いて、部署を後にしてしまったから・・・。








「・・・で?面白い事になっているようだな」


人気の無い資料室まで私を連れ込むと、克哉は途端、悪辣な笑みを浮かべる。

事態の急激な動きに、甚く満足している様だった。

その様子に、怒りと悔しさが込み上げるも、口から出るのは情けない嗚咽に混じった反抗。


「だっ・・・れの、せい・・・だとっ・・・思っ、て・・・」
「何を言っている。俺がいなかったら、この仕事は勝ち取れなかったぞ?」
「だからって・・・・!!」


何を言っても無駄だ。
それがわかっているから、もうそれ以上の言葉は出ない。

ただもう、どうしようもなくて、感情が全て綯い交ぜになって、涙しか出て来ない。


必死に克哉の胸に縋り、震える。


「克哉っ・・・どうしよう、どうしようっ!!私、御堂さんと・・・御堂、さんと・・・!!」
「御堂さんと?」


この先は、言えなかった。

言ってしまったら、また事実を心に刻み付ける事になる。

それが恐かった。嫌だった。


押し黙り、また泣きじゃくる私の頭を、克哉が緩く撫ぜる。


それと同時に、身体にも腕が回され、キツク抱き締められた。




「っ・・・はなさ、ないで・・・克哉、お願い・・・私のこと、離さないで・・・!!」
「ああ、わかっている。お前は、俺の物だろう?手離す訳が無い」




克哉の言葉に、非常に残酷で愉しげな色が混ざっている事に、私は、気付かない振りをした。





















NEXT.


外道にも程がある御堂さんと、更にその上を行く外道の克哉さん。
実際やったら犯罪ですが、男に肉体接待要求するよりは健全だと思います。
この辺りはゲーム本編とほとんど変わりません。
恐らくまだまだゲーム沿いですが、隙あらば克克絡みが入ります。
克哉さんはこうなるとある程度の予想済み。さすが鬼畜!