「おい緋村」



剣心は、珍しい男に声を掛けられた。


余程意外だったのか、その声に異常なまでに早く振り向く。


そこには、いつも顰め面の、宿命の好敵手。















『恋は思案の外3』















「さ、斎藤・・・」


突然何事だ。と、剣心が見開いた目で問う。

何せこんな平和な中で話し掛けられたのは初めてと言って良い。

まさか何か面倒事でも抱えているんじゃないかと、少々警戒までした。


「何を構えている」
「お前が声を掛けて来る時は、ロクな事が無い」
「ほぅ・・・」


剣心の失礼な言葉に然して反応を返さず、斎藤は煙草の煙を吐き出しながら言った。


「丁度良い所で会った。ちょっと頼まれろ」
「?何を・・・」
「コレだ」
「!」


ヒュッ。と、何かが投げ付けられる。



反射的にそれを受け取り見ると、何やら見覚えのある包みだった。



「・・・・・コレは」
「返しておけ」
「ま、待て!誰にだ!」


さっさと踵を返す斎藤を、剣心は慌てて止める。

いや、誰の持ち物かはもうわかってしまったのだが、それでも認めたくない気持ちがあった。


「あぁ・・・赤べこの娘だ」
「ど、どっちの・・・?」
「・・・燕とか言う娘の方だ」
「・・・・・・・・・」


・・・認めたくないのに、アッサリと答えを突き付けて来た斎藤。


返事を返さない剣心を気にもせず、後ろを向いたまま一言だけ告げる。


「ついでに」
「?」
「・・・美味かったと伝えておけ」
「は?」


訝しげな声を上げた剣心だったが、斎藤は用件だけ押し付けるとすぐに去ってしまった。






残された剣心は、信じられない様な気持ちで包みを見る。






コレは、昨日燕が持っていた、警官への礼。




それを、斎藤が持って来たと言う事は




「・・・・・助けてくれた警官・・・・・は」




やはり、斎藤。




・・・少し目の前が暗くなった。














赤べこへの道。


剣心は考えてみる。


まぁ斎藤は警官だし、普段はその残忍性も形を潜めている。


目の前で事件があれば介入するであろうし、燕が何かに巻き込まれていたのならそれは当然だ。


燕の性格から考えて、礼をわざわざ用意するのも・・・わかる。



だが、剣心が不安に思っていたのは、その事ではなかった。






「・・・・大丈夫なのか・・・・」






昨日彼女は、斎藤の・・・警官の話をした時、確かに顔を赤らめていた。

それは見知らぬ者の前で涙を見せた羞恥の赤面だと信じたい・・・

信じたいのだが・・・まぁ、自分ももう30近い。

年頃の娘が恥を感じているのか、それとも淡い想いを抱いての赤らみなのか・・・



それくらい、雰囲気でわかる。



よりにもよって斎藤か・・・と、剣心は額を押さえたい気持ちでいっぱいになった。






それにしても、斎藤が。と、剣心は思う。

斎藤が、燕が泣き止むまで傍にいたり、怪我の手当てをするなぞ考えてもみなかった。

しかも運んでやったと。

自分がいたならどう言う風の吹き回しだと、思わず訊ねていたかも知れない。



それくらい、剣心にとっての斎藤は、優しさとは掛け離れた所にいる存在なのだ。



限りなく優しい少女と、限りなく冷酷な男。



一体何がどうなっているんだと悩んでいる内に、赤べこへと着いてしまった。







「・・・失礼する」







しかたない。と、意を決して戸を開けると、客はいなかった。


どうやら、まだ開店したばかりらしい。


おや珍しい。と入り口の所で止まっていると、妙が奥から顔を出した。



「あら、緋村さんやないの。お1人?」
「あ、いや・・・実は、燕殿に用が・・・」
「燕ちゃんに?わかりました。ほな、座って待ってて下さいね」
「忝い」


勧められた席に座ると、妙がパタパタと小走りで奥へ戻って行った。

燕を呼びに行ったのだろう。



その通り、少しばかりしてから、燕がオドオドと顔を見せた。



「あ、いらっしゃいませ、緋村さん・・・・あ、あの」
「ああ燕殿、すまんでござるな」
「いえ。・・・あの、それで・・・」
「まぁ、こちらに」


自分の向かいへと座らせ、剣心が苦笑いの様な表情を浮かべながら、包みを燕に渡した。


「頼まれたのでござるよ」
「あっ・・・。あの、ありがとう御座います」
「いや・・・礼には及ばぬ。本当は、本人に持ってこさせるのが一番なのだが・・・」
「いえ・・・お巡りさんも・・・その、お忙しいと思うので・・・」
「ま、まぁ・・・」


確かにアイツは警部補だ。忙しいのだろう。

・・・普段何をやっているかなぞ知る由も無いが。

と、剣心は何処と無く苦い感情を感じながら思った。




奇妙な沈黙が下りていたその時、燕が控え目に、剣心に訊ねた。




「あ、あの・・・」
「ん?」
「その・・・緋村さんは、お巡りさんの事を知っているんですか?」
「え?・・・・・ああ、斎・・・・・藤田の事か」


思わず斎藤と呼びそうになり、止める。


彼は新撰組の斎藤一ではなく、警部補の藤田五郎なのだから。



・・・・・慣れない呼び名だが、致し方無い。



「藤田・・・さん・・・」
「あ、ああ、そうでござるよ」
「藤田さん・・・と、仰るんですか・・・」
「・・・燕殿、1つ良いかな?」


ぽぽっ。と顔を赤らめた燕に、何かの危機を感じた剣心が、少し慌てて問う。


「はい」
「あー・・・そのー・・・燕殿は、その斎・・・藤田の事を、どう思う?」
「え?」


思わぬ質問に、燕はキョトンと目を丸くした。

その様子に剣心も、流石に直球過ぎたかと反省した。

・・・が、他に聞きようが無いのだ。


「あの・・・どうって・・・?」
「あー・・・ホラ、アイツの顔とか雰囲気とか・・・その、怖いとかは思わので?」
「えっと・・・そうですね・・・最初は、とっても怖かったんです・・・けど・・・」
「けど?」
「あの。・・・私を怖がらせない様に、気を配って下さったり・・・
 それに・・・・・怒っているんじゃなくて、あの様子が普通だとわかったので・・・」


にこにこと嬉しそうに言う燕に、剣心はむやみやたらに斎藤を殴りたくなった。

いや、そんな事をしたら殴り返されるのがオチだろうが。

それでも何となく、色々と。

大体怖がらせない配慮とは何だ。笑顔でも見せてやったのか。



そう考え、自分も斎藤の笑顔を思い描こうとしたが、あの意地の悪い笑みしか出て来なかった。



多分脳が拒否したんだろう。と勝手に結論を出していたら、再び燕が問うて来た。


「あの・・・・」
「ん?」
「その、藤田さんは・・・何か言っていましたか」
「え?」


不安そうな燕に問いに、剣心は少しわたわたとしながらも、思い出す。







『・・・美味かったと伝えておけ』







斎藤は去り際、こう言っていた。


・・・何となく、彼女が斎藤に渡した物の正体がわかったが・・・


・・・・・今は彼女の問いに答えようと、そのままを伝えた。


「あぁ、美味かったと・・・」
「そ、そうですか・・・良かった・・・」


ほっと胸を撫で下ろす彼女に、剣心は思い切って聞いた。


「燕殿、付かぬ事を聞くが・・・藤田に渡したその包みは、もしや、弁当でござるか?」
「あ、はい。そうです」


サラリと返されたその答えに、剣心は項垂れたくなった。


弥彦も、燕に手作りの弁当なぞ貰った事が無い。


それが、あの、斎藤。


彼に渡しているとは・・・流石に思わなかった。


「そ、そうでござるか・・・」
「でも、良かった・・・食べて貰えて・・・」
「あはは・・・燕殿の弁当ならば、いくらでも食えるでござろう」
「そ、そんな・・・・」
「まぁ、アイツも、普段昼餉は蕎麦で済ませているから、偶には良いのではござらんか?」
「そうなんですか?」
「ああ、確か」
「・・・そうですか・・・」


燕が、何か決心した様に包みを見る。



その様子に何か感じたが、まさかなと思い直し、剣心が席を立つ。



「突然すまなかったでござるな」
「あ、いえ!あの、届けて下さって、ありがとう御座いました・・・」
「いやいや、礼には及ばぬよ」
「あら緋村さん、もう行かれるんですか?折角お茶淹れましたのに・・・」


妙が、お盆に2つの湯呑みを乗せて現れる。

それを見た剣心は、少し躊躇ってから、ゆっくり腰を下ろした。


「あぁ、ありがたいでござるな。・・・では、茶を頂いてからお暇するでござるよ」
「ええ、そうなさって下さい」




湯呑みを1つ手に取り、それを口に含む。




燕の方を見ると、嬉しそうに頬を染めて、空になった弁当の包みを見ていた。


















ドンッ。




「っ」


歩いていた斎藤の背に、衝撃が走る。


何事だと振り向くと、そこにいたのは先程用を頼んだ剣心だった。


「・・・何だ」
「お前、きちんと赤べこに行っておけよ」
「フン」


煩い。と、視線だけで言う斎藤に、剣心は呆れた溜息を吐く。


「兎に角、礼くらいは言っておけ」
「ああ・・・わかったわかった」
「・・・・・・・全く、燕殿も、こんなのの何処が良いんだか」


ボソリと言った剣心に、斎藤が怪訝そうに見遣る。


「何だ?」
「いいや、何でも。兎に角、行っておけ」
「・・・ああわかったわかった。昼にでも行くさ」
「そうしろ。・・・あと」
「まだ何かあるのか」


珍しく話す剣心に疑問を覚えつつも、斎藤が次の言葉を待つ。






「燕殿がまた弁当を作って来たら、ちゃんと受け取れよ」






それだけ言うと、剣心はさっさと背を向け、何処かへ歩いて行ってしまった。



斎藤はその言葉に一瞬訝しげな表情を浮かべたが





「・・・フン」





すぐに煙草の煙を吐き出すと、赤べこの方角へと足を進めた。




























END.


緋村さんは別に燕ちゃんに好意を寄せてる訳じゃないですよー。
ただ、あんな純粋な少女(10歳?)が陰険惨忍男(35歳?)に惚れるのが・・・
まぁ、その・・・やめとけよ。って思ってる訳です。
私も思う。やめとけよ。