時間が過ぎなければ良い。

この1週間、ずっと、そう願っていた。


それでも秒針は、無情にも進む。







Rental-5-







「・・・・はぁ」


来て、しまった。

この日が、来てしまった。




『続きは週末だ。夕方の5時に、ここに来い』




その、週末が。




この1週間、ロクに眠れなかった。

克哉が抱き締めていてくれる物の、それでも、毎日の様に悪夢に魘される。

どんな夢かは覚えていないけれど、酷く恐かった。辛かった、夢。

きっと克哉が腕に私を抱いていてくれなければ、一睡する事すら叶わなかったかも知れない。


食事も、喉を通らなくなった。

たった1週間で、こんなに体重が落ちるなんて、思わなかった。

何をしていても御堂さんとの約束が脳裏を焼き、口に物を入れた瞬間、嘔吐しそうになる。


窶れ、眼の下の隈すら、隠せない程に濃く、眼の下に浮き出ている。

同僚は、本気で心配してくれている。
片桐さんも、休みを取れと言ってくれたが、この時期に休む訳には行かない。
それに家に1人でいる方が、余計な事を考えてしまいそうで、恐かった。

本多に至っては、私の体調不良の原因が御堂さんであると確信し、MGNに怒鳴り込むと言って聞かない。

そこは、私を含め全員で宥めたのだが、それでも本多の事。
私がいつまでもこのままでは、その内本当にやりかねない。


皆に心配を、そして迷惑を掛けてしまっている。

こんなんではいけない。

私がしっかりしなければいけない。


・・・でも、それでも、気を抜けば考え、憂鬱が頭を擡げる。




この1週間は、克哉の傍を片時も離れなかった。

仕事中は仕方無いと諦めていたけれど、その他の時間は、ベッタリだった。

休憩時間も、帰宅も、家の中に至っては、お風呂も一緒に入らせて貰った。

元より一緒に寝ているベッドでは、一瞬でも離さないでと、克哉の胸にしがみ付いて眠った。


少しでも、克哉に縋っていたかった。


・・・でも、そんな事をしたって、御堂さんとの約束が頭から消える訳じゃない。

時間が止まる訳じゃない、どうにかなる訳じゃない。




結局、何も出来ないまま、この日を迎えてしまったじゃないか。




まだ眠る克哉の腕を抜け出し、洗面所へ向かう。

鏡に映し出された私の顔は、見れた物ではなかった。


(・・・酷い顔)


隈も酷く。
肌は蒼白く。
何処か痩せこけて見える。

・・・今週だけで、何度嘔吐した事か。

数え切れない。

夜中に悪夢に魘され、克哉の腕を何度も抜け出してトイレに篭った。
嘔吐の音を聞きつけ起きた克哉が、背中をずっと撫でてくれていたけれど。
こんなんじゃいけないと、死ぬ様な思いで食べ物を口に入れたりもしたが、結果は同じ。
無理に飲み込めば、ポンプの様に激しい吐き気が襲って来る。

そうして結局、ほとんど消化されないまま、食べ物を戻してしまうのだ。

克哉は流石に可哀想だと思ったのか、何度も私を撫でてくれて、優しいキスをしてくれたけど。


・・・でも、御堂さんへの接待をやめろとは、言わない。


脅え、疲れ果てる私に優しいキスを送りながら、克哉はいつもこう言うのだ。



『そんなんで、御堂を満足させられるのか?』



・・・克哉は、笑っていた。



「・・・・・はぁ」



溜め息が零れる。

それと同時に、涙も。


早速滲んだ視界を強引に拭い、顔を洗う。


それでも何1つ気分は晴れる事無く、鉛の様な不安と恐怖が胸に居座り続ける。

むやみやたらに叫び、暴れられたら、どれだけスッキリするだろうか。

・・・そんな事、出来っこないけれど。


「・・・・・・・・」


何を考えたって、何をしたって、結局は今日なのだ。


今日また・・・私は、屈辱を受けに、自ら行くのだ。


・・・御堂さんの、もとへ。







「おい起きろ。今日は御堂との約束があるんだろう?」
「・・・ん」


あの後、再びベッドに潜り込み、克哉の腕に納まった私を起こしたのは、克哉の声。

そして、窓から無遠慮に差し込む、薄いオレンジ色の夕陽。

・・・その色で、約束の時間が近づいているのだと、悟った。


「・・・・っ」
「どうした、まだ泣く様な事、されていないだろう?」


行かなくてはならない時間が、来た。
一番、来て貰いたくなかった時間が。

そう認めてしまうと、どうしようもなく怖くて、嫌で、悲しくて。

ベッドに横たわったまま、克哉の抱擁を受けながら、静かに涙を零した。

「・・・行きたく、ない・・・」
「だがお前は、行かなくちゃならないだろう」
「・・・・・・・・・・」

8課の為。
私は、行かなくちゃならない。
そんな事・・・わかりきってる。

優しい声色で起床を促す克哉に、ぎゅっと顔を摺り寄せた。

「・・・・怖い・・・・これ以上、何をさせられるのか・・・わからない・・・・」
「大丈夫だ。お前は、俺から色んな事を教わったろう?それを実践していけば良い」

そうすれば、簡単に堕ちて来るだろうよ。と笑い混じりに囁かれ、涙に濡れた眼で克哉を睨んだ。

克哉はどうして、楽しんでいられるのだろう。
私が、妹が、こんな仕打ちに遭っていると言うのに。


・・・いいや、克哉にとっては、退屈こそ憎むべき存在。

それを壊してくれる何かさえあれば良いのだろう。



それが例え、私が他の男に弄ばれる事だったとしても。



「・・・・いつまで、こんな事・・・・続くんだろう・・・・」
「早く終わらせたいなら、とっとと御堂を溺れさせるんだな」
「っ・・・・」

克哉の残酷な言葉に、私は俯き、唇を噛み締める。
ああ、克哉は、私がこんなに縋っても、自分が必要と判断しない限り、救いを差し伸べてはくれない。
それが、悲しかった。


「さぁ、起きて身支度を整えろ。アイツも、お前に会いたくてソワソワしてる頃だろうよ」
「・・・・そんな事、ない」
「そうか?・・・まぁ、どっちでも良いがな」


克哉の腕に無理矢理身体を起こされ、キスをされる。


その軽く柔らかいキスを受けながら、私は、時計を壊してしまいたい気持ちでいっぱいだった。










4時50分。


休日である為か、オレンジに彩られたオフィス街には、人は少ない。

自分の様にスーツを纏った人間はチラホラと見受けられるが、それ以外は特に。


「・・・・・・・」


慌しい様子で何処かへ駆ける見知らぬサラリーマンを眼で送った後、その視線を目の前の建物へ移す。


・・・指定された、あのホテル。

最低の屈辱を受けた、あの部屋。


・・・自分はその部屋に、また、最低の屈辱を受けに、来たのだ。


「・・・っ」


怖気付きそうになる自分を叱咤し、1つ深い呼吸を胸に送る。

そして意を決し、ホテルの中へを足を踏み入れた。





「フ・・・。ちゃんと来たか」


部屋の中では、既に御堂さんが待っていた。

どうやら仕事をしていたらしく、机の上には書類が広げられている。

その脇には、仕事に似つかわしくないアイスペールとウイスキーボトル。

こんな時にまで仕事をする彼に些かの感服を抱きつつ、数歩、御堂さんに歩み寄った。


私の様子をじっと眺めていた御堂さんが、フンと鼻で笑う。


「良いだろう。2度目の約束を守った事に敬意を表して・・・今日は君を楽しませてやる」
「・・・何を、する気ですか・・・」


私が脅えと警戒を強く映した眼で問えば、御堂さんは愉快そうに笑う。

そして眼で窓際にあった椅子を指し、私に示した。



「さあ、かけたまえ。・・・それから」



御堂さんの言葉に従うしか、道は無い。



その為に、私はここに来ているのだから。



躊躇いそうになる足を懸命に動かし、指定された椅子へと向かう。






椅子へと腰掛ける瞬間、無意識に口の中で、克哉の名前を呟いた。





















NEXT.


このままじゃ克穂さんが死ぬ。(本気で)
しかし御堂さんはドS。克哉さんは鬼畜外道。
克哉さんは基本克穂さんに甘優しい。でも自分の楽しみ優先。

次回は勿論接待シーンなので裏です。2話連続でエロ入ります。(2話!?)