「ヒック・・・・ヒック・・・・」
「・・・・・・・・・」
コレはどうした物か。
斎藤は、目の前で嗚咽を漏らす少女を前に、思案する。
ここは頭でも撫でて慰めるべきなのか・・・
そう、自分の手袋に包まれた自分の手を見て、心の中で溜息を吐いた。
『恋は思案の外』
「うっ・・・・ヒック・・・・っ・・・」
「・・・・・あぁ・・・・・」
未だに泣き止まない少女を前に、斎藤は途方に暮れる。
確かこの娘、赤べこで働いている娘だったか・・・
着物を見る限りその様で、斎藤は思わず常連である剣心を思い浮かべた。
・・・だが、一向に名前が思い出せない。
このままでは何も出来んと、銜えていた煙草を離してから、少女に問うた。
「・・・お前、名は」
「ヒック・・・・さ、さんじょ、う・・・つ、つば、め・・・です・・・ヒクッ・・・」
「・・・・三条燕、か」
嗚咽に邪魔され聞き取り辛かったが、取り敢えず名はわかった。
後はまぁ、赤べこに送り届けてやれば良いのだが・・・
・・・流石に、泣きじゃくる少女を連れて行くには、気が引ける。
そもそも何故彼女が泣いているかと言えば、自分にも少々非がある。
・・・・・・非と言っても、彼女の目の前で男共を伸してしまったと言う事だけ。
それがどうにも恐ろしかったらしく、其処から腰を抜かして泣き出してしまったのだ。
絡まれて乱暴されそうになっていた幼い彼女。
元より心を縛っていた恐怖が、それによって解き放たれてしまったらしい。
火がついたかの様に、大泣き。
助けてコレか・・・と少しばかり憂鬱になりもしたが、少女の恐怖を考えると何も言えない。
仕方なく、泣き止むまで待とうと傍にいてやっているのだが・・・
どうしてか、一向に、泣き止まないのだ。
「・・・燕と言ったな」
「ヒック・・・・は、はい・・・」
「怖がらせて悪かったな。驚いたろう」
少し躊躇ってから、彼女の頭をポンポンと撫でる。
すると、燕は驚いた表情を見せた後、またふにゃりと顔を歪めて泣き始めた。
どうしろと言うんだ。
斎藤が、本気で悩み出した。
「・・・・・いい加減泣き止め」
「ごっ、ごめんなさい・・・っ・・・ヒクッ・・・」
「・・・あぁ、いや、別に怒っている訳じゃない・・・」
声と顔が怖いのは生まれつきだ。
燕の肩が揺れたのを見て取り、少し焦った様にそう付け加えた。
一方の燕はようやく落ち着いて来たのか、真っ赤になった顔と眼を擦り、か細い声で言った。
「あ、あの・・・お巡りさん・・・」
「何だ」
「ご、ごめんなさい・・・助けて下さったのに、泣いたりして・・・」
「・・・いや、構わん」
「な、なんだか、安心しちゃって・・・本当に、ごめんなさい」
「・・・まぁ、無理も無い」
背丈の倍はありそうな男達に連れ込まれそうになったのだ。
怖くない訳が無い。
「・・・で、怪我は無いな?」
「は、はい!」
「そうか、なら良い・・・お前、赤べこの店員だろう」
「そ、そうです」
「・・・店まで送ってやる、また絡まれでもしたら面倒だ」
「で、でも・・・」
「何だ」
「お、お巡りさんに、これ以上ご迷惑は・・・」
燕が俯く。
まさかまた泣き始めるんじゃないかと、斎藤が少し訝しげに見遣った。
だが、ただ単に遠慮をしているのだとわかると、つっけんどんに返す。
「コレも仕事だ」
「あ、は、はい・・・・ごめんなさい」
「謝る事は無い」
「は、はい・・・」
「・・・行くぞ」
斎藤が、座っていた階段から立ち上がる。
燕も慌てて、それに続こうと立ち上がったのだが・・・
「あっ」
「!」
途端、燕の身体がグラリと揺れる。
予想していなかった斎藤は一瞬止まるが、すぐに彼女の軽い体を受け止めた。
「あっ、あの、ごめんなさい・・・!」
「・・・怪我は無いんじゃなかったのか?」
「・・・・そ、その・・・・」
燕の様子がおかしい。
どうやら、先程男達に絡まれ転んだ際、足を捻ったらしかった。
それに気付き、斎藤が溜息を吐く。
「怪我をしているなら素直に言え」
「ご、ごめんなさい・・・」
「・・・・まぁ良い。診療所が近くだ。まずそこに行くぞ」
「あ、あの、平気です・・・!」
「良いから来い。俺が店の者達にどやされる」
「あ・・・・は、はい」
自分に迷惑が掛かる。と言えば、優しいこの少女は言う事を聞く。
少し学習した斎藤は、歩けない彼女をさっさと抱えた。
「きゃあ!?」
「歩けんだろう」
「だ、大丈夫です、あの・・・その・・・」
「あまり時間を取りたくない」
「・・・は、はい・・・」
・・・確かに言う事は聞く。
が、コレはコレで少々罪悪感が残る物だと、少しばかり躊躇いを覚えた。
「・・・・で、こう言う事になるのか・・・・」
そう言う斎藤は、結局警察署に来ていた。
いや、最初は診療所に行ったのだ。
・・・診療所に燕を運んだまでは、良かった。
だが、燕を託そうと思っていた恵が、回診中で不在との事。
玄斎もおらず、流石に誰もいない中、勝手に入る訳にも行かない。
どうせこんな事だろうとは思ったと、斎藤が煙草を消してから包帯を手に取った。
「ホラ、足を見せろ」
「は、はい・・・」
ソファに座った燕が、俯いたまま、捻った部位を見せる。
そこは少しだか、赤く腫れていた。
「じっとしていろ」
「はい・・」
答えはするが、顔は上げない。
少し疑問に思い見てみると、耳まで赤くなっていた。
照れているらしい。
何を照れる事があるんだか・・・と、斎藤は呆れに似た気持ちで彼女を見た。
「っ」
「じっとしていろ」
「あ、ご、ごめんなさい・・・///」
小さな素足を手に取ると、ビクリと彼女の身体が揺れる。
だが斎藤は淡々と1つ告げるだけで、事務的に包帯を巻いていった。
「だが、何故あんな所に1人でいた?」
「え・・・えっと・・・お散歩に・・・」
突然の斎藤の質問に、燕は戸惑いながらも答える。
彼女がいたのは、薄暗い神社の近く。
一体何をしていたのか、気になっていたのだ。
「散歩?・・・あんな所をか」
「は、はい。・・・あそこは、静かで・・・好きなんです」
「・・・だが、気をつけておけ、今日みたいな目に遭うぞ」
「はい・・・」
燕が素直に頷くのを見てから、斎藤は再び作業に取り掛かる。
奇妙な沈黙が、2人しかいない室内に満ちた。
「・・・・よし、コレで良い」
「あ、ありがとう御座いました!」
「いや・・・」
包帯を巻き終わり、斎藤が箱を片付けながら言う。
燕は相変わらず俯いたまま、礼を述べた。
「そ、その・・・な、何かお礼を・・・」
「いらん」
「そ、そんな事を言わずに、あの・・・」
「別に良い。仕事だ」
「で、でも・・・」
「・・・兎に角、店に戻るんだろう」
「は、はい・・・」
珍しく食い下がった燕だったが、やはり取り付く島の無い斎藤。
オドオドと困惑する燕をまたさっさと抱え、歩き始めた。
「あ、あの。その・・・」
「良いからじっとしていろ」
「・・・は、はい・・・」
やはり強く言われると何も返せないのか、不服の表情をしたまま抱えられる燕。
斎藤は、チラリと彼女の顔を見たが、何も言わずに部屋を後にした。
「あ、あの・・・この辺りで・・・」
「ん?・・・・あぁ」
暫く、お互い無言のまま道を辿っていた時、燕が控えめに告げた。
見れば、もう赤べこはすぐそこで、そろそろ人通りも多くなって来た。
流石にあまり大勢の前で、彼女を抱えている訳にも行かない。
斎藤はそっと彼女を下ろすと、相変わらず無機質に忠告した。
「これからはあまり1人で行くな、次は俺が通り掛かるとも限らんぞ」
「は、はい・・・本当にありがとう御座いました・・・あ、あの・・・」
「じゃあな」
「あ、あの・・・えっと・・・」
燕が何か言いたそうに言葉を詰まらせても、斎藤は振り向きもせず、来た道を戻ってしまった。
「・・・・・・・・・・」
燕は、周囲の視線を集めているにも関わらず、呆然とその場に立ち竦む。
せめて、お礼がしたかったのに。
名前もわからない警官に、燕はそっと、手を口元に当て、彼の顔を思い浮かべた。
近づけた袖から、ふわりと煙草の香りがした。
END.
引かないで下さい。
好きなんですよこの組み合わせ・・・!!
作中では全く接点ありませんがね!!
なんだろう・・・斎藤さんには、燕ちゃんとの触れ合いで・・・
何と言うか、心の穏やかさを持って欲しいなぁと。
そして燕ちゃんは、憧れと恋の狭間で、ドキドキしてて欲しい。