「・・・・遅刻だな、コレは・・・・」


人通りのやたら少ない寂れた街中。

ワイン色の髪をした男が、時計を見ながらそう呟いた。










『掴めない男』










ズズッ・・・と、重苦しい音を立て、試験会場の扉が開く。
ハンター志望者の集う、試験の入り口。

そこにいた受験生達は、一斉に男の方を見た。

皆、目が殺気立っている。
緊張が表情を覆っている。
いつ誰が気を違えてもおかしく無いようなその息苦しい空間。

そんな恐ろしい程張り詰めたその空気に触れても、ワイン色の男は眉1つ動かさなかった。
まるでそれに慣れているかの様に、フンと鼻を1つ鳴らすだけ。

そして、随分リラックスした様子で周囲を見渡す。
待ち合わせ場所で落ち合う筈だった誰かを探しているらしい。
・・・しかし、彼が捜し求める人物は見つからなかった。
何せ人数が多過ぎる。
だが、確実にもう到着しているであろうなと予想し、軽く肩を竦めてみた。

嫌な気配が、1つだけするのだ。


(・・・アイツ、もう来てるな・・・殺されるか)


少々物騒な事を考えていると、音もなく寄って来た係りにナンバープレートを渡される。

男はそれを無言で受け取り、ナンバーを確認した。





406番





それが男の番号だ。





(予想していた程の人数じゃないな・・・・)

それともこんな物なのだろうかと、男は思案する。
まぁ、試験会場への辿り着き方も限られているし、それもわかり辛い物ばかり。
仕方も無いかと自己完結し、さっさとプレートをジャケットの胸元に留めた。
コレばかりは失くす訳にもいかない。自分はただでさえ物を失くしやすいのだ。


「おや?あんたも新人だね?」
「あ?」


突然声を掛けられ、男がその人物・トンパを見やる。
別に不機嫌でも何でもないが、目つきが鋭い為そう見えると、良く他人に言われる。
トンパも例外ではなかったようで、あからさまに脅えた様子を見せて来た。

「い、いや〜・・・あんたの顔は見た事がなかったもんで・・・;」
「・・・・・ああ、別に怒ってる訳じゃない、気にするな」
「なんだそうかい?」
「・・・・あんたもって事は・・・・そっちの奴等もそうなのか?」



そっちの奴等・・・と、男はつい先程到着した少年達を見る。



それに気づいた少年は、明るい声を彼に返して来た。

「うん、そうだよ!俺はゴン、よろしく!」

人懐こそうな笑顔の少年が言う。
随分と純粋なその様に、男は軽く笑みを浮かべた。
そして、少年の差し伸べられた手に、しかりと握手を返しながら名を告げる。

「俺は、宜しくな」
「うん!さん!」

友好的に会話をする二人を見て警戒を解いたのか、少年の後ろに立っていた2人がへ視線を送る。
もその視線を受け、残りの2人へと向き直った。

「私はクラピカだ、宜しく頼む」

まず、金色の髪をした少女が彼に手を差し出す。
その手を受け取りながら、は少し思案した。
彼女の衣装は何処かで見た事がある。
確か、以前にクロロが襲い、全滅させた民族だったかと、曖昧な記憶を呼び起こしてみた。

「宜しく」

だが、あまり良く思い出せない。
別に彼女が誰であろうと自分の知った事ではない訳であるし、さっさと思考を中断した。

「俺はレオリオ、宜しく頼むぜ」

最後に、背の高い男が手を差し出す。
高いと言っても、よりは少々下であるが。
ピシリとスーツを着込んだ男を、はふぅんと見遣る。
随分優しい目をしている。サングラスで少々邪魔ではあるが、それでも。

「ああ、宜しく」

レオリオの手を取り、がザッと新人であると言う3人を見渡した。

酷く純粋な少年。
民を滅ぼされた筈の少女。
そして優しい目をした男。


ハンターには似つかわしくない、珍妙な組み合わせだ。


そう、が野性的に笑った。








「ぎゃあああーーっ!!」








新人同士打ち解け、和やかな雰囲気が流れたその時。
耳を劈くような叫びが会場中に轟いた。
全員が一斉にそちらを見る。

そこには


「アーラ不思議v腕が消えちゃったvタネも仕掛けも御座いません♪」


妖しい雰囲気を纏った女が、薄く笑いながら男の腕を消し去っていた。

顔だけなら美しい。
道化師の様な化粧を施しているが、それでもその顔は人形の様に整っていた。
けれども、生気の無いその肌色。
良心の一切感じられない三日月形の両目が、やたら不気味であった。
水色のショートヘアーを揺らしながら、女は口元を歪め愉快そうに言う。

「気をつけようね?人にぶつかったら謝らなくちゃ◆」

奇抜な、奇術の服を着て頬にメイクをしているその女。
彼女を見たトンパは、ザッ顔色を変えた。

「ちっ・・・今年もアブない奴が来やがった・・・44番奇術師ヒソカだ」

彼が言うには、彼女は前回試験官を半殺しにし失格。
そして受験生20人余りを殺害、若しくは再起不能にしたらしい。
ゴン達はその説明に冷や汗を伝わせるが、は些か微妙な表情をしていた。
呆れとも取れる。が、興味をまるで持っていない様にも安堵の様にも見える。
それに気づいたゴンが、気を使い話し掛けた。

さん?大丈夫?どうかしたの?」
「ん?・・・ああ、別に・・・大丈夫だ、何でもない」
「何だ何だ、あの場面見て気分悪くなったか?」
「いや・・・」

レオリオが笑いながらからかう。
自分も勿論、内心ビクリとしているのだが、それを打ち消すかの様に彼の肩を叩いた。
だがは相変わらず何とも取れない表情で、ポツリと言葉を漏らした。

「・・・両腕だけで済んで良かったな、アイツ」
「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

の溜息交じりの言葉に、4人の間に何とも言えない空気が充満した。








それから数分後、ようやく試験が始まった。

開始前に1人脱落者が出てしまったが、それでもほとんどは参加している。

試験官であるサトツが言うには、一次試験の内容は自身について来る事。
目的地も距離も到着時間も教えられない、言葉の響きとは裏腹に辛い試験である。

試験官に遅れまいと、受験生達が1つの塊になって走る。
まだ開始したばかりなのだから、それ程の乱れも無い。

も、折角知り合ったのだからと、ゴン達にペースを合わせて走っている。
だが彼の表情はやはり顰め面に近く、どうにも不機嫌そうに見えた。
そんな彼に、隣を走るゴンが声を掛け様とした、その時。



「・・・・・・・・あ!」
「・・・・・・・あ」



に向けて、少女の短い声が飛んだ。

その声に反応し振り向くと、も同じ様に短い声を上げる。
ただトーンは些か低く、ゴンやクラピカ達は首を傾げた。
そんな周囲の反応を尻目に、の横にその少女が並ぶ。
銀色の髪をした、ゴンと同じ歳くらいの子供。

脇にスケボーを抱えている所を見ると、先程までそれに乗っていたらしい。

さんじゃーん!!久しぶりー!!」
「・・・お前は元気そうだな、キルア」
「もち、さんこそ元気?」
「ああ、まぁな」

キルアと呼ばれた少女が、顔が年相応な無邪気な笑顔でに話し掛ける。
一方のは、軽い笑みを口元に浮かべながらそれに返した。
どうやら、顔見知りであるらしい。

「あんま変わってねぇな、お前」
「それってさんもじゃないの?」
「そうか?・・・まぁガキじゃあるまいし、成長も糞もないけどな」
「アレ、それ俺が子供だって言いたい訳?」
「子供だろうが。女らしくもねぇしな」
「うっさいなー!!」
「喚くな、煩い」
「う・・・」
「ねぇねぇ!」

2人の会話が一段落ついた所を見計らい、ゴンが人懐こくキルアとに声を投げる。

声を掛けられた2人は、同じ様な動作でゴンを見遣った。

「何だ」
「2人って知り合いなの?」
「ああ・・・コイツ個人とより、コイツの家族とな」
「ふぅーん・・・家族かぁー」

ゴンが納得した様に呟く。
その純粋な様子が物珍しかったのか、今度はキルアがゴンへと話し掛けていた。

子供同士の会話。
邪魔をする訳にもいかないかと、が少し離れる。

その際、年齢についてレオリオと口論しているのを聞き、更に距離を取った。












暗い地下を走り続ける事暫し。

ようやく明るい日の下へと抜け出し、安堵する受験生達の溜息がそこらから聞こえた。
脱落者は目立つ程ではない。相当な数の受験生が揃っている。
はそう感じながら、乱れもしない息をふぅと軽く吐き出した。


ここからまた、激しいマラソンが始まる。
そう受験生達が予感したその時、予期せぬトラブルが発生した。


自分が試験官だ、と。今いる試験官、サトツは偽者だと叫ぶ男が現れたのだ。
血に塗れた必死の様相で、忙しく舌を捲し立てる男。
片腕に猿の死体を引っ提げて、それこそマシンガンの様に。
突然の事態に、受験生達は困惑する。
そして、ザワリザワリと、喧しい声が幾つも上がり始めた。

それを見たが、また、フンと鼻を鳴らし腕を組む。

ここはヌメーレ湿原、試験官であるサトツが言うに、詐欺師の塒と呼ばれるそれ。
勿論嘘をついているのは突然現れた男。
捕まえてある猿も、どうやら生きている様子。
大体試験官を務める程のハンターが、この様な場所で、偽者に、襲われるだろうか。
しかし受験生の何人かは既にサトツに疑いの目を向けている。
この事態が収拾しなければ、試験は再開されそうになかった。

はその光景を黙って見ていたが、不意に殺気を感じ、そちらを見遣る。




瞬間




「が・・・」
『!!!』

数枚のトランプが男目掛けて飛んで来た。
突然のそれを男は避ける間もなく、そのトランプを顔面に受ける。
驚愕と苦痛を刻んだその表情に、鋭い紙切れが面白い様に突き刺さった。

その予想だにしなかった物体の出現に、受験生がざわめく。


しかしサトツは・・・・・


「・・・・」

飛んで来たトランプを全て受け止めていた。
特に取り乱した様子も無く、それをピンと指で弾き、地面へと捨てる。


途端、どよめきと困惑に満ちたその場に、愉快そうな声が届いた。


「くっく・・・なるほどなるほど♪」

そのトランプを投げた人物は、満足そうに笑っている。
先程受験生の腕を消し去った危険人物、ヒソカだ。
どうやら、本物の試験官かどうかを試す為に投げたらしい。
彼女なりの判別方法だったのだろう。

随分大雑把な判別方法だと、は呆れた様子で溜息を吐いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・クスッ◆」



瞬間、とヒソカの視線が合う。

は特に反応を示さなかったが、ヒソカは少し間を置き、妖しく笑った。

その笑みを受け、の眉間に少し皺が寄る。
不機嫌そうな彼の様子に、隣にいたゴンは心配そうに問い掛けた。

「・・・・・さん?」
「・・・・・・・・・いや、大丈夫だ」

心配するゴンに、は簡潔に返す。
だが、彼の雰囲気はそう言ってはいなかった。
それがわかり、ゴンは更にを見詰める。

「・・・・大丈夫だ、気にするな」

清流の様に純粋な目に射られ、居心地の悪くなったが改めて返す。

そしてワシャっと頭を撫でてやると、そう?と少し納得した様子でゴンが声を零した。








トラブルが収拾し、再び長いマラソンが始まる。
だが今回は深い霧の中。足場の悪い泥濘を延々と走るそれ。
先程まで快調だった受験生達も足を取られているのか、中々進んで来ない。

そんな状況の中であるからか、とゴン、そしてキルアの3人は知らぬ間に先頭を走っていた。

そして先頭を走っている有利な状況でも、足を遅める事は無い。
極力前へ、逸れない様に。
更に、先程偽試験官を殺害したヒソカから離れる様に。

それと言うのも


『・・・・・お前等、ヒソカから離れてろよ』


こうが助言した為だ。
キルアもそれに賛同し、理由のわからないゴンを連れ結局前に来た訳だが・・・・・





「ぎゃああああーーーーっ!!」





『!』

遠くの、ルートとはかなり掛け離れた場所から悲鳴が聞こえる。
どうやら集団で逸れた者達がいるらしい。
湿原を走る前、サトツは『騙されると死ぬ』と言っていた。
恐らく濃い霧の中、”詐欺師”達に騙されたのだろう。

可哀想にと、とキルアの非情な思考が重なった。


「・・・ゴン、ボヤっとすんなよ、人の心配してる場合じゃないだろ」
「・・・・うん・・・・」


心配そうな視線を後ろに送っているゴンに、キルアが忠告を送る。

クラピカやレオリオの匂いが近くでしない。
声すらもまともに聞こえない。
多分、後ろの集団に釣られて逸れてしまったのだろう。

不安が覆う心のまま、ゴンも遅れ無いように足を速める。

「・・・せいぜい、友達の悲鳴が聞こえないように祈るんだな」

キルアの、12程の少女とは思えない冷たい言葉に、ゴンは奇妙な感覚を覚えた。
冷めていると言うか、感覚がズレていると言うか。
は何も言わず、幼い子供2人の遣り取りを眺めている。

相変わらず、3人とも息は乱れていない様子だった。









「ってぇーーーーっ!!!」









「!!レオリオ!!」


直後、遠くの方からレオリオの叫びが聞こえた。

相当後ろの方。
先程悲鳴が聞こえた集団達の方。

その叫びを耳に入れると同時に、ゴンが素晴らしい俊敏さで踵を返す。

そして血相を変えたまま、風の様に騒ぎの場へと向かってしまった。
濃い霧も手伝い、すぐに彼の姿を掻き消す。
もう、ゴンの後ろ姿すら見えなくなってしまった。

今更遅いのだが、それでもキルアが手を伸ばし、彼を止めようとする。


「おいゴン!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そう呼んでみても、何も返って来ない。
サトツは先へと進んでしまった様だし、他の受験生の姿も見えない。
必死にサトツについて行ったか、あるいは別の集団として騙されたか。


そこまでキルアが思案した時、が呆れた様な溜息を吐いた。


「・・・・俺もそろそろ行くか・・・・」

そう呟きながら、もゴンの後を追い足を進めようとする。
それを、半ば信じられない様な表情でキルアが止めた。
慌てたその動作に、服を引っ張られたが緩慢な動きで振り向く。

「何だ」
「何でだよ!さん!!」
「ん?」
「あんたまであいつらを助けに・・・・・・」

彼が他人の為に動くのが余程衝撃だったのか、キルアが少々混乱した様子で問い掛ける。
その様相に、相変わらず家の教えが染み付いているなと、ある意味関心した様に肩を竦めた。


そして、自分のジャケットを引っ張る手を緩く振り払いながら、面倒そうに答えを返す。


「・・・・別にあいつ等を助けに行く訳じゃない」
「え・・・?」

意外なの返答に、キルアが疑問符を返した。

それにすぐには答えず、彼は踵を返す。


そのまま霧へと消える直前、やはり簡潔に答えを投げた。







「俺は、ヒソカを止めに行くだけだ」







そう一言残したの姿が、深い霧へと飲み込まれた。
























NEXT


実を言うとコレ、数年前に書いた奴だったりする。
しかも試験終盤まで書いたのに、パソの不具合により半数以上の話が飛んだ。
そのお陰ですっかりやる気を無くし書くのを止めたのですが・・・
連載作品『想華』も終わった事だし、ここいらでまたやってみようかと。
今のトコ不定期連載。全部話が書けたら定期連載にしようと思います。

一応メインヒロイン(?)はヒソカになります。
でも、やっぱり女体キャラが多い。
ヒソカ・クラピカ・キルア・イルミ・クロロ・・・今の所はそのくらい。
主人公も相当強かったり何だりなので、ご注意を。