背に突き刺さる、1つの視線。


何だと見遣れば、それはバッと慌てて俯くのだ。


そして自分がまた前を向けば、また背に当たる、少女の視線。


斉藤は、溜息を吐いた。















『恋は思案の外4』















「・・・・・・・・・おい」
「は、はい!」


先程、剣心に言われ、赤べこへと赴いた斉藤。

まぁ別に理由も無いが、昼に丁度良いと思ったまでだ。


だが、食事所の割りに、飯に集中出来ない。


穴が空くほど、見詰められているのだ。


「・・・茶を頼む」
「あ、は、はい!ただいま!」


じっと見詰めていた斉藤に話しかけられ、燕が慌てた声を上げる。

そして、バタバタと顔を真っ赤にして奥へ入るのを見、斉藤はまた、ふぅと溜息を吐いた。




先日、成り行きで助けた少女。

それがまた、何故こうなったのか。


礼だと、弁当を持って来た彼女。

それを強引に腹に収め、翌日、つまり今日に緋村へと渡した。

そしたらあの馬鹿が赤べこへ礼をしに行けと言うだけ言って去って行ったのだ。

・・・その後は、ずっと、この視線。


いや、見られるのが嫌と言う訳ではないのだが・・・落ち着かないのも事実。


特に、あの少女の場合。

恐れているような、何ともオドオドとした視線をやって来る。

・・・コチラの方が居た堪れない。




「あ、あの・・・お茶、お待たせしました・・・」
「ああ・・・」


燕が、そっと膳に茶を置く。

斉藤が湯飲みを持ちながらチラリと視線をやると、彼女はバッとお盆で顔を隠した。

頬が赤い。


「?・・・どうした」
「いっ・・・いえっ・・・そ、それでは、ごゆっくり・・・」


ペコリと頭を下げて、逃げる様に奥へと入っていく燕。

斉藤は、首を傾げた。


そんなに、自分は怖いだろうか。


「ふぅ・・・・」


コレでは礼も言えんと、斉藤は本日何度目かの溜息を吐いた。










(あぁ・・・どうしよう・・・また、逃げて・・・これじゃあ、お話なんて・・・)


従業員の部屋に戻った燕は、お盆を持ったまましゃがみ込んだ。

頬だけでなく、耳まで赤い。

だが顔は酷く落ち込んでいて、傍から見たら何が何やらわからぬ表情。


近くにいた妙が逸早く彼女の異変に気付き、小走りで駆け寄った。


「燕ちゃん、燕ちゃん?」
「あっ・・・ご、ごめんなさい!すぐに戻ります!」
「あぁ、ちゃうちゃう。何や、えらい顔色悪いよ?熱でもあるんと違う?」
「いっ、いえっ・・・そ、そんなんじゃ・・・だ、大丈夫です!ご、ごめんなさい!」


慌てた様子で走り去る燕に、妙は目をパチパチとさせる。

あの大人しい燕が、どうしたのだろうか・・・

コレはただ事ではないと、首をうぅんと捻ってみた。








「おい」
「あ、は、はい!」


再び、斎藤が燕に声を掛ける。

斎藤は至って普通に呼んだつもりなのだが、燕の反応はやや過剰。

相変わらず変な娘だと、斎藤は呆れた様に彼女を見た。


「・・・勘定を頼む」
「は、はい」


斎藤の言葉に、燕が勘定場へと立つ。

そして預かった代金を確認している所に、また、冷めた声。


「・・・おい」
「!は、はいっ」
「・・・そう怖がるな・・・」
「い、いえ、あの、怖がってる訳じゃないんです・・・ご、ごめんなさいっ」
「だから、謝るなと言ったろう」
「あ・・・・は、はい」


斎藤の冷静な返しに、燕は少し深呼吸をしてから頷いた。

それを見て、話を進める。


「・・・先日は悪かったな」
「え?」
「・・・弁当だ。手間を取らせた」
「い、いえ、そんなっ!わ、私が勝手に・・・その、えっと・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・たっ、食べて下さって・・・あ、ありがとう、ございますっ!」


律儀に、そして勢い良く頭を下げる燕。

その瞬間、お約束と言うか何と言うか。


ゴンッ。と言う綺麗な音が、勘定場の台に響いた。


「いっ・・・・」
「・・・・・・・・阿呆」


頭を押さえて悶えている燕に、ふぅと溜息を吐く斉藤。

やれやれと、その骨張った手で彼女の頭を撫でてやった。

手袋越しに伝わる、彼女の繊細な髪の感触。


「あ・・・あ、あ、あ、あのっ・・・」
「どうした。額だけでなく、顔まで赤いぞ。熱でもあるのか」
「いっ、い、いえっ・・・ち、ちがっ・・・」
「?・・・まぁ、良い。気をつけろ」
「は、はい・・・ありがとう御座います・・・」


羞恥と、斎藤に撫でられた照れと、緊張。

その所為で顔の赤みは更に増しているが、燕はそれどころではなかった。

兎に角勘定を済ませ、ばっと斎藤へ向き直る。


「?何だ」
「あっ、あの・・・その・・・も、もし、宜しかったら・・・なんです、けど・・・」
「・・・・・・・・・」
「そ、そのっ・・・こ、今度、また、お店がお休みの日に・・・えっと・・・」
「・・・・・・・・・」


パクパクと、何かを言いたそうに口を動かしながら、斎藤を見詰める。

それを見て、つい先ほどの好敵手の言葉を思い出した。






『燕殿がまた弁当を作って来たら、ちゃんと受け取れよ』






まさかアレが何かを吹き込んだのか。

・・・いいや、その線は薄い。と言うか、確実に無い。


さっさと自分の思考を無表情で打ち消し、燕の言葉を待った。


「えっと・・・・ま、また、お弁当を、作っても良いですか・・・っ?」
「・・・・・・・・」
「あ・・・・そ、その、ご、ご迷惑・・・・ですよね・・・・あの・・・・」


答えない斎藤に、燕はしゅんと俯く。

まだ何も言ってないだろうが。と視線で言ってみても、この純粋な少女は察知しない。

あの馬鹿との視線会話に慣れ過ぎたか。

そう十時傷の男を再び思い起こしつつ、小さい肩を更に小さくしている燕に答えてやった。


「・・・・勝手にしろ」
「えっ・・・」
「章午までに持って来い。それまでに来なければ、蕎麦屋に行く」
「は、はい!必ず持って行きます!」
「・・・フン」


パァッと。

それは華の様に愛らしく。

天道の様に眩しく笑った少女に、斎藤は少し目を眇めながら、店の戸に手を掛ける。





「ふ、藤田さん!」





斎藤の手が止まった。


「・・・俺の名、緋村にでも聞いたのか?」
「あ、は、はい・・・あの、藤田さん・・・」
「何だ」
「そ、その・・・ありがとう御座います!」
「・・・・ああ」



輝く笑顔に、斎藤は一言返すと、今度はさっさと店を後にした。




勘定場に残った燕は、満たされた気持ちで、いつまでもその戸を見詰めている。

心は妙に踊り、気分は晴れやかだ。

高揚感の所為で、額の痛みは気にならない。


だが、彼に撫ぜられた部分は、奇妙な程熱があり、手の感触がまだ残っていた。


「・・・・・・・・・あ」


そんな中、何だか視線を感じ、ふと周囲を見る。




今思い出したが、ここは店の中。

しかも、客の数もそれなりに。


それなのに、1人で慌てたり、額をぶつけたり、弁当を作るだの何だのと・・・


そう、全てをしっかり認識した途端、ボッと彼女の顔から湯気が昇る。




そして、それはそれは恥ずかしそうに、そそくさと従業員室へと駆け込んで行った。



























END.


一応、一通りの流れは終了。
出会いと2人の関係と手作り弁当が日課になるまでの経緯。
緋村の予想はビンゴ。伊達に歳喰ってない。

あ、個人的設定ですが、赤べこの定休日は水曜。
公式で定休日って決まってない、よね・・・?(不安)
いや、日曜にしようと思ったけど、飯処は稼ぎ時だしなぁ・・・
警官も一応公務員だから、日曜、いない?とか思ったので、こうしました。