ゴロリ。
と、隣に黒い塊が寝転がる。
第三の眼を持つこの黒い塊は、一言も発さずに、我が物顔。
挨拶もなければ、何をするでもなく、ただ、好き勝手な事をしていくだけ。
いつもの事なのだけれど、今日は何やら様子が違った。
「・・・・・・・・・・・・」
「何してんだい、さっきから」
あまりに気になり、問うて見る。
すると、黒い塊・・・飛影は、あたしを睨む様に振り返った。
転がりながら、耳を異常に掻き毟っている。
珍しいその仕草。
何か虫でも入ったのだろうか。
「・・・聞こえない、耳が」
「・・・・アンタ、耳掃除してるかい?」
「?・・・別に」
妖怪には、あまりそう言う習性が無いのか。
・・・まぁ、風呂も知らず、川で行水するような男だから、不思議ではない。
だが如何せん、不衛生だ。
「ったく・・・しゃあないねぇ」
呆れた様にそう言い、あたしは腰を上げる。
飛影は寝転がったまま、眼だけであたしの姿を追った。
そして、すぐ近くにあった細い棒を手に取り、再び同じ位置へと戻る。
「ホラ」
「・・・?」
「貸してやるから、とっとと掃除しな」
「何だ、コレは」
・・・やはり知らないのか。
あたしが渡した棒、耳掻きを、不思議そうに見つめる赤い眼。
年端も行かぬ小僧の様で、少々面白い。
「そのひん曲がってる先で、耳の中を掻くんだよ」
「・・・・・・・・」
言われた通り、飛影が耳掻きを使い始める。
・・・しかし、どうにも危なっかしい。
力が強過ぎる。鼓膜を破る気だろうか。
見ていられなくなり、思わず飛影の手から耳掻きを引っ手繰る。
突然のあたしの行動に、飛影は不満そうにこちらを睨んだ。
「何だ」
「ったく下手糞だねぇ・・・ちょっとこっち来な」
「・・・こっち・・・?」
「あたしの膝の上に、頭乗っけろっつうんだよ」
そう言われ、飛影は数瞬キョトンと目を丸くする。
けれどすぐに、言われた通りあたしの膝に頭を乗せ、寝転がった。
「じっとしてるんだよ、鼓膜ぶち破っても知らないからね」
「・・・・ああ」
やけに素直。
少々訝しく思いもしたが、眠そうな声から、ただ反抗するのが億劫だったのだろうと察する。
まぁ、大人しい事に越した事は無い、とっとと済ませてしまおう。
「・・・・・・こそばゆい」
「そーゆーモンなんだよ」
「・・・・そうか」
微かに身動ぎをし、そう漏らす。
初めてされるのであれば、そう感じるかも知れない。
だが、これ以上強くした所で、傷を作るだけだ。
さっさと柔く掃除をしてやるが、別段そう汚れてはいない。
元々身体の造りから違う訳だから、あたし等と何が如何違っても何ら不思議ではないが。
聞こえ辛かったのは逆の耳だったか。
そう考え、逆を向いて貰おうと声を掛ける。
「飛影、こっち向きな」
「・・・・・・・・・・」
「・・・おい」
「・・・・・・・・・・」
答えが無い。
一体何だと顔を覗き込んで見れば、何とも穏やかな顔で眠っている。
一瞬で眠りこけられるとは、羨ましい物だ。
だが横を向いて貰わない事には、この行為を終わらせる事が出来ない。
「よ・・・っと」
「っ!?」
強引に腕を引っ掴み、グルリと身体を引っ繰り返す。
その衝撃で流石に眼が覚めたのか、飛影が不機嫌そうに見遣って来た。
「・・・何だ」
「こっち向かしたんだよ。逆の耳が出来ないだろう」
「・・・・そう言え」
「言ったけれど、アンタが起きなかったんだろ」
言ってやれば、飛影は何か言いたげに黙り込む。
静かになった内に、とっとと逆側の耳を覗いて見た。
・・・・これは、聞こえなくなる筈だ。
「馬鹿だねぇ、アンタ」
「・・・何がだ」
「耳。怪我したまんま放っておいたろ。血がベッタリ固まってるよ」
「・・・ああ・・・昨日、一発喰らったんだった・・・」
既に眠そうな声で答える飛影。
一発喰らった・・・それで、耳の中が裂けたのだろう。
大量の血が張り付き、塞いでいた。
そりゃあ、聞こえる筈も無い。
「コレ取りゃあ、元に戻るさ」
「・・・・・・・ああ」
相当眠いらしく、もうハッキリと声を発していない。
コイツは一日何時間寝れば気が済むんだ。
あたしの所に来ると、大体寝るか、何か食うか、あたしに覆い被さるだけ。
とっとと魔界に戻って、パトロールの仕事でもして来りゃあ良い物を。
「・・・・ホラ、取れたよ」
ベリッ。と少々痛そうな音を立てて、血の膜が剥がれ落ちる。
それを外に捨て、飛影に声を掛けてみれば・・・
「・・・・くー・・・・」
返って来たのは静かな寝息。
さっさと魔界で仕事をして来いと叩き起こそうとも思ったが・・・・
「・・・・本当、こうしてると、たんなるガキだねぇ・・・・」
あたしの膝で、安心しきって眠る寝顔が、何だか妙に愛らしく。
後30分くらいは、童の様に甘え眠る事を、許してやろうと思った。
日常の中の、何気無い晴れの日の、昼の事。
END.