南野の姿を見なくなって1週間。


今日は、良い天気だった。







『狐の困惑-後編-』









「はーぁ・・・」


あれから、南野は学校に姿を見せない。

携帯にも、勿論出ない。

担任が言うには、お母さんの世話で暫く学校を休むと連絡があったそうだ。


でもきっと、そうじゃないんだろう。


あの時の南野の言葉。


今までありがとう。

ばいばい。


・・・きっと、あれは・・・。



「・・・はぁ・・・」


何度口を開いても溜め息しか出ない。

まだ2限目なんだけど、授業なんか一切頭に入らない。
今日は良い天気だし、教室に篭ってるのもかったるかった。

ぼーっと窓の外を見つめていると、耳に届いたチャイムの音。

2限目の終了を告げる鐘の音だ。

宿題やっとけよー。と言う教師の言葉を右から左に聞き流し、鞄を手に取る。


そして隣の席の友人にフケるとだけ言い残し、まばらに人が出歩き始めた校内を後にした。









学生服を着込んだまま、向かった先は・・・病院。


一応、花とか買ってみたんだけど・・・平気かな。
まぁ具合悪い時に食いモン持ってってもアレだしな。飾れる方が良いだろ。

・・・て事で、南野のお母さんが入院している病院に来た。

会った事もないんだけど。
いきなり来て、驚くよなぁ・・・。
娘さんの彼氏です!って言えば良いのか?いや、南野が内緒にしてる可能性も・・・。
・・・まぁ、誰であろうと見ず知らずの奴が見舞いに行く訳だから、どっちにしても驚くか。

受付の看護婦さんに病室を聞き、エレベーターで向かう。

今日南野のお母さんのお見舞いに来る決心をしたのは・・・。
まぁ、勿論病状が気になるってのもあるけど・・・。


・・・南野が、いるんじゃないかと、期待してたから。


学校は休んでても、きっとお母さんの様子は毎日見に行ってるだろう。

何時に行ってるのかわからない。
もしかしたら心配させないように、学校が終わるくらいの時間に合わせてるかも。
だから、こんな午前中じゃいないだろうとは、頭の何処かで思ってるんだけど・・・。
・・・それでも、何か情報が掴めたら。
今何処にいるのかわかったら、と、思ったのだ。


花を持って、普段用の無い病院の廊下を歩く。


病室の名前と番号を注意深く見ながら歩いていくと、目当ての名前を見つけた。


『南野 志保利』


・・・ここだ。

すぅっと息を吸い、吐く。深呼吸をした所で緊張なんて収まらないけど。
それでも気休め程度に何度か深い呼吸を繰り返し、いざとばかりにコンコンとノックをした。

すぐに返って来る、優しい声。

『どうぞ』
「し、失礼します」



ガラリ。

ドアを開ける。



そこにいたのは、黒い髪と、黒目がちな優しい目をした、40歳くらいの女の人だった。

・・・この人が、南野のお母さん、か・・・。


一方南野のお母さんは、見ず知らずの男が入って来て相当驚いてる・・・


かと思いきや、まぁまぁと言いながら微笑んで迎えてくれた。


「まぁ、貴方は・・・」
「あ、寝たままで良いですよ!」
「大丈夫、今日は大分体調が良いの」
「そ、そうですか・・・?」


辛そうな体を支えてやりながら、花を置き、勧められた椅子に座る。

あ、自己紹介しなきゃ。と思うよりも先に、南野のお母さんが言い当ててくれた。


「貴方・・・さん?」
「えっ!?な、何で知ってるんですか!?」


慌てる俺に、南野のお母さんはコロコロと笑った。
・・・ま、まぁ、大体予想はつくけど・・・。

「ごめんなさいね、娘の秀香から、お話を聞いてるのよ」
「あ・・・あぁ、なるほど、やっぱり・・・」
「ええ、いつも貴方の自慢ばかりで、ふふふ」
「あ、あはは・・・て、照れますねー」

南野の奴、一体何を話したんだ。
自慢て何だ自慢て、俺何かした事ありましたか南野さん。

「あ、えーと、もうご存知みたいですけど・・・その、です。
 そ、そ、その、秀香さんとは、その・・・お、お付き合いっつーか・・・」
「ええ、いつもありがとうね」
「いえ!こ、こっちこそ・・・」

既に俺が言わなくたってわかってるんだろうけど、自己紹介はしないとな・・・。
・・・結局名前しか言えなかったけど、まぁ、いっか。

「えっと、その・・・お体の方は・・・」
「ええ、今日は何だか具合が良くて。娘の彼氏さんがいらっしゃるからかしら?」
「え!?そ、そんな!あはは・・・で、でも、具合良いなら、良かった」

辛い状態の時にお邪魔しても申し訳ないし。
少なくとも座った状態で朗らかに話せるくらいなら、まだ大丈夫なんだろう。
明るい様子のお母さんにほっとし、一番気になっている南野の事を聞く。

「そう言えば、南野って毎日来てるんですか?」
「秀香?ええ、毎日顔を見せてくれるわ。
 疲れてる様子だから家でゆっくりしてって言っても、毎日」
「そう、なんですか・・・」

取り合えず南野は毎日顔を見せているらしい。
一応、無事でいてくれる事がわかり、無意識に溜め息をついた。

「秀香が、どうかしたの?」
「へ!?いいいいえ、何でも!ただ、アイツ何か抱え込んじゃうトコあるから、あははは」
「・・・そうね。そうなの」
「・・・え」

俺の明らかに取り繕った笑いに、お母さんは悲しそうに呟いた。
思わず、顔をじっと見つめる。

「・・・秀香、何だか思いつめたような顔をしていたから・・・」
「・・・思いつめた?」
「ええ、何を聞いても、母さんは身体を治す事に専念してって、何も言わないの。
 此間も、お母さんの体は絶対治るから、何も心配しないでって・・・」
「・・・何も、心配しないで・・・」

南野の言葉に引っ掛かりを覚える。

それではまるで、確実に治ると確信している様子じゃないか。

しかも、心配しないでって言いながら思いつめてるって、嫌な予感しかしない。

きっと、お母さんの方も何か不安に思う所があるんだろう。
俺に、何か知らないかと聞いてきた。

「秀香、何か言ってなかったかしら・・・」
「・・・俺も、気になってるんですけど・・・」
「・・・そう」

お母さんは、俺の答えに少し残念そうな顔をした。
でも次の瞬間、膝の上に置いていた俺の手を、点滴の刺さった手でそっと握って、こう言った。


「・・・秀香はね、ずっと良い子で、一度も親である私に我儘や文句も言わないで、
 私の事を、ずっと、気遣ってくれていたの。・・・今も、きっとそう。1人で全部抱え込んで。
 ・・・でも秀香、貴方には全部話せるんだって、嬉しそうに言っていたの。・・・だから。
 だから・・・どうか、秀香を・・・娘を、お願いします」


きっとあの子、今頃、1人で辛い思いをしているわ。


お母さんの言葉に、俺はただ、頷くしか出来なかった。

















ぼーっと、窓の外を見る。

先週は雨だったなー。と、最後に見た南野の姿と重ねて思い出す。

すっかり夜も更けた真っ黒な空には、いくつもの星がキラキラと輝いていた。


「・・・明日も晴れかなぁ」


コレだけ空が綺麗ならば、明日もきっと晴れだろう。

明日の朝、太陽が覗いたら、南野もヒョッコリ顔を覗かせてくれねーかなぁ。

なんて。



・・・そんな事を考えていた時、ふと目に入った物。



「・・・月も綺麗だなぁ」



現国の授業で習いそうな台詞を呟きながら、空に浮かんだ月を見る。
黒い空の中で一際目立つ、そこだけくり貫いたようなまんまるの白銀のお月様。

・・・まんまる。

・・・満月。



・・・満月?



そのキーワードに、1週間前の記憶がぶわっと蘇る。


あの時南野が言った言葉。


あれ、あの時、何て言った・・・!?




『満月の夜に願いを叶えてくれる鏡・・・それがあれば・・・』


『急がなきゃ・・・満月に間に合うように・・・』


『・・・今までありがとう。大好き。・・・ばいばい』




「っ!」




嫌な予感がする。

胸騒ぎがする。


アイツはお母さんを治す為なら何でもすると言っていた。

更に、満月の夜に願いが適う鏡。

そして、別れの言葉。


・・・それがどう言う意味なのか、ちゃんとはわからないけど。




「・・・!」




いても立ってもいられず、脱ぎ散らかしてあったジャケットだけ羽織る。

そしてそのまま、何も言わずに部屋を飛び出した。




間に合え。間に合え!!


きっと、南野は何か危ない事をするつもりだ!

この1週間、その為に姿を見せなかったんだ。
何か『願いを叶える為』の準備をしていたんだ。

普通に済むなら、危なくないなら、俺に言ってくれても良かった筈だ。

じゃあ何で何も言わずに消えた?

それはきっと・・・!




息を切らしながら、昼に来た病院へと駆け込む。

病室は覚えている。

受付けの看護婦に告げ、極力急ぎ足で病室へと向かった。



南野はいるだろうか。

無事だろうか。

南野のお母さんは。

大丈夫だろうか。



祈る思いで、辿りついた病室をノックした。



『はい、どうぞ』



医者だろう。男の声が聞こえる。

それに、躊躇わず病室の扉を開けた。



そこには。








「南野・・・!」

「・・・?」








紅色の髪に、赤い制服。

綺麗な顔の・・・俺の彼女。


そして、顔色が明らかに良くなって、微笑んでいる、お母さん。


その2人を見た瞬間、安堵のあまり身体から力が抜けそうになった。


・・・良かった・・・無事だった・・・。


「み、南野・・・」
「・・・


もう一度呼ぶと、南野はゆっくりこっちに向き直る。

暫く無言で見詰め合っていたが、不意に、南野の顔がくしゃりと歪んだ。


瞬間、俺の方へ駆け寄り、胸へ飛び込んで来る。


ーーっ!!」
「南野!良かった・・・心配してたんだぞ!」
「うんっ・・・うん・・・、母さん、治ったよ。治ったんだよ・・・!」
「そっか。うん、そっか・・・!ホント、良かった。良かったな・・・!」


泣きじゃくる南野を抱き締めながら、俺まで涙ぐむ。
はずい。とも思ったけど、そんな事より嬉しさの方が何倍も大きかった。
南野のお母さんは、優しい微笑みで俺達を見つめている。


暫く、大泣きしてる南野と抱き合いながら、2人が無事だった事に感謝し続けた。











「はぁ!?じゃあその霊界ってトコに盗みに行ってたのかぁ!?」
「うん」


後日、南野から聞かされた、1週間の失踪の訳。
そして、何故お母さんの病気が突然治ったかの種明かしをされた。

・・・何コイツ、超危険な事やってやがった。
やっぱり胸騒ぎは間違いじゃなかった。

「つか、その男の子いなかったらお前死んでたんだぞ!」
「うん・・・でも、こうするしかなくて・・・」
「ばっか!そりゃ病気は治るかもだけど、お前がいなくちゃ意味ねーだろ!」
「・・・うん」
「突然娘がいなくなったら、病気治ったって嬉しくねーよ!ずっとお前の事探し続けるぞ!」
「・・・そうだね」
「それに、俺だって、お前がいなくなったら・・・」
「・・・ごめんね」

南野が落ち込んだ様子で返してくるので、コレ以上言うのも何だか可哀想になってきた。
・・・確かに、不治の病を治すにはそれしかなかったのかも知れない。
しかも病状が進行し過ぎてて猶予も無かったし。


でも、だからって、自分の命と引きかえってお前・・・。


「ったく・・・」
「でも、にはちゃんと別れの言葉を言いたかったから・・・」
「別れの言葉なんかいるか!だったらちゃんと説明しろっての!」
「説明したら止めるでしょ」
「あったりまえだ!それでも止めないなら、俺も一緒にやったね。その男の子みたいに」
「・・・ごめん」

ますますしょげてしまった。ううん・・・これ以上は責めない方が良いか?
まだまだ俺としては言い足りないけど・・・取り合えず一旦別の話にしとこう。

「・・・で?裁判はどうなるって?」
「うん、情状酌量の余地ありで、執行猶予になる見込みみたいだよ。
 更に、私を助けてくれた男の子の助っ人やれば、温情措置貰えるみたいだし」
「そっか・・・なら、お母さんの傍離れないで済むんだな」
「・・・うん」
「なら、良かったな」
「・・・うん、ありがとう」

南野が微笑んで答える。
うん、まぁそれは良いよ。で、だ。俺が言わなきゃならな事がもう1つある。


「で、だ!」
「は、はい」


俺の大声に、南野がビクンと跳ねる。
また説教されると、身構えてるんだろう。
・・・でも今度は説教じゃない、俺からの、お願いだ。

「・・・前さ、俺、言いたくない事は言わなくて良いって言ったけどさ・・・。
 流石に、命に関わる様な事は、言ってくれよ。嫌だよ俺、知らないトコでお前が
 危ない目に遭ったり、辛い思いしてるの」
「・・・・・・」
「言い辛いだろうし、俺も多分、危ないって知ったら止めるけど・・・取り合えず、教えてくれ。
 ・・・それだけは、お願いだ。な、頼むよ」
「・・・うん。約束する。ごめんね、・・・ごめん」
「もう、いーよ。約束してくれるんだろ?」
「うん。には、絶対に嘘つかないから」
「よし」


南野の言葉に、ようやく安堵する。


もう、こんな不安な思いするのはごめんだ。


「・・・じゃ、お母さんのお見舞い、行こうか。今日は何買ってこうか」
「食欲出て来たみたいだから、果物にしようかな」
「お、いーな。じゃ、スーパー寄ってこーぜ」
「うん、あ、あとね」
「ん?」


つい。と、南野が俺の手を握り、幸せそうな笑顔でこう言って来た。


「母さんが退院したら、家に来てって。ご飯ご馳走したいってさ」
「・・・そっか、楽しみにしてる」
「うん」


俺も、南野の手を握り返す。




今日も、良い天気だった。


























END.

後編。南野さんが助かったのは勿論幽助のお陰。
こうして一個ずつ秘密が減っていきます。