南野が、電話で呼ばれて早退してから、連絡が無い。
・・・外は、曇り。
『狐の困惑-前編-』
「・・・どーしたんだろ・・・」
南野。
今日、授業中に南野に電話が来たらしく、担任から呼び出しがあった。
南野さん、ちょっと。って呼ばれてったから、詳しくはわからない。
ただ、血相変えて教室に戻って来た南野は、慌てて鞄を引っ手繰ると、
そのまま教室を駆け足で後にしてしまった。
・・・それきり、だ。
あんだけ慌てた様子だったんだから、そりゃ何かあったんだろうけど。
やっぱ、気になる。
連絡も出来ないくらいバタバタしてんのかな。
きっと、そうだろう。
多分落ち着けば向こうから連絡来るだろうし。
だからいくら気になっても、こっちからは連絡出来ない。
・・・何度も何度も、今にも泣き出しそうな空と、ベッドの上の携帯を交互に見つめる。
どっちに先に動きが見えるかと思ったら、先に動いたのは空だった。
「・・・雨か・・・」
最初は数滴ポツポツと窓に当たる程度ったのが、瞬く間にマシンガンの様に打ち付けて来る。
ありゃま、こーりゃ大雨だ。
気まぐれにテレビをつけてみれば、丁度夕飯時に流れる天気予報。
各地で大雨注意報、明日の昼過ぎまで続くそうだ。
やだなぁ、明日学校行く時も降ってんのかな。ただでさえ憂鬱な登校が更に憂鬱に。
・・・南野は、傘持ってんのかな。
テレビから視線を外して、もう一度外を見て見る。
雨足は、数分前よりも格段に強くなっていた。
もう、家に帰ってると良いんだけどな。
そう思いながら、再びテレビに視線を戻す。
携帯は、まだ鳴らない。
結局ニュースも終わり、その後に続くバラエティなんかをぼーっと見続ける。
でも内容なんか頭に入らなくて、脳内を占めるのは南野の事のみ。
ホント、何があったんだろ・・・。
南野、大丈夫かなー。
雨は相変わらず強いけど、濡れてないかな。
・・・やっぱ、こっちから連絡したらアレだよなぁ・・・。
・・・メールだけなら、大丈夫かな・・・。
まぁ、メールなら邪魔にならないよな、うん。
後で暇な時に見てくれれば良いだけの事だし・・・そうしよう。
よし。と決意し、ベッドの上で放置されていた携帯を引っつかむ。
瞬間。
「うぉ!?」
着信音が鳴り響き、思わず飛び退く。
びびび、びっくりしたぁ!!
突然鳴るんだもんよ。いや、鳴ってくれて良いんだけど!
流石に掴む瞬間に鳴られたらそりゃ驚くよ。
・・・いやいや、そんな事言ってる場合じゃない。
・・・誰からだ?もしかして、南野か?
そう期待して、携帯を開く。
やっぱそうだ!南野だ!
ディスプレイに表示された名前に気分が明るくなる。
良かった良かった、メールしなくて。
ナイスタイミングだと通話ボタンを押し、携帯に耳を押し当てる。
「おう、南野か?」
『・・・・・・・・・』
「・・・え?」
聞こえて来たのは、南野の声。
・・・でも、その声は、酷く沈んでいた。
「・・・ど、どうした?南野」
『・・・・・・どうしよう・・・どうしよう・・・!』
「お、おい?南野!?」
明らかに様子がおかしい。
何か、すごく混乱してる。
震える声で、どうしようと繰り返している。
南野のその様子に、兎に角何があったのかを聞き出す。
「どうした、何があった?」
『か、あ、さん・・・母さんが・・・!』
「お、落ち着け!おい、南野、今何処にいるんだ!?」
『こ、う、えん・・・病院の、前の・・・』
「病院の前の公園、だな!?今すぐ行くから、待ってろ!!良いな!」
か細くうんと答えた南野の声を聞いてから、携帯を切る。
そのまま、お袋に出掛けて来るとだけ告げ、傘を手にして外へと飛び出した。
雨は、さっきよりも酷くなっていた。
公園につくと、そこには南野がいた。
こんな夜の雨の中じゃ、誰もいやしない公園。
その中で1人だけ、傘も差さずに立ち尽くす、赤い制服に赤い髪。
その様子が酷く儚げで、今にも消えてしまいそうなくらい弱々しくて。
俺は転びそうになりながらも南野へと駆け寄った。
「み、南野!傘持ってないのかよ!?ったく、ビショ濡れじゃねーか・・・!」
「・・・」
「・・・何が、あったんだ?お袋さんが・・・って・・・」
俺の傘に入れてやり、ポタポタと水滴を零す南野に問いかける。
俺を見上げて来る緑の目は、不安と恐怖に揺れていた。
・・・俺に正体を知られた、あの瞬間みたいに。
「・・・母さん・・・パートの最中、に・・・倒れて・・・」
「え・・・」
「・・・もう、病気が大分進行してるんだって・・・」
「・・・」
「このままじゃ危ないって・・・治らないって・・・もう・・・長くない、って・・・」
最後の方は、ほとんど聞き取れなかった。
南野が、泣き出してしまったから、嗚咽に埋もれて聞き取れなかった。
・・・でも、話なんて、大体わかる。
・・・南野のお母さんの病気は・・・治らない。
そう、言っていた。
「っ・・・この、まま、じゃ・・・っ・・・もう・・・っ」
「南野・・・」
「どうしようっ・・・私、何も恩返ししてないのに・・・!何も返してないのに!
私の事・・・騙して育てて貰って・・・愛して貰って・・・なのに・・・っ!」
「・・・」
泣きじゃくって叫ぶ南野に、俺は何も言ってやれなかった。
ただ、ただ、震えるその濡れた細い身体を、抱き締めてやるくらいしか。
・・・そのくらいの事しか、出来なかった。
だって、何も言えない。
大丈夫だよ、とか。何処も大丈夫じゃないって話だし。
きっと良くなるよ、とか。医者が治らないって言ってんだ。
・・・慰めるなんて、出来やしない。
ただ雨の中、泣いてる彼女を無言で抱き締め続けた。
どれだけ泣いてただろう。
どれだけ抱き締めてただろう。
不意に、南野の声が止んだ。
泣き止んだのか。と、彼女の顔を見る。
泣き腫らした真っ赤な目が、痛々しかった。
「・・・南野、大丈夫か?」
「・・・うん・・・ごめんね、ありがとう」
「いや、俺は良いんだ。・・・それより、お前だよ」
「・・・私は、もう、大丈夫・・・ちょっと、混乱しちゃって・・・」
「無理もねぇよ」
実際、突然母親が倒れて、もう治りません、長くありませんなんて言われたら。
誰だって混乱するし、泣きじゃくりたくもなる。
1人で黙って抱え込まれるより、ずっと良かった。
「・・・どうする?俺ん家来るか?1人だと、余計しんどいだろ」
「・・・・・・ううん、大丈夫」
「南野・・・」
「・・・やらなきゃ行けない事が、あるから・・・」
「・・・え?」
南野の言葉に、思わず聞き返す。
やらなきゃいけない事。
・・・お母さんが入院するから、その荷物を持って行ったり、とか?
・・・いや、そんな事、きっともう終わってるだろう。
何せ昼過ぎに早退してこの時間だ。説明を受けてから動いたって夕方には終わるだろう。
・・・なら。何だ?
・・・何でか知らないけど、嫌な予感がする。
咄嗟に、南野の腕を掴む。
「・・・なぁ、南野・・・」
「・・・・・・」
「な、何?」
突然腕を掴んだ俺に、南野はロクな反応を示さない。
それどころか、ゆっくり、やけに静かに、俺を見つめて呼んで来た。
涙に濡れる、赤く腫れた目は、もう揺れてなかった。
「・・・私、何をしてでも、母さんを助ける」
「な、何をしてでも・・・って」
「・・・満月の夜に、願いを叶えてくれる鏡がある。・・・それを使えば」
「え?・・・え、な、何?願いを叶える鏡?そんなの持ってんのか?」
唐突に始まった南野の話について行けず、問い掛ける。
でも南野はそれには答えずに、落ち着いた様子で話を進めた。
「・・・満月の夜に願いを叶えてくれる鏡・・・それがあれば・・・」
「お、おい、なぁ、その鏡ってなんなんだ?」
「・・・ごめん・・・急がなきゃ・・・満月に間に合うように・・・」
「え・・・お、おい!?南野!?」
南野が俺の腕から離れ、突然走り出す。
それを慌てて追いかけようとしたが、南野自身に止められた。
「・・・、来ちゃダメ」
「・・・南野・・・?」
「・・・・・・ごめんね、心配掛けて・・・でも、もう大丈夫・・・」
「お、おい・・・南野・・・?」
「・・・今までありがとう。大好き。・・・ばいばい」
「!?み、南野!!」
雨の中、こっちを振り向いて笑った南野。
・・・また、泣きそうな顔で。それでも笑って。
・・・今までって何だ。
ばいばいって、何だ!?
ただの日常的な別れの挨拶だと信じたい。
でも、絶対にそうじゃなかったと、何処かで確信していた。
その日から、南野の姿を見る事はなくなった。
NEXT.
例の暗黒鏡回。
志保利さんが倒れて取り乱す南野さん。こっちの南野さんは精神的に脆い。
そして主人公はまだわかってないので漠然と不安。
後編に続く。