雨が降ってきた。

冷たい雨。鋭い雨。

傷を負った身体を、心を、貫いていく様な。

それでも、何処か悲しげで、縋りつく様な。


まるで。

今私を求めている。

今、私を見つめている。


御堂さんの視線に、良く似ていた。







Rental-17-







「ふぁっ・・・んっ・・・」


突然御堂さんに手を取られ、タクシーで連れて来られたのは、高級そうなマンション。

そこが何処なのかは、御堂さんが難無く一室の鍵を開け放った事で推測がついた。


御堂さんと同じ香りのするこの部屋。

それでも私は、今だ玄関から動けず。

少し濡れてしまった身体を御堂さんの腕に閉じ込められ、息さえも出来ないまま。


「んっ・・・ふ、ぅっ・・・っ」
「っ・・・」


唇を強引に合わせられる。
舌を無理矢理絡ませられる。
響く唾液の音は、雨の音より鮮烈に鼓膜を弾いて。

いつもと変わらないその行為。
克哉じゃない人とするその行為。


それでもいつもと何処か違うのは、彼が私を強く抱き締めているからだろうか。


まるで縋るように。守るように。

愛しむように。求めるように。


彼の突然の行動に困惑しながらも、ロクな抵抗すら出来ないまま、御堂さんに全て任せる。


激しい口付けに思わず閉じていた眼を薄っすら開けば、御堂さんの鋭い瞳とぶつかる。



「っ・・・・・・」



胸が、痛かった。



「っ・・・は・・・み、ど・・・さ・・・っ、ん、ぅっ・・・」


傷ついているのだ、彼は。


克哉に事実を告げられて。

・・・いいや、それよりもずっと前から。





『俺とお前の関係を知った御堂の面・・・お前にも見せてやりたかったな』





傑作だったと、冷たい笑みを口元に浮かべて言った克哉。

私はそれに、何を覚えただろう。

恐怖?御堂さんに、他人に知られたと言う恐怖?
怒り?勝手に互いの秘密を告げた克哉への怒り?
もう今更隠さなくて良いと言う、解放感?

それと?

・・・安堵。

知ったのが、彼だと言う安堵。

御堂さんで良かったと言う安心。

彼ならば、もう隠す必要も無い。コレ以上嫌われようが無い。


だって私は、御堂さんに、既に軽蔑されているから。憎まれているから。


・・・それを思って、私は何を感じた?


・・・・・・悲しかった。





『・・・私は君を、認めている』





御堂さん、ごめんなさい。

貴方はずっと、傷ついていたんですね。

私を苦しめて、虐げて、辱めて。
そうしながら、貴方は自分を傷付けていたんですね。

貴方が以前から、私に垣間見せていたあの辛そうな表情は。
克哉の隣にいる時、貴方の下で乱れる時、貴方が見せた感情は。


『・・・私の名を、呼べ・・・!』


私を憎んでいた訳じゃなく。


『君に働いて来た愚行を・・・・・・後悔する様になった』


嫌悪していた訳じゃなく。


『・・・君との関係を断ち切られるのを、正直、私は恐怖した』


ただ、貴方は、私を・・・。


「ご、め・・・なさ・・・っ・・・みど、さ・・・っ」
「・・・謝るな」


口付けの合間に、息さえも苦しい中、御堂さんへ言葉を告げる。

申し訳なかった。
彼が何度も見せていたサイン。
私も、そんな余裕すらなかったとは言え、思い返せば、彼は何度もサインを出していた。

彼が私に抱いている感情を。
彼の、気持ちを、辛そうな視線に滲ませて。

それに気付けなかったのが。
気付くのが遅過ぎたのが。
そうして更に、私と克哉の関係を知らせる事で、彼を傷付けてしまったのが。


もう十分傷ついていた彼の心を、更に、取り返しのつかない程抉ってしまったのが。


「み、ど・・・」
「・・・謝らなくて良い」


そう言って、今度は優しい口付けを落としてくれる。
まるで恋人にする様なキスに、思わず眼を閉じてしまった。

克哉とは違う体温。
克哉とは違う匂い。
克哉とは違う感触。
克哉とは違う・・・キスの仕方。

それが嫌だった。どうしても嫌だった。

その癖して、今は。
御堂さんの本心を知った今は。


・・・突き放す事など、出来はしない。


「っ・・・ふ・・・ぅ・・っ・・・」


克哉は、ずっと見たかったんだろう。

御堂さんが傷つき、取り乱す様子を。

そして、ずっと前から、知っていた。

御堂さんが、私にどう言った感情を抱いているか。

それは、何度かヒントの様に、私に教えてきていたけど。


『なぁ、お前。御堂は少なからず、お前に執着している』


それを、彼は初めから知っていたのに。

敢えて御堂さんを煽り、挑発し、私を使って、御堂さんを躍らせた。

それは何の為か。

彼が傷つき、苦悩し、事実を知った際に絶望させる為に他ならなかったのだろう。


でも克哉は、私にずっと、御堂さんを溺れさせろと言っていた。
最終的には、その様が見たかったのかも知れない。

けれど、私は、御堂さんは、彼の思うとおりに動けず。動かず。



ああ、だからこそ、克哉は御堂さんに、こんなにも残酷な事をしたんじゃないか。

彼が私を想ってくれていると知っていて。

彼が私と関係を続けていく事に、罪悪と後悔を感じ、苦しんでいるとわかっていて。

わざと。そんな御堂さんの心を、更に傷付けた。



「・・・君が謝る事は、何もない」



御堂さんの声が、優しい。

そして、とても痛い。



「御堂さん・・・でも・・・」
「・・・私達は同じだ。互いに傷つけ、傷つき、同じ掌の上で踊らされていた・・・」
「・・・・・・」



低く、冷静な様で。

それでも優しい、悲しい、震える様な声は、とても普段の御堂さんからは掛け離れていて。



それと同時に、彼はこんなにも傷つきやすい人だったのだと、改めて教えられた。

冷徹で、傲慢で、実力主義の彼。

それも御堂さんの姿。

でも、繊細で、傷つきやすいのも、また彼なのだと。

そんな御堂さんを、私と克哉が傷付けてしまった事が、酷く申し訳ない。

全て克哉が仕組んだ事。
とは言え、私も、彼の感情に気付けず。気付こうとすらせず。
私が傷ついていた時、彼も同じ様に傷を負っていた。

・・・私も、彼を傷つけていた。


「・・・辛かっただろう」
「・・・・・・御堂さん、こそ」


御堂さんの、辛そうな表情を見ていられない。

あんなに気高く、凛としていた彼を、此処まで痛めつけてしまったのは、私達。


「・・・克穂君・・・私は・・・」
「・・・・・・はい」
「・・・もしも君に許されるのなら・・・君との時間を、これからも持ち続けていきたい」
「・・・・・・え?」


御堂さんの言葉に、眼を丸くする。

自分でも、笑ってしまいたくなる程、間の抜けた声が漏れた。


「・・・勿論、もう、あんな一方的な関係を君に望む気は無い。
 ・・・ただ・・・全てを無かった事に、などとも言わない。
 私が君に強いて来た行為は、罪は、消える事は無い。
 ・・・・・・けれど」


御堂さんの腕に力が篭る。

昨日克哉に付けられた傷が痛んだけれど、それに構っている場合ではない。


「今、この場から。・・・この瞬間から。
 ・・・新たに、君との付き合いをやり直したい。
 対等な立場で。互いに認め合う者同士として。
 ・・・・・・君と、時間を過ごしていきたい」
「・・・・・・」


まるで、プロポーズの様な言葉に、自然と嬉しさが込み上げて来る。

御堂さんが。

克哉に、私に、心を傷つけられて来た御堂さんが。

・・・私に、まだ、こう言ってくれているのが・・・嬉しかった。


「身勝手な話かも知れないが・・・」
「・・・いいえ。嬉しいです・・・」


滲み出る喜びを、そのまま微笑みで伝えると、御堂さんは少し驚いた様に眼を見開く。

でもその後すぐ、くすぐったそうな様子で眼を細め、優しい微笑を返してくれた。


・・・御堂さんの優しい微笑みを、初めて見た。

・・・・・・本当に綺麗で、繊細な人、なんだ。


改めて、思う。

そして、この人を傷つけたのは自分であるのだとも。


「・・・克穂君」
「はい」


突然、御堂さんが真面目な表情を浮かべる。

それにつられ、私も無意識に身を固くしながら、彼の言葉を待った。


「君とこれから、新たに関係を始める事を・・・彼は、君の兄は、快く思わないだろう」
「・・・・・・」


克哉は、御堂さんが私に想いを寄せながら、苦悩する様子が見たかった筈。

・・・でも、それと同時に、御堂さんの強い感情に、不快を表していた事もある。

だからこそ、今日の様な形で、御堂さんを嘲る様に私達の事を告げたんだろうけど・・・


それでも、対等な2人の関係を新たに築く事に、賛成的であるとは思えない。


「・・・またいつか彼は、私を、そして君を傷つける様な行いを働くかも知れない」
「・・・・・・御堂さん」


何も言えなかった。
だって、克哉はそう言う人だから。
誰かが傷つく事は、彼にとっては退屈しのぎの見世物でしかない。

私はそれで構わないけれど。


・・・もう、御堂さんは、十分傷ついた。

・・・・・・出来れば、もう、御堂さんの心に、コレ以上・・・・・・

私達の事で、私の事で、傷を増やして欲しく無い。


「私は、構わない。・・・あの男に何を言われようが何をされようが・・・。
 ・・・だが、私の気がかりは・・・君だ」
「・・・御堂さん・・・」
「あの男の傍にいつも君はいる。私の眼の届かない時でも、常に、隣に。
 ・・・君がまた、私と関係を繋ぐ事で傷付けられるのは・・・見たくない」


ああ、御堂さん。

私と貴方は、やっぱり、同じ、被害者だ。

そして・・・良く、似ている。


お互いを傷つけて。

お互いを認めて。

お互い踊らされて。

お互い新たな関係を求めて。

そうして、また互いに、相手が傷つく事を、恐れる。


「・・・それでも、私は約束しよう」


御堂さんは、右手で、私の頬を撫でる。

その動きは随分と優しく、掌の温度は、克哉とは違うのに、何故か落ち着いた。


「君が傷つきそうな時。辛い思いをしそうな時」


御堂さんの顔がより近づく。

綺麗なその顔は、ただただ、真摯だった。







「今度は必ず・・・私が、君を守る」







雨の音が強くなる。


御堂さんの匂いが強くなる。


御堂さんの腕の力が強くなる。



私は。



克哉とは違う人の腕に抱かれ。


克哉とは違う体温を受け入れながら。






初めて、彼の背に、自分の両腕を回した。























NEXT.


お互い、ようやく心の内を伝え合い、めでたしめでたし・・・
・・・で、終わる訳がないのがバッドエンド路線の嫌なところ。
もとい素敵な見せ場でもありますが。(バッドエンド好きだったりする)
この調子だと、”克哉から逃げ切って御堂さんとゴール!?”と思われるかも知れません。
と言うか、その結末の方がスッキリして気分も良いかと。
が。ここはあくまで克克←御。克哉さんの存在を忘れられてしまっては困ります。

次回よりラスト一直線。理解し合い、新たなスタートを誓った二人。
そんな彼らを引き裂くのは勿論・・・!


余談ですが、この話。前回のあとがきにもありましたように・・・
克穂さんの怪我を見た御堂さんが激昂、執着をむき出しにし、エロ突入。
と言うストーリー展開でした。(やっぱりエロが入る)
そして最後
”もう君が怖がる必要は無い”
と説得する御堂さんの言葉を遮り、携帯が鳴り響く。
克穂の携帯。克哉からの着信。
戸惑う克穂。電話に出るなと眼で訴える御堂さん。
克穂の下した決断は・・・!
・・・と、なるはずでした。
しかし決して引きではなく、ちゃんと最後に
”私の手は、冷たく鳴り響く携帯を掴んでいた”
と締めるつもりでした。
つまり、どうあがいても克哉さんルート。克穂さん、選択間違ってる!