「メリークリスマース!!」



冬の寒い会社帰り。
皮手袋を嵌めた手に、鞄と大きめの袋を持ちながら階段を上る音が、澄んだ夜空に響く。

白い息を吐きながら、愛しい妹の待つ暖かい部屋のドアを、少し急いた気持ちで開け放った。


途端聞こえたのは、今の声。

いいや、確かに克穂の声なのだが。


いつもの穏やかな『おかえり』ではなく、随分弾けた様子の、出迎えの言葉。


「・・・・・・」


流石に一瞬面を喰らった。


何せ言葉だけでなく、可愛い妹が、サンタの格好をして帰りを迎えてくれたのだから。


彼女に良く似合う、ミニスカートの露出の高いサンタ衣装。
丁寧に帽子まで被り、空に浮かんだ星々よりも眩い満面の笑みを浮かべる愛しい妹。

それを幾分苦い表情でじっと見詰めてから、克哉がふぅと溜息を零す。

それから、ポンと克穂の頭を軽く叩くと、彼女の隣を素通りしてしまった。


「え・・・克哉・・・?」


あまりに冷たい反応に、サンタ姿の克穂がキョトンと姿を追う。

克哉は振り返る事も無くスーツのジャケットを脱ぎ捨て、荷物をドサリとテーブルに乗せる。
それからベッドを背凭れに座り込み、難しい顔で額に手を当ててしまった。


折角のクリスマス、楽しく出迎えをしようと思ったのに・・・


克穂の表情が哀しく陰る。
怒っている様な、呆れている様な克哉の様子に、急速に不安が募った。

『ただいま』も言わず無言を通す克哉に、克穂がおどおどと近寄る。

そのまま座る克哉に擦り寄り、伺うように顔を覗き込む。


「・・・・・・」


克哉は何も言わず、複雑そうな視線で克穂を見つめている。

その無言の様子に、克穂の眉が哀しげに下がり、大きな瞳が不安に潤む。

克穂の悲哀感漂う悲しげな表情に、克哉の口から躊躇う様な声が零れた。


しかしそれに気付かず、克穂の口が、何か言いたげにモゴモゴと動く。


嫌だった?
機嫌悪い?
怒ってる?
会社で、嫌な事あったの?
ごめんね?
おかりなさい。


色々と声にしたい事はあったのだが、結局泣きそうな声で口にした言葉は・・・




「・・・めりーくりすます・・・」




半分震える声で、捨てられた子猫の様な瞳で、克哉へもう一度告げる。

ずっと楽しみにしてたクリスマス。

一緒に幸せな聖夜を過ごしたかったのだ。

だから、可愛いサンタの衣装も買って、克哉を楽しませてあげたかったのに。


そう、今にも涙が零れそうな大きな眼で、克哉を上目遣いに見上げる。




「っ・・・全く・・・!」




そんな愛しい妹の様子に耐えられなくなったのか、克哉が唐突に克穂の両肩を掴む。

そのまま、驚き眼を見開く彼女の構わず、押し倒す様に克穂の上体をベッドの上に押し付けた。

「!?か、克哉・・・!?」

倒された上に克哉が覆い被さる。
鼻先が触れ合いそうな程近くまで顔を寄せられ、沈んでいた克穂の顔にぽぽっと朱が走った。

パチパチと長い睫毛を上下させながら見つめて来る克穂に、克哉が苦い顔でようやく言葉を零す。


「それ以上可愛い事を言うと、この場で抱くぞ」
「え・・・えぇ!?」


低く艶のある声色で囁かれ、克穂の頬がサンタ服にも負けない赤に染まる。

照れ恥らい、潤んだ瞳を忙しなく逸らす彼女に構わず、克哉はさらに唇を耳元に寄せ、甘い声を流し込む。


「折角のクリスマス、いくらお前が可愛い事を言おうとも、最初くらいは穏やかな時間を過ごさせてやりたくて
 何もしないと決めていたんだがな・・・そんな格好でそんな風に見つめられたら、我慢が利かなくなる。
 このままクリスマスが終わるまで、ベッドから出られなくなるぞ?良いのか?」


悪戯っぽく笑われ、克穂がうぅと小さく呻く。
そして、困った様に瞳を彷徨わせてから、か細い声で克哉にストップを掛けた。

「・・・もうちょっと、待って。ご飯も食べたいし・・・」
「俺が買って来たケーキも、いるだろう?」
「うん、食べる!」

優しく問われ、克穂が微笑みながら答える。
それを受け、克穂を解放した克哉が、彼女に『ただいま』のキスを贈り、身体を抱き起こしてやった。
克穂の腕が克哉の首に回り、ニコニコと彼の顔を見つめる。


「ねぇ、克哉」
「ん?」
「この服可愛いでしょ。・・・似合う?」


少し身体を離し、小首を傾げて克哉に問う。

その愛らしい仕草と言葉に、克哉がふと口元を笑みに緩めてから、彼女の頬を撫ぜて。



「俺にとっては、世界一と言って良いくらいには、可愛いな」



鼻先にキスをして答えれば、克穂は幸せそうな笑みを浮かべて克哉の頬に自分の頬を擦り付ける。

そのまま何度か柔らかいキスを贈り合い、ようやく顔を離し、一息をつく。


「克哉克哉、ご飯食べよう?プレゼントは、その後に渡すから、楽しみにしててね」
「プレゼント?・・・渡す物じゃないだろう?」
「?」


克哉の笑いを含んだ声色に、克穂が大きな瞳で疑問を伝える。

それに、彼女の大きく露出した太腿を綺麗な手で撫で上げ、無言で答えを告げた。

瞬間、綻んでいた克穂の顔が羞恥に染まり、小さい唇から艶の滲んだ声が漏れ出す。

何度か意地悪く掌が這いずり、最後に軽く引っ掻く様に滑って離れたのは、克穂の肩が大きく揺れ始めた頃。

じぃっと恨めしげに、濡れた瞳で克哉の顔を見つめ、頬を膨らませて見せた。


「・・・サンタはプレゼントじゃなくて、プレゼントを運ぶ人だよ・・・」
「一番欲しい物をくれるのがサンタだろう?」
「で、でも・・・」


まさか、それがわからない訳じゃないだろう?

と、甘い声で問われ、克穂が堪らないと言った様子で俯く。

それから、小さくいたいけな声で、一言。


「・・・だって、私は・・・今までも、これからも・・・ずっと、克哉の物だもん・・・」


煽るような言葉を零すその顔を覗き込むようにしながら、克哉がニヤリと企むような笑みを口元に刻んだ。



「先に言ったばかりだろう?それ以上可愛い事を言うと、この場で抱く。と」



うっと言葉を詰まらせる克穂を腕に抱え、そのままベッドに乗り上げる。

シーツの上に縫い止められた彼女は、上気した顔と潤んだ瞳で、懇願する様に切なく克哉を見上げ、訴えた。


「・・・ご飯、冷めちゃう・・・」
「後で温めなおすさ」
「ケーキ・・・ダメになっちゃうよ」
「保冷材なら入れてある」
「・・・最初くらい、穏やかな時間を過ごすんでしょ・・・?」
「お前があまりに可愛らしい事を言うから、取り消しだ」


克哉の両手が、柘榴の様に赤い彼女の衣服を、プレゼントの包装を剥がす様に静かに肌蹴させていく。

まだ何か言いたそうな克穂の口をキスで黙らせ、軽く笑ってから、綺麗な発音で彼女に言葉を贈る。




「Merry Christmas・・・克穂」




旋律の様に綺麗な声に、克穂の身体がピクリと止まる。


それから数瞬間を置いて、彼女の白い両腕が、克哉の背中に回った。




「うん・・・メリークリスマス、克哉」























END.


克克クリスマス。佐伯家だけじゃ足りなかったのか!
相変わらずの凶悪な角砂糖ぶり。じゃりじゃりです。
もう溶け合ってしまえば良い!お幸せに!メリクリクリクリ!!
ちなみに克穂さんのサンタコスはコレ