たこ焼きを口に含みながらむくれる太一。
焼きそばのトレイを手に、眉間に皺を寄せる御堂。
お好み焼きを箸で摘みながら睨みをきかせる本多。
何でこんなに仲が悪いのだ、この3人は。
そう、呆れにも悲哀にも似た感情を愛らしい容貌に映し込むのは。
甘ったるいチョコ生クリームに苺がふんだんに包まれたクレープを食べる、克穂。
3人の険悪ぶりの根源がよもや自分であるなど露知らず。
己の唇についたクリームを、桜色の艶めいた舌先で誘う様に舐め取りながら
男3人の生唾を飲む音など耳にも入れず、ただ困った様に首を傾げる彼女だった。
(今日初めて顔合わせたのに・・・)
自分を誘ってくれた太一は、本多を誘った時点でもう機嫌が悪かったが。
たまたま御堂と出逢った辺りから、一気にテンションが急降下している。
こんな状態で満足のいくライブが行えるのかと、自分の事でないにしても、不安になる。
そして本多も、太一とならば、まだ兄弟の様にジャレあっていたのだが。
御堂と鉢合わせた途端、硬く、不快感を露わにした表情を崩さない。
ああ、どうしてそんなにも彼が嫌いなのかと、溜め息を吐きたくなってくる。
・・・いいや、勿論、彼が御堂を嫌う理由は良くわかるが、それでももう時効ではないか。
今は良き会社の、8課のパートナーであるのに。と、縋るように心で囁きかけるが、聞こえる筈も無く。
そうして、御堂。
彼も、じゃれ合う2人を目にした時から、随分と不愉快そうだ。
その端整に整った顔立ちを顰め、それでも上品な姿勢を崩さず、焼きそばを啜る姿が何ともミスマッチである。
アンバランスなのに何故こうも絵になるのか。何故こうもカッコイイのか。
その辺りの神様の贔屓具合に少々落ち込んでから、もう一口クレープを口に含む。
噛み付いた拍子に端からクリームがむにゅと溢れ、慌ててそれを小さな舌先で、下から掬う様に舐め上げる。
克穂の無意識な仕草に、まず御堂の口から溜め息が零れた。
「・・・克穂君、行儀が悪いぞ、慎みたまえ」
「へ?・・・あ、す、すみません!」
見っとも無い所を見せてしまった!と、顔を赤らめながら俯き、謝罪する克穂。
俯き恥じ入ってしまった彼女の眼には、克穂以上に顔を赤らめている御堂の顔が入らなかった。
「別に良いじゃないすか。克穂さん、色っぽくて可愛いしー」
「た、太一・・・」
「そうそう、硬い事言いっこなしっすよ」
「ほ、本多まで・・・」
御堂より『お似合いのレベル』と評された2人の同じ様な意見に、克穂が小さく呟く。
そして照れ隠しに、俯いたままクレープをもそもそと食む。
それがまた小動物の様に愛らしく、太一が無邪気に歓声を上げた。
「ほんっと、可愛いよねー、克穂さん。彼女に欲しくなっちゃうね!」
「なーに言ってんだ、克穂との付き合いなら、俺のが長いっつーの」
「フン、全く君達は本当に同レベルだな」
「「なんだとぉ!?」」
ああ、また喧嘩してる。
3分と間を置かず始まる他愛ない口喧嘩に、克穂は甘さに染まった口内から苦い溜め息を零した。
それに付き合いの長さで言えば、克哉が一番である。と、頭の中でぼんやり考える。
すると、丁度タイミングを見計らった様に、克穂の携帯が軽快なメロディを奏で始めた。
あ。と声を上げ携帯を取り出した克穂に、口論していた3人が一斉に視線を向けてくる。
「あ、もしもし、着いた?・・・うん、そうそう。今中庭?それならそこから右に行って・・・うん、わかる?」
克穂が何やら指示を出している。
その言葉から、どうやらまだここに誰か来るのだろうと、安易に予想がついた。
克穂1人を誘った太一は、まだ誰か増えるのかと、心底嫌そうに顔を顰めている。
「・・・俺、克穂さんだけ誘ったのに・・・」
「たこ焼き屋さんとか焼きそば屋さん並んでるでしょ?その棟の裏側のベンチの所に・・・・・・あっ!見えた!」
途端、克穂が嬉しそうな声をあげ、おーい。と手を振る。
携帯で会話していた人物が到着したらしく、つい反射的に3人も、克穂が手を振った方へ視線を投げた。
瞬間、固まる。
克穂の、そして彼等の視線の先には。
克穂と同じ髪の色、目の色、肌の色。
それでも正反対の気配を纏う、嫌味な程に整った容姿とスタイルの、彼。
怜悧なシルバーフレームのスマートな眼鏡が印象的な、克哉の姿。
「・・・まさか克穂さん」
太一が『勘弁してくれよ』とでも言いたげな声を上げる。
「おいおい克穂、アイツ呼んじまったら、俺等が霞むだろ・・・」
諦めにも聞こえる溜め息交じりの声色を零し、本多が肩を竦める。
「・・・何故休日にまで、コイツの顔を見なければならない・・・」
心底不快そうな声を低く搾り出した御堂の眉間には、より一層深い皺が刻まれていた。
三者三様、それでも『不愉快』と言う感情の一点を共通させた反応を受け取り、ニヤリと笑う克哉。
「随分なご歓迎だな。・・・ま、文句なら俺をわざわざ休日に叩き起こしてまで誘った、この馬鹿に言え」
この天然小悪魔の馬鹿女にな。と鼻を鳴らす克哉に、克穂が頬を膨らませて抗議する。
「馬鹿って言わないでよ。・・・克哉にも、楽しんで貰いたかったんだから」
折角太一が誘ってくれたんだもん。と拗ねる克穂に、克哉が呆れ果てた溜め息を漏らす。
コレだから天然は性質が悪い。と、疲れ果てた様な色を滲ませた眼で、克哉は太一を見た。
「・・・太一、お前に同情してやる」
「・・・アンタに同情されても、すげームカツクだけなんですけど」
優位に立っている事を知らしめられている様で、と、太一が幼子宜しく膨れる。
そんな様子を鼻で一度哂ってから、克哉は御堂へ視線を流れさせた。
ああ、焼きそばを持つ姿が何とも似合わない男だ。と、その光景に少し眼を眇めながら。
黙っていれば綺麗な彼の視界に映った事を察し、御堂の切れ長の眼が苛立ちを乗せ細められる。
「・・・何だ」
「珍しいですね御堂さん、貴方がこんな所にいらっしゃるなんて」
「私は学園祭ではなく、教授に用があったんだ」
彼女さえいなければ、誰がコイツ等と。
と、苦々しげに太一と本多をねめつけてから、ふぅと溜め息を吐く。
それはそれはと、嘲る色を隠さないままに克哉が返すと、チラリとまた視線を動かした。
自分の隣に立ち、まだ少々拗ねている克穂。
彼女は黙々と、小さい口にクレープを懸命に頬張っていた。
「・・・食い意地を張るな。俺が満足に食わせてやっていないみたいじゃないか」
「っ・・・そ、そんなんじゃないよ!!た、ただ、このクレープ、美味しいから・・・」
馬鹿にされた!と、口の端についたクリームをそのままに抗議する克穂に、克哉が深く息を吐く。
そして、呆れを眼に映しながら指でクリームを拭ってやると、克穂がうぅと小さく呻いた。
子供の様な扱いを受けるより、呆れた眼で見られる方が堪える。
すぐ傍で見ている3人の、何とも言えない視線を意にも介さず、少々考える仕草を見せてから。
克穂が、はい。と、突然前触れも無く、克哉に向けて持っていたクレープを差し出した。
「・・・何だ」
「食べてみて!ホントに、美味しいから!」
「・・・・・・」
自分が黙々と食べていたのはこう言う訳であると言いたげに、差し出されたそれ。
その見るからに甘ったるそうなクレープを、克哉は至極嫌そうな顔で睨み付けた。
「・・・俺を殺す気か?」
「なっ、ひ、一口くらい食べてよ!美味しいってば!」
「それを、俺が、本当に、美味いと感じると、思うのか?」
わざわざ嫌味ったらしく言葉をハッキリ区切りながら、頭を優しく優しく撫でてやる。
まるでどうしようも無い阿呆の子を、諦め半分に愛しむ親の様で、とどの詰まり、酷く馬鹿にしているのである。
「もーっ!か、克哉が甘い物嫌いだってわかってるけど!!」
「だったら食わそうとするな」
「だ、だって、克哉が意地悪言うから・・・」
ついには不貞腐れ、またハムスターよろしくクレープを含み始める。
少々押し出されたクリームをちぅと小さな音を立てて啜り、ちゅ。と、小さな唇を離す。
「そうだな・・・そんなに俺に食べて欲しいか」
そんな彼女の仕草に、眼に一度悪戯めいた光を走らせ。
その後、彼女の仕草を見ていた3人の男へ、口角を吊り上げながら視線を送り。
見せ付ける様に克穂の顎を指先で掬うと、反応する間も与えず、強引に彼女の口に噛み付いた。
「な、何してんだよ!?」
目の前の光景に、ショックを受けたと同時に叫んだのは、太一。
流石に若いだけあり、反応も一番早かった。
その声に我に返ったのか、呆然と口付けを受けていた克穂が控え目に暴れ出す。
思いの外すんなり克哉は離れ、舌を抜かれ自由になった口で、慌しく言葉を紡いだ。
口内に収めていたクレープの欠片が綺麗サッパリ無くなっている事など、お構いなしに。
「なっ・・・な、何するの!?こ、こんな所で!!」
「うるさい。俺に嫌いな物を食べて欲しい時は、こうするんだろう?」
「そ、そう、だけど・・・!!」
顔を苺の様に真っ赤にしながら、克哉の胸を空いている方の手で叩く。
だが克哉はただ楽しそうに笑うだけで、それきり何も言わなかった。
何度かポスポスと克哉の程よく筋肉のついた胸を叩き終え、ハッとした顔で克穂が首を動かす。
正直言うと、忘れていた。
たこ焼きの爪楊枝を地面に落としながら、こっちを丸くした眼で見ている太一。
焼きそばのトレイを若干握り締めながら、涼しげな目元に燃える様な苛立ちを露わにした御堂。
お好み焼きを突付いていた箸を圧し折りながら、猛獣の様に克哉を睨んでいる本多。
仲の悪い。
それでも今は何だかやたらと結束力の強そうな、3人の事を。
仲が良くなってくれて結果オーライ。と行く訳も無く、今のこの状況をどうにか誤魔化さなくては。
3人の視線が向けられているのは克哉だと言うのに、克穂はまるで自分が責められている様に感じられたのか、
赤い顔をブンブンと振りながら、必死に弁解をクリームまみれの口にした。
「ちっ・・・ちがっ・・・あの、コレは、いつも家でやってる事で・・・!!」
「フォローしているつもりか、お前」
慌てて零した弁解は、予想した通り墓穴を掘る様な言葉だったので、克哉は予め用意していた返しを
溜め息とともに妹へと投げ掛けてやる。
するとこれまた予想通り、克穂は余計に混乱し出し、終いにはクレープを手にしたまま俯いてしまった。
それだけではまだ羞恥を殺しきれないのか、克哉の胸に頭をぐいぐいと押し付け、顔を隠そうとしている。
その行為自体が3人の視線を更に鋭くさせている事など、彼女が察せる訳も無く。
克哉は彼女の頭をポンポンと撫ぜてから、苛立つ3人の様子が愉快で堪らないとばかりに肩を揺らして笑う。
そして、彼女ととても良く似た動作で、口の端に移されたクリームを、綺麗な獣の様に舐め取って見せた。
END.
もしも祝祭に眼鏡さんが来ていたら。
と言う様な事を祝祭の果実を齧った瞬間から考えておりました。
きっと克哉さんの独壇場。こ、この舞台荒し!
克穂さんは天然子悪魔で相当性質が悪いので平気でこう言う事します。
そんで克哉さんも空気読んでる癖にわざとこうやって来ちゃいます。
そして、克穂さんが克哉さんに嫌いな物食べさせる時は口移しです。佐伯家のルール。
尻切れトンボなのは、本当にただ克哉さんを祝祭に出したかっただけだから。
その後の事なんて考えてなかった。反省はしているけど改善は出来ない。