「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」



燕が、神社の階段に座り込み、息を整える。


弁当箱は、走った所為で、少し傾いていた。















『恋は思案の外2 後編』















「・・・・・・はぁ」



漸く、息が落ち着いた。

だがいざ冷静になると、唐突に訪れる後悔。



折角、会えたのに。



せめて、迷惑かも知れないが、弁当だけでも渡せば良かった。

突然逃げて、嫌な印象を与えなかっただろうか。



もやもやと、頭の中に先程の光景が浮かぶ。



「・・・・・・・」



そう言えば。

と、燕が落としていた視線を上げた。



あの人に会ったのも、この神社だと。



1人では来るなと言われたが、何故か、来てしまった。

だが、どうしても、ここが落ち着くのだ。

静かで、少しだけ薄暗い神社は、心を癒してくれる。



「・・・・・お弁当・・・・・」



手に持ったままの弁当を見る。

走った所為で傾いた弁当。

どうしよう、自分で食べようか。

・・・何とも、寂しい。


だが、無駄にする訳にも行かないし・・・と


「・・・・・・・・・・・」





ポロ。





そう思った瞬間、燕の瞳から涙が1つ零れた。






「・・・ぅ・・・・・っ・・・・ひっ・・・・」






渡したかった。






どうして自分はこうなのだろうと、自身を責める。


もう少し勇気があれば。

もっと言葉を伝えられれば。


早起きして作った弁当を、ちゃんと渡せたかも知れないのに。

例え食べて貰う事が出来なくても。

・・・もしかしたら、渡せていたかも知れないのに・・・




そう考えると、何だか悲しくなり、涙が次から次へと流れ出る。








・・・・ふわりと、煙草の香りがした。








え。と思う間も無く、呆れた様な声が掛けられた。











「また泣いているのか。良く泣く奴だな」











恐る恐る顔を上げると、そこにはやはり、煙草を銜えた警官・・・斎藤の姿。


燕は、涙が流れている事も忘れ、斎藤をじっと見つめた。


「ふぅ・・・」


煙草の煙を軽い溜息と共に吐き出しながら、燕の隣に腰掛ける。

燕は驚いた様子で、ずっと斎藤を見ていた。


「此処へは1人で来るなと言ったろう」
「あ・・・ご、ごめ・・・なさい・・・」


涙の所為で、上手く話せない。

ああ、どうして自分は肝心な時にダメなのだ、と。

また自分を責めると、涙が新たに零れ落ちた。

それに、斎藤は煙草を地面に落としてから、なるべく怖がらせない様に問うた。


「・・・で、何だ。俺に用事だったのか?」
「・・・・・・・」


コクリと燕が頷く。

それと同時に、涙がポロポロと零れた。


「どうして逃げた」
「あ、あの・・・・その・・・・」
「・・・・俺の顔と声が怖いのは、生まれつきだと言っただろうが」
「あ・・・は、はい・・・」


どうせ、自分が怖かったのだろう。

そう察した斎藤は、額を押さえながら燕に言ってみる。

燕は、はっと口を押さえた。


「あ、あの・・・ご、ごめんなさい・・・その、迷惑だと思ったから・・・」
「迷惑?・・・何をしに来たんだ?」
「そのっ・・・・・・その・・・・・・」


燕が口篭る。

だが斎藤は、何となく予想がついていた。





彼女が持っている、荷物。





大方、自分への何かなのだろう。と。


「・・・それが、どうした」
「えっ・・・」
「それだ。お前が持っている物だ」
「えっと・・・・コレは・・・・」


斎藤の言葉に、燕は慌てる。




だがすぐにぐっと唇を噛み締めると、それを斎藤に差し出した。




「?」
「・・・お、お巡りさんに・・・」
「俺に・・・か」


やはり。と、思ったが、口には出さなかった。

顔を真っ赤にして俯いている少女に、言う事ではない。


「・・・で、コレは何だ」
「お、お弁当です!」
「・・・・弁当?」
「あ・・・・あの、先日のお礼に・・・・ご迷惑だとは、思ったのですが・・・・」
「いや・・・迷惑ではないが・・・」


礼はいらんと言った筈だが。

そんな考えが一瞬脳を過ぎるが、それも、言うべき事ではないだろう。

そう簡潔に片付けながら、その弁当を受け取る。


瞬間、ほっと燕の顔が安堵に緩んだ。


「あ、あの・・・」
「何だ」
「えっと・・・その・・・お、お巡りさんが、お蕎麦屋さんから出ていらしたので・・・
 もう、お昼は・・・・・・そ、その・・・・・・」


燕が、心配そうに問う。


昼を取った後に弁当を渡すのは、やはり気が引けたのだ。


だが斎藤は、軽く鼻を鳴らすと、すっと立ち上がる。


「蕎麦一杯で腹は膨れん。安心しろ」
「あ・・・・あの、あ、ありがとう御座います!」
「フン」


燕も立ち上がり、嬉しそうに頭を下げる。

斎藤は興味無さそうに、目を逸らすだけだったが。


「・・・で、まだここにいるのか」
「え?・・・あ、いえ、もうお店に戻ります」
「そうか・・・俺ももう署に戻る。途中まで送ってやろう」
「で、でも・・・」
「何だ」
「・・・・いえ、あの・・・・お願いします」


断る理由も無い。

何も、店まで送ると言った訳ではないのだ。

そう思い直し、燕は素直に頷いた。


「・・・だがその前に、目を拭け」
「あ・・・・ご、ごめんなさい!」


涙の溜まった彼女の眼を指しながら斎藤が言う。

燕もそれに気付き、慌てて目を擦った。


「全く・・・人から逃げておいて、泣きべそ掻いているとはな」
「ご、ごめんなさい・・・」
「・・・謝る事じゃない」
「ご、ごめんなさい・・・・あ」
「・・・・・・・まぁ、良い」


謝るのが癖なのだろう。


勝手にそう自己完結し、斎藤はさっさと道を歩み始めた。


燕もその後を追う。






斎藤の歩幅が、少し狭まった。
















「あら燕ちゃん、嬉しそうやねぇ」
「え、そうですか・・・?」


店に戻った燕に、妙が声を掛ける。

彼女の顔は晴々としており、手に持っていた弁当も無い。

きっと渡したい相手に渡せたのだろうと、妙も嬉しい気持ちになった。


「うふふ。良かったねぇ、渡せて」
「あ、は、はい・・・」
「ふぅん・・・それで、その人誰やったん?教えてくれん?」
「あっ・・・!」


妙の言葉に、燕が思い出した様な声を上げる。


「??どないしたん、燕ちゃん」
「・・・・・・・・・・」


燕が、ふっと俯いてしまった。

心配になった妙が覗き込むと、燕はポツリと言葉を零した。






「お名前・・・また、聞き忘れちゃった・・・」













「おや、藤田警部補・・・お昼は蕎麦屋で取らなかったんですか?」


一方の警察署では、斎藤が弁当を広げている光景が珍しかったのか、部下が訊ねて来ていた。

だが斎藤は何も答えず、さっさと弁当の包みを解く。


「わ。美味しそうなお弁当ですね・・・奥さんからですか?」
「うるさい。お前はとっとと持ち場に戻れ」
「え、あ、はい・・・!」


相変わらず不機嫌そうな声で返され、部下が慌てて部屋を後にする。


漸く静かになったのを見て、斉藤が改めて弁当の中を見た。


随分と彩りの良い、繊細な弁当。


あの少女らしいと、斎藤は軽く思ってみた。




「・・・・・・・・・・・」




実を言えば、そんなに腹は減っていない。

何せ蕎麦を食した後だ。

然して大きな弁当ではないが、やはりどうにも辛い。




「・・・・ふぅ」




1つ、疲れた様な溜息を吐くと、一緒に包まれていた箸を手に取り




「・・・・頂く」




律儀に手を合わせてから、丁寧に盛られた弁当に箸をつけた。




























END.


優しい斎藤さんもたまには良いじゃないですか。
そして手を合わせてお弁当を食べる斎藤さんは劇的に似合わないと思った。