小さい頃から、克哉が大好きだった。
何でも出来て。
格好良くて。
ちょっと意地悪だけど、優しくて。
お父さんもお母さんも、皆、皆、克哉の事が好きだった。
何も出来ない私の事は二の次で、克哉の事を、皆構ってた。
でも、それでも良かった。
私だって、克哉が大好きだったから。
克哉が楽しいなら、私も楽しかった。
皆が克哉を構っているのが、嬉しかった。
いつも一緒にいた克哉。
誰よりも長い時間を一緒に過ごしている、私の半身。
家族。肉親。兄妹。
そう、克哉と私は、血を分けた双子。
大好きな克哉。
家族として、兄として、大好きな克哉。
それでも私は、本来なら他人に抱くべき感情も、芽生えさせてしまった。
克哉に知られたら、きっと私は、生きていけない。
家族に知られたら、きっと私は、壊れてしまう。
克哉との間にある、兄妹と言う壁。
それを壊すような真似は、とてもじゃないけど恐ろしくて。
自らが抱いてしまった末恐ろしい恋情を、必死に押し殺しながら。
大好きな克哉の傍らで、心をキリキリと締め付けながら、生活していた。
中学校に入ってから、初めての夏休み。
実を言うと、この休みが、酷く待ち遠しかった。
学校じゃあ、色んな女の子から、克哉の事を詮索されるから。
彼女はいるの?
克穂のお兄さん、カッコイイよね。
告白してみようかな。
なんて。
妹の私としては、他人の彼女達が、羨ましい限りだ。
だって、何の枷も無く、克哉を好きだと言えるんだから。
告白したって。恋人になったって。
何ら不自然な事はない。
そうわかってはいても、残酷に聞いてくる彼女達が、とても妬ましくて。
どうか克哉の事を聞かないで。
克哉を見ないで。
克哉を好きだと言わないで!
小さい頃は、克哉が誰かに褒められたりするのが、自分の事の様に嬉しかったのに。
今は、それが辛い。
克哉の名前が、他の女の子の口から出るのが、嫌。
克哉は、誰か女の子の名前を口にする事は無いけれど。
それだって、もしも誰か彼女が出来たら、きっと、その子の名を口にするんだろう。
想像しただけで、涙が出る程嫌だった。
入学してから、結構色々な女の子に告白されているらしい克哉。
先輩にだって、良く声を掛けられている。
克哉はそう言った話を私にはしないけど、それでも、隠しようの無い事実。
いつも克哉の隣にいる私に向けられる、嫉妬の視線。
陰口を言われる事だって、少なくない。
克哉はいつも私に優しくしてくれるけど、それでも、全部が辛かった。
克哉の名前が、他の女の子の口から聞こえない。
克哉が他の人に取られない。
克哉の事で、嫌な目を向けられる事の無い、長い休み。
それが堪らなく、待ち遠しかった。
夕飯を食べた後、自分の部屋でゴロゴロと寝転がる。
お父さんとお母さんは、お祖父ちゃんの具合が悪いので、泊まりで看病に行っているらしい。
この暑い夜、家を出る気にもなれなかった私と克哉は、2人きりで留守番をしていた。
今、克哉は部屋で何をしているだろう?
宿題かな。
ううん、克哉は7月中に、もう全部の宿題を終わらせていたから、違うかな。
私も、教えて貰おうかな。
・・・でも、克哉の隣で、くっついていると、自分の恐ろしい感情が込み上げて来る。
好き。好き。大好きだから。
家族としてじゃなくて。兄妹としてじゃなくて。克哉が、好き。大好き。
そう考えただけで、鳥肌が立つ。
ああ、何て恐ろしい!
私は兄に対して、何て恐ろしい感情を抱いているのか。
その感情を認識する度、『もしバレたら』と言う恐怖が、全身を戦慄かせる。
震えているのは、クーラーの所為では無い様だった。
途端。
私の携帯が、メールの着信を告げる。
「・・・?」
手に取って見てみれば、此間アドレスを交換した、クラスメイトの男子だった。
日直の係りが一緒になったのが切っ掛けで、ちょっと、仲良しな男の子。
その子が一体何の用だろうかと、疑問符だらけの頭でメールをなぞった。
『宿題わかんねー。お前国語得意だろ、教えてクダサイ!』
短いメール。
それでも、何だか男の子と仲良しになれたのが嬉しくて。
引っ込み思案な私は、少し、気分が浮いてしまった。
良いよ。と軽く返事を返せば、間を置かずに鳴る着信音。
『じゃあ、今度の日曜、図書館に10時な!』
おやすみ。と締め括られ終わったやりとり。
それだけなのに、何だか初めての経験が、妙に嬉しかった。
今度の日曜。特に用事は無いし、国語の宿題ならもう終わらせている。
その点を確認してから、もう1つ確認しておかなくてはいけない事。
克哉の、予定。
別に克哉を誘う訳でも無いし、約束としては宿題の約束が先。
だから、克哉の予定を聞いた所で、私の予定が変わる事はまず無いんだけれど。
それでも、昔からの癖。
何かあったら、まず克哉に。
克哉にすぐ報告するのが、私の癖だった。
だから今まで、克哉に隠し事をした事が無い。
良い事も、悪い事も、全部克哉に話してきたから。
この胸を焦がす様な恋情以外、克哉に隠し事をした事は、無い。
そう思って、クーラーの効いた部屋から出る。
すると、廊下のむわっとした熱気が、私の冷えた全身を包んだ。
すぐ隣の克哉の部屋へ歩み、早くも滲みそうになる汗を拭いながら、ドアを控え目にノックする。
『・・・何か用か?』
ちょっとだけ間を置いて返って来る、克哉の声。
大好きな、耳に馴染む、克哉の声。
その声のキュッと胸を締め付けられながら、部屋に入れてくれる様頼む。
「うん、ちょっとお話。・・・今、良い?」
『ああ、勝手に入れ』
いつもと同じ了承を貰って、一呼吸置いてからドアを開ける。
私の部屋よりも効いているクーラーの冷気が、緊張に震える私の身体を一気に冷静にさせた。
「・・・で、何だ?」
「あ、あのね克哉、今度の日曜って、何処か行く?」
「?・・・いいや、家にいる予定だが」
私の突然の質問に、克哉が訝しげな顔で返事をしてくれる。
本を読んでいたらしい克哉は、椅子に座ったまま。
私は、克哉の怪訝そうな声色に苦笑いを浮かべながら、ベッドに腰掛けた。
スプリングがギシリと鳴る。
それと同時に、克哉の香りが色濃く、私を包むように舞った。
「・・・何処か、行きたい所でもあるのか?」
「う、ううん、違うの。・・・ただ、ちょっと、誘われたから・・・」
「・・・誘われた?」
克哉の眉が顰められる。
何故か不機嫌になってしまったらしい克哉は、それ以上何も言わず、私を眼で責めた。
綺麗な眼。
私と同じ色の眼。
それでも、やっぱり、私とは違う。
その綺麗な眼が私を睨みつけるので、私の全身は金縛りにあった様に硬直する。
怖い。
何で、怒ってるの?
クーラーに冷やされた身体に汗が伝う。
それはきっと、暑いから流れたのではないだろう。
「あ・・・えっと・・・ホラ、私と日直の係りの・・・彼に、宿題一緒にやろうって・・・」
「・・・で、お前は何て返したんだ?」
「そ、それは、まぁ、予定も無いし・・・別に良いよって・・・」
私が答えた途端、克哉は手に持っていた本を、バンッ!と机に叩きつける様にして閉じた。
突然の、破裂音に近いそれに、私の身体はビクンと跳ね上がる。
心臓が口から出る代わりに、情けない、引き攣った悲鳴が喉から零れ落ちた。
「なっ・・・に・・・?かつ、や・・・」
ドキドキと煩い心臓をそのままに、突然乱暴な行動に出た克哉に、震える声で問う。
それでも克哉は何も答えず、ただ、青の瞳に似合わない、熱に似た怒りを孕んで、私を射抜くだけ。
そのまま、脅え震える私に無言で歩み寄り、座る私の肩を強く突き飛ばして来た。
「いった・・・!!」
「ふざけるな」
底冷えする様な声。
突き飛ばされ、克哉の匂いのするベッドに転がされた私に向けられたその声。
それは、何よりも怖くて。
克哉が怒っていると言うのが、凄く怖くて。
涙さえ目尻に浮かべながら、どうして克哉が怒っているのか、まとまらない思考で必死に考えた。
「な・・・なに、が・・・」
「どうして、他の男と2人で出かけるんだ」
「ど、うして、って・・・だって、宿題教えてって・・・」
「そんなの他の奴に頼めば良いだけの話だ。どうしてお前が行く必要がある」
「で、でも・・・」
克哉が怒ってる。
どうしよう。どうしよう!
克哉が私を怒るなんて、そうそうある事じゃない。
まして、これほど乱暴に怒りを向けられたのなんて、初めての事だった。
怖い。嫌だ。怒らないで、嫌わないで!!
他の誰に嫌われようと、嫌な事言われようと、克哉にだけは嫌われたくない!!
それでも、脅えに脅えた私の声は、意味も無い音しか出せなくて。
ただただ震え、眼を潤ませながら、圧し掛かって来る克哉を見上げる事しか出来なかった。
「か、かつ・・・や・・・」
「・・・お前は本当に、腹立たしい」
「っ!」
克哉は、私の事を、そう思っていたのだろうか。
いつも、腹立たしいって、邪魔だって、思っていたのだろうか。
そんな。克哉は、私の事、嫌い・・・?
ほとんど停止した思考で、何か口にするのも忘れ、呆然と克哉を見る。
克哉の方は、私の事なんかお構いなしで、苦々しげに言葉を続けた。
「・・・知っているか、克穂。クラスの男子連中が、お前と付き合いたいとほざいてるのを」
半分、嘲笑う様な声で、克哉はそう言った。
・・・何?何て、言ったの?克哉。
「うちのクラスだけじゃない。隣のクラスも、果ては上級生まで」
仲を取り持てだと、本当に腹が立つ。と、克哉が続ける。
・・・男子が?私と?
何を言ってるのか、さっぱりわからない。
どうして私が。
何も出来ない私を。
それでも、ホントはそんな事、ほとんどどうでも良くて。
克哉がここまで怒ってる理由に。
私が、男の子からの誘いに応じた事に、ここまで怒っている理由を。
何となく、自分の都合の良い考えだとわかっていても、勘付いて。
もしもその理由が、ホントにそうなら。
克哉が、ヤキモチを焼いてくれているのなら。
こんなに、嬉しいこと、無い。
「折角、学校でのあいつ等からの催促に煩わされる事が無くなったと思ったら・・・」
休みの間にも、こんな不快な思いをするとは。って、克哉が。
一言そう零してから、私に、触れるだけのキスを落として来た。
頭が、真っ白になる。
口に暖かくて、柔らかい物が当たってる。
克哉の匂いが、すごく近い。
同じ色の克哉の髪が、同じ色をした私の肌にサラサラ触れる。
眼を見開けば、眼を閉じた克哉の顔が、間近に見えた。
多分、ほんの数秒なんだろうけど。
何分にも、何時間にも感じられたその時間。
ようやく口が離れた頃には、私の心臓は、もう正しい動きを忘れてしまった様で。
複雑に、乱暴に、左胸を押し上げる勢いでドクドクと踊り狂う。
息が出来なくて、口が渇いて、それでも眼はしっかり、克哉を見つめていた。
「・・・な、に、した、の・・・?」
「知らない訳じゃないだろ。お前だって」
そう言いながら、克哉は私のTシャツに手を掛ける。
そこに来て、ようやく白んでいた脳内が急速に現実を取り戻した。
今更遅いのに、思い出した様に抵抗する。
「な、何!?や、やだ、やめて克哉!!私達、きょ、兄妹なのに!!」
咄嗟に口にした自分の言葉に、心が切り刻まれる。
そう、克哉と私は、血を分けた双子。
大好きな克哉。
家族として、兄として、大好きな克哉。
それでも、それとは違う、『恋愛』感情を抱いてしまっている、私にとって。
こうされる事は、怖くて、怖くて、仕方ない。
お願いだからやめて。
これ以上私にヒビを入れないで。
これ以上されたらきっと、私は、克哉を兄としてだけじゃなく。
その一線を越えた眼で見てしまう。
きっと、きっと、兄妹と言う関係に耐えられなくなってしまう。
壊れてしまう。
克哉との関係が。
今までの平穏な、2人の関係が。
私は、後戻り出来なくなってしまう。
そう、恐怖に突き動かされ、克哉の肩を押し返そうと、両手を伸ばす。
でも。
「軽蔑するならすれば良い。・・・俺は、やめるつもりはない」
克哉の、やけにハッキリとした声を聞いて。
「・・・・・・・・・お前が、好きだ」
もうずっと前から。と、耳元で囁かれ。
Tシャツの中、克哉の綺麗な手が、素肌をなぞってくるのを感じながら。
抵抗する筈だった私の両手が、克哉を受け入れる様に、同じ温度の熱を孕む背中に回った。
END.
克克初体験。中学1年の夏休み。
お互いの嫉妬。お互いの恋情。でもお互いそれを知らない。
特に克哉さんは、克穂さんが自分を恋愛込みで見てるって知らない筈。
なんで、克哉さんにとっては『妹を無理矢理レイプした』とインプットされてる。
実際は半分同意みたいなモンですが、克哉さんはいまだにその事実を知らないかと。
克穂さんは薄っすら克哉さんの嫉妬に気付いたので、乱暴されても割とケロリとしてます。
寧ろ嬉しそう。激しい罪悪感とバレる恐怖に脅えながらも、それ以上に嬉しそう。
でもホントは、初体験はもっと殺伐とした感じが好み。
普通の妹だった克穂さんを何の理由も無く強姦する克哉さんとか。(さすが鬼畜!)