午前5時。
しっかり制服を着込んで、キッチンに仁王立つ。
・・・何してるんだろう、私。
『狐の弁当』
切っ掛けはの一言。
本当に、何て事ない一言。
『俺さぁ、彼女の手作り弁当とか憧れんだよなー』
の一言。
・・・その所為で、私は早起きを強いられた。
それは作れって事?って聞いたら、作ってくれんの!?だってさ。
あんな嬉しそうな顔で言われたら、嫌とも言えない。
私も彼女な訳だし、手作り弁当くらい作ってあげられる。
だからまぁ、軽い気持ちで・・・明日作って来てあげる。なんて。
本当、軽い気持ちで言ったんだけど・・・
実を言うと、料理と言う料理をした事が無い。
人間になって16年間。
その前も入れれば1000年以上。
・・・妖狐だった時は勿論、料理なんてしない。
腹が減ったらその辺の木の実だの妖怪だの引っ手繰って食えば良い。
人間になってからだって、学校の料理実習とか・・・そのくらい。
米は研いだ事ある。
野菜を切った事はある。
だけどちゃんとした料理とか、そう言うのは無い。
・・・・いや、お弁当だから、ほとんどチンなんだけど。
お米だって、夜中にスイッチ押したから炊けてるし。
・・・これで炊けてなかったら笑いものだ。
うん。大丈夫。良かった。
しかしまぁ、私は何でこんな一生懸命になってるんだろうかと。
キッチンに勇んで立った瞬間、思ってしまった。
良いんだけど・・何だか、奇妙だ。
コレが恋すると言う事なんだろうか。
男の為に何かしてあげたいなんて、妖狐の時は考えられなかったんだけど。
・・・まぁ、悪いモンじゃないか。
さて、献立は何にしよう。
と、冷凍庫の中身を調べてみる。
・・・、何が好きで何が嫌いなんだ。
・・・嫌いな物が入っていたら、無理にでも食べて貰おう。
バランスだって考えなくちゃいけないし。
あるもので作るから、そんな選んでらんないし。
ガサリと冷たい袋を手にとって見ると、マカロニサラダ。
・・・・コレで良いか。
あとは・・・ウインナーと玉子焼きは自分で作るとして・・・
林檎も入れようかな。確か何個かあったから、1個くらい使っても良いだろう。
それと、プチトマト。
よし、オカズはこれで良い。・・・ちゃんと作れるかどうかは置いて。
コレは後でチンするとして、早速フライパンを暖める。
油を敷いて、その間に材料を取り出しておいた。
何だか変な高揚感がある。
慣れない事にチャレンジしているからだろうか。子供か私は。
・・・・高校1年。16歳。・・・・子供と言うか、ヒヨッ子も良い所だ。
そんな事を考えながら、まずウインナーを切る。
タコ型にしようと思ったら早速足がもげた。
・・・タコ?いや、タコって事にしておこう。
4本の足が3本になっただけだ。
いかにも作り物な、赤いウインナーがコロコロとフライパンに転がる。
何だか可愛らしくて、菜箸で更に転がしてやった。
それを繰り返して、遊ぶ。
・・・・・・こんな事してる場合じゃない。
自分の分も、この後作るんだ。
私のは別に、全部チンで良いんだけど。
今度は玉子焼き。
私は甘めの方が好きだから、砂糖を少し多めに使う。
・・・・これで砂糖と塩を間違えるなんて古典的な失敗したらどうしよう。
大丈夫だろうけど。したら笑える。いや笑えない。
もう1個のフライパンで焼いていたら、何だか歪な形になった。
慌てて整えたけど・・・ちょっと焦げた?
いや・・・大丈夫。このくらいなら、大丈夫。
文句言われても気にしない。
マカロニサラダも解凍して、プチトマトも洗って乗せて。
最後に、ウサギ型にしようとしてちょっと失敗した林檎を入れて、オカズは完成。
さてと、ご飯の方はどうしようか。
単なる白いご飯?
ふりかけでも掛ける?
海苔でも貼り付けようか。
ゴマでも掛けておこうかな。
そう考えながら、調味料置き場を探る。
そこに、ちょっと気になる物があった。
桜田夫。
名前だけ見ると男らしい感じだけど、可愛いピンクの・・・何だろう、調味料・・・・ではない。
まぁ、ふりかけみたいな物。
甘くて、結構好き。
あぁ、コレで良いかなと、それを手にとって・・・ふとまた止まる。
ハート型とかにしてみようかな。
そう自分で考えた瞬間、思わず噴出した。
私は一体どうしたんだろうか。
男への手作り弁当に奮起しているだけでもおかしいのに。
桜田夫でハート型?
あの悪党が、妖狐蔵馬が、何を考えているんだ。
・・・とか思ってみるけど、どうにもやってみたい。
まぁ、人間でなくては出来ないのだ。
今しか出来ない事なのだ。
ちょっとやってみても、良いだろう。
別に飛影や黄泉が見ている訳でもない。
・・・とは、恋仲なのだし。
折角、春から想っていたのが実ったのだし。
何だか色々と理由をつけて、敷き詰めた白米の上に、慎重に桜田夫を乗せる。
そうでもしないと、恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
そうして出来た、手作り弁当。
・・・初めてにしては上出来じゃないか。
玉子焼きは少し歪だけど。
タコウインナーの足がもげてるけど。
ウサギ林檎に、悪戦苦闘の跡が生々しく残っているけど。
・・・ご飯の上のハートが、やたら大きくなったけど。
・・・・・・良いよ。大丈夫。
それだけ好きって事にしておいて。
・・・それも恥ずかしいけど。
・・・ああ、もう良いや、包んじゃおう。
それで、私の分のお弁当と、ついでに朝ご飯を作ろう。
・・・何だか、無駄に緊張している気がするけど、気にしない。
その後、起きてきた母さんが私の作った朝ご飯を見てすごく嬉しそうだった。
・・・これからは、もっと朝ご飯を作ってあげよう。
「はい。お弁当」
お昼休み。
中庭で、に作ってきたお弁当を渡す。
彼は一瞬キョトンとしてたけど、次の瞬間目を輝かせていた。
「マジ!?作って来てくれたんだ!!」
「・・・これ見よがしに言ってきたのは誰?」
「あははー、でも本当に嬉しいって!!サンキュー南野!!」
・・・そんなに喜ばれると、何だか照れ臭い。
と言うか、申し訳ない。
後でガッカリされたらどうしよう。
「じゃ、早速・・・」
「え、もう食べるの?」
「・・・もうって、今昼休みじゃねぇか」
「そう、だけど・・・」
何と言うか、心の準備と言うか。
いざ目の前で開けられると・・・何とも・・・。
とか思ってる間に、もう開けてるしねコイツは。
「おー!うまそう!」
「・・・喜ぶのは、食べてからにしてね」
コレで塩と砂糖間違ってたら笑えないんだから。
玉子焼き焦げたし。
タコは足もげたし。
ウサギはウサギじゃなくなったし。
・・・・・と言うか、ハートについては反応なし?
「・・・・・ねぇ、」
「いただきまーす。・・・・え、何?」
「・・・いいや、何でもない。食べて」
「ん。いただきまーす!」
が玉子焼きを箸で摘む。
口に放る。
何だかその少ない動作に、やたら緊張した。
「・・・・・・・・どう?」
「うまい!・・・けど甘くねぇかコレ」
「・・・・甘いの嫌いだった?」
「いや、嫌いじゃないけど、ただ思っただけ。うまいよ」
「・・・良かった」
その一言に、どっと疲れに似た安堵が襲う。
に告白した時みたい。
本当、どんな妖怪と対峙するより緊張するなぁ・・・なんて。
・・・人間の生活に慣れ過ぎたのかな。
今A級妖怪とか出て来たら、思わずびびりそう。
「・・・どーした、南野」
「え?・・・何でも無い」
「ふーん・・・弁当作るのに早起きして、眠いんじゃねーの?」
「誰の所為?」
「・・・俺でーす」
ジト目で睨んでやれば、は目を逸らしながら返して来る。
ちょっとだけドキドキした。
その後、何だか会話が続かなくて、お互い黙々とお弁当を食べる。
時折チラリとを見ると、その度綺麗にオカズが減っていて、何だか嬉しかった。
・・・でも、ちょっと気になる事が。
「・・・」
「んー?」
「・・・・どうしてハート、よけてるの?」
「えっ・・・・」
オカズは綺麗に食べてる。
ご飯の、白い部分も綺麗に食べてる。
・・・でも、桜田夫の・・・ハートの所は全く崩れてない。
「・・・いや、何かさぁ・・・」
「・・・・・嫌だった?」
「いやいや!違う違う!寧ろ嬉しいってか何てーか・・・」
「・・・そう?」
だったら、何で?
「・・・・お前が作ってくれたハートだし・・・壊したくねーなぁ・・・なんて・・・」
・・・・・コイツは。
「・・・・・馬鹿」
「ば、馬鹿とか言うなよ・・・こっちも結構恥ずかしいんだって」
「・・・・良いけど」
「・・・てーか、お前だって、こんなデカデカとハートとか作ってんじゃねーか」
「・・・・・だって好きだから」
「・・・・・・ばっ・・・馬鹿!恥ずかしいっての!!」
「ホラ、君だって馬鹿って言った」
「・・・・・はい」
・・・何だろうこの遣り取り。
もう、お互い馬鹿だなぁ・・・。
・・・・でも何か暖かいのは、恋してる所為なんだろうか。
あの妖狐蔵馬が、変わった物だ。
「・・・なぁ南野ー」
「何?」
「次からハートやめろよ。壊すの勿体無いからさー」
「・・・次からって、明日も作るの?」
「えっ・・・いや、いつかで良いって!ンな眠そうな顔、毎日見てらんねーよ」
「・・・・・・・・・そんな眠そう?」
確かに早起きしたけど・・・そんな表情に出てるかな。
いつもは、結構誤魔化せるんだけど・・・。
慣れない事したし、口に合うか緊張したし。
そう言った意味では疲れてるか。
「・・・じゃ、毎週月曜日に作って来てあげる」
「お、マジ!?やったー。毎週週明けが憂鬱じゃなくなるなー」
「単純な事言わないの」
「何だよ、そんだけ嬉しいんだぜー?」
「・・・・ありがと」
・・・何だか物凄く照れ臭い。
悪い気はしないんだけど、照れ臭い。
「あー、崩しちゃった」
「崩さないと食べられないでしょ」
「わかってんけどさー。・・・あーあ、お前のハート、崩したくねーなー」
「・・・馬鹿」
箸でピンクのご飯を摘みながら、が言う。
そこまで惜しまれると、何だかこっちまで恥ずかしい。
・・・さっきから照れたり恥ずかしがったり、私も忙しいな。
でもまぁ、仕方ない。恋してるんだから。
END.
初々しいと言うより単なるバカップルになった。
まぁ、いつも戦い戦い戦いと忙しい蔵馬さんですから・・・
南野である時くらい、恋愛に現を抜かしていても良いんじゃないでしょうか。
何だか南野さんがクールデレみたいになってるけど気にしない。