すっかり日も暮れた夜のオフィス街。
早めに退社した私は、まだそこをウロウロしていた。
私が、何度目かの溜め息を吐き見上げたのは
・・・ホテル。
Rental-2-
もう、時間だ。
時計を見れば、御堂さんから言い渡された時刻の5分前。
・・・行かなくては。
でも、足が動かない。地面に張り付いてしまったかの様に。
・・・・私が、行かないと。
8課のみんなの、あの顔。
緊張と不安に張り詰めた空気が、一瞬にして安堵の緩んだ、あの光景。
アレを嘘にしたくない。
皆を裏切りたくない。
・・・私だけが、我慢すれば良い。
克哉はあの後、私を気遣う素振りも見せず、早めに退社する私に、一瞥もくれなかった。
・・・別に、良い。
克哉に止められた所で、私は行かなくてはならなかったのだから。
・・・コレで、良い。
克哉には・・・後で、たくさん、胸を貸して貰おう。
悩み考えている最中にも、秒針は無情に時を刻む。
このまま、こうしている訳にはいかない。
私が、私が、行くしかないのだから。
嘔吐しそうな程緊張に満ちた心をそのままに、私は一歩、ホテルへと足を踏み入れた。
「本当に来たか」
自分の名で取られた部屋には、もう椅子に腰掛けている御堂さんの姿があった。
高級そうな部屋。窓から見下ろす夜景は、まさに絶景だ。
・・・けれど、私には今、その景色は霞んで良く見えない。
まだ泣くのは早いだろうと自分に言い聞かせ、御堂さんの呆れ混じりの声色に返す。
「・・・約束・・・しました、から」
「・・・一応聞いておくが・・・君は私の要求を、きちんと理解しているのか?」
「!」
侮蔑の視線。
それを一身に受けながら、御堂さんの言葉に俯く。
・・・わかっている。
彼から告げられた条件。
信じられないその要求。
そして、その信じられない要求を、御堂さんが本気で私に突きつけている事も、わかっている。
再度自身に認めさせる事になるとわかっているけれど、それでも、頷かない訳にはいかない。
少し喉を嘔吐感に詰まらせながらも、辛うじて肯定の言葉を口にした。
「・・・・・・・・・はい」
「そうまでして仕事が欲しいか・・・君には、プライドの欠片も無い様だな」
「っ・・・」
悔しい。何も言い返せない自分が。
御堂さんの、その、卑怯さが。
それでも、自分に何が言えただろう。
反抗出来た?克哉の様に、口の巧い切り替えしが出来た?
・・・もし出来たとして、御堂さんの機嫌を、今度こそ、取り返しのつかない程に損ねてしまったら・・・?
私がここに来た意味が無い。
8課の皆を裏切りたくない。
あの笑顔を嘘にしたくない。
私には、振り上げた拳を下ろす事など許されないのだ。
・・・いいや、拳を振り上げる事すら。
「フン・・・君の兄も、不躾なプライドの塊を君に少し分けてやれば良い物を」
克哉とはまるで正反対な私。
克哉が全てYESと答えるならば、私は全てにNOと答える様な、違い。
それでも御堂さんにとっては、どちらの『佐伯』も、お気に召さない様子だった。
「・・・・兄は今、関係、ありません・・・・」
そう、でも、克哉は関係ない。
関係して貰っては困る。
彼は事態を悪化させる事しか、出来ない。
仕事ならばともかく、こう言った場では。
克哉の話題を出されると、どうしても彼に縋りたくなる。
今は私がしっかりしなければならないのだからと、俯かせていた顔を再び御堂さんに向けた。
「私は・・・私の意志で、ここに来ました。・・・貴方に、言われたからです。
・・・・・私が貴方の言う事を聞けば・・・・・数字は、据え置きのままでいて下さるんですよね?」
「ほぅ・・・与えられたノルマをこなせない為に、自らの身体を使って縋りに来たか。
君の様な人間を置いている様では、課全員の体の低さが窺い知れるな」
「・・・っ」
「・・・・ん?何か言いたそうだな」
私が唇を噛み締めると、御堂さんは敏くそれに目をつける。
そして、詰る様な視線と笑みを浮かべて、わざとらしく問い掛けて来た。
言いたい事なんて、たくさんある。
・・・でも、私に何が言える?
私に用意された言葉なんて、1つしかない。
「・・・・・・・いえ」
無難な否定を受け、御堂さんは、酷くつまらなそうに鼻を鳴らした。
その様子からは、私の事と同時に、8課全体を見下げているのが良くわかる。
私だけの事ならともかく、8課の皆をそう評されるのは、腹立たしかった。
私には今、言葉の自由は無いに等しいと言うのに、思わず、反抗がついて出た。
「私は・・・私は、あんな無茶な要求を取り下げて貰う為に、無茶な要求を飲んだだけに、過ぎません」
「・・・・・・・・・」
言い終えた後に、後悔した。
御堂さんの眼が、鋭く、不快さを隠そうともしないままに私をねめつける。
・・・でも、本当にそれだけなのだ。
8課のみんなが、必死に頑張っている。それを無碍に踏み躙るような真似を、阻止したいだけ。
ただそれだけなのに。
「・・・・生意気な」
御堂さんの口から冷え切った、それでも内に激しい苛立ちを宿した声が放たれる。
それに、私の身体は大袈裟な程ビクリと跳ねた。
・・・口が過ぎてしまった。
どうしよう、もしここで、この話自体が無かった事になりでもしたら・・・
不安が暗雲の様に胸に広がる。
汗が、嫌な予感が、背筋を伝う。
何か言わなくては、謝罪しなくてはと気持ちは焦るのに、口は一向に開かない。
そんな私の様子に嫌気がさしたのか、御堂さんは嘲る様な声で私を促した。
「そんなに言うなら、私を満足させてみろ」
ゾッとした。
全身の血液が、奇妙な音を立てた。
御堂さんの言葉には勿論、その、視線に。
品定めする様な、遠慮の欠片も無い、品の無い視線。
頭の天辺から、顔、胸元、腹から下肢へ、脚へ、爪先へ。
一通り舐めるように私の身体を眺めると、御堂さんは一言、何の感情も篭らない様な声で私に命じた。
「服を脱げ」
思わず、叫びそうになった。
嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ。
そんな事、出来ない、嫌だ、絶対に、嫌だ。
・・・でも、私は御堂さんから、予め告げられていた筈だ。
セックスの相手をしろ、と。
「・・・・っ」
今更逃げられない。
従うしかない。
私がやるしかない。
皆を、裏切る事なんて、出来ない。
冗談でもない、性質の悪いからかいでもない。
本気の要求。
最低の屈辱。
それに従うしか、道は無い。
まだ混乱に激しく揺れる心をそのままに、震える指先で、自分のスカーフに手を掛けた。
その私の動作に、御堂さんが軽蔑を滲ませた笑みで言う。
「随分素直じゃないか・・・本当は、待っていたんじゃないのか?」
「そんなっ・・・!!」
「違うのか?脱げと言われて素直に脱いでいるんだからな・・・そうとしか思えないだろう」
違う。
違う。違う・・・!!
揺れていた心が、崩れ落ちそうになる。
そのあまりの衝撃に、震動に、耐え切れなくなりそうだ。
胸の内で叫ぶも、御堂さんには届かない。
声に出るその叫びの代わりに、思わずスーツに掛かっていた手が、止まった。
手も口も、震えが止まらない。
「・・・言った筈です。私は・・・貴方に言われたから、ここに来たんです・・・」
声すらも、情けなく震えていた。
「・・・どうせ、貴方に従わなければならないなら・・・抵抗なんて、最初からしません・・・」
それでも眼だけは、無意識に、本当に無意識に、御堂さんを睨みつけてしまった。
「ふん・・・」
それを眼に映すと、御堂さんは厳しい眼差しで返して来る。
そして長い脚を組み直しながら、私に再度、先ほどのそれを命じた。
「ならば、さっさと脱げ。私に余計な時間を取らせるな」
御堂さんが、椅子の背を指先で叩く。
苛立たしげに催促するその言葉に、仕草に、恐怖する。
それでもまだ、私の指先は、動かない。動かせない。
「1枚残らず脱いで、私の前に跪け。・・・お前には、口でさせてやる」
「なっ・・・」
あまりにあまりな、その命令。
露骨なそれに、思わず眼を見開き、呼吸をする事すらも忘れてしまった。
・・・何て、何て事を言うのだろう。
裸になって?彼の前に、奴隷の様に跪いて?口で・・・?
目の前がチカチカする。
頭が痛い、耳鳴りがする。
信じられない思いで御堂さんを見つめるが、彼は冷たい笑みを口元に湛えているだけだった。
(・・・・でも)
私の混乱を断ち切る様に、8課の皆の顔が脳裏に浮かんだ。
今日、私が売り上げ設定の引き下げをしてくれたと、伝えた時の皆の顔が。
・・・私が我慢しなくちゃ。私がやらなくちゃ。
あの笑顔を嘘にする訳には行かない。
私が御堂さんに従う事で、皆を守れるなら・・・。
「っ・・・」
悔しさに、唇をキツク噛み締めながら、私は、暫く止まっていた指先を漸く動かす。
そして、何度も何度も、自分に”8課の為だ”と言い聞かせながら、スーツのボタンに手を滑らせた。
・・・克哉・・・
ボタンを覚束無い手付きで外す最中、不意に、克哉の意地の悪い笑みが、浮かんだ。
NEXT.
まだまだゲーム沿い。
実際やったらセクハラ所ではありません。
克克の癖して克哉さん不在。一応←御堂さんだから良いのか。
次回はバッチリエロシーンなので裏に展示。