「・・・・んー・・・・?」
朝であろうか。
それにしては、眩しい。
眼を閉じている筈なのに、突き刺すような白は、強く。
けれど、とても心地好かった。
『おはよう』
「起きたか、蒼鬼」
声が聞こえる。
この清浄過ぎる太陽の光に負けぬ、響く声。
ああ、天海の声だ。と、蒼鬼は夢現の中で思考する。
けれど、薄っすらと疑問に差し掛かった。
何故、天海の声が?
昨日は共寝をしただろうか。いや、していない。
だとしたら?
そう言えば、何だかやたらと眼と頭が痛い。
泣いたのだろうか?・・・そうだ、泣いたんだ。
・・・あぁ、昨日は、あの夢を見て、恐ろしくなって・・・
天海に、会ってから・・・・・・・・・・・・・
急速に、昨夜の記憶が脳裏に蘇る。
「ッ!!!」
グルン。と、世界が回転する。
唐突に開けたにも関わらず、視界は明瞭で。
今が、朝だと知った。
「・・・・蒼鬼、まだ気分が優れないか?」
「えっ・・・」
すぐに後ろから、天海の声がする。
嫌な予感がして、ギギギ・・・とゆっくり、壊れた機械の様に振り向く。
そこには案の定、昨日と同じ姿勢で座っている、天海。
昨晩、自分が恥も外聞も無く泣き喚き、膝に埋もれた時と、同じ体勢の。
悪い予感とは当たる物で、恐る恐る、挨拶も抜きに問う。
「あ、あのさ、天海・・・」
「何だ、まだ気分が悪いか」
「ち、違う!そうじゃなくてだな・・・その、さ・・・」
「?眠いなら寝ていると良い、まだ少し早い」
「そうじゃないって!そのだなぁ・・・えっと・・・」
「?眠くないなら顔を洗って来い。スッキリするぞ」
「だ、だから!!!そうじゃなくて!!」
言葉を濁す度、まるで見当違いな事を言う天海に、蒼鬼は焦る。
地団駄を踏みたい気分になりながらも、意を決して天海に聞いた。
「アンタもしかして、昨日、俺が膝借りて寝た時の、まま・・・?」
「?ああ」
「・・・ひ、一晩中・・・?」
「ああ」
「・・・一度も動かないで・・・?」
「ああ」
顔色1つ変えぬ天海に対し、蒼白と言って良い程蒼褪めた顔色の蒼鬼。
その様子に、天海は、まだ彼が悪夢から解放されていないのではと、心配そうな顔をする。
「大丈夫か蒼鬼」
「ばっ、馬鹿野郎!!そ、それはこっちの台詞だ!!!」
「?声が大きい。皆が起きるぞ」
そう言われ、ハッと口を塞ぐ。
幾ら眩しい日差しが降り注いでいるからと言っても、まだ早い時刻。
コレだけ日が強いのは、夏だからだろうと、蒼鬼はまだ何処か冷静な頭で考えた。
「それで?何が言いたいんだ?」
「えっ、な、何がって・・・何で退かさなかったんだよ、勝手に退かしてくれて良かったのによ・・・」
突然の問い掛けに、出たのは謝罪ではなくつまらない悪態。
あー、違う。と、頭を掻き毟る蒼鬼。
それを見て、一層不安になる天海。
「本当に大丈夫か?もう少し休め」
「ばっ、アンタ膝平気なのかよ!?」
「ん?ああ・・・大事無い」
「アンタのその言葉は信用ならね・・・・・・」
一瞬、固まる。
先程まで蒼鬼が枕として使っていた天海の太腿。
そこが、痛々しい程に、蒼く鬱血している。
コレは酷く腫れるのではないか。と、蒼鬼は狼狽する。
「あ、脚!ヤバイんじゃねぇのか!?それっ」
「大事無い」
「だ、だから・・・・・って、お、おい!右手!!右手!!」
「だから、声を抑えろと言うのだ」
「馬鹿!ンな事言ってる場合じゃねぇよ!!」
ガッ!と、慌てて天海の右腕を鷲掴む。
その瞬間天海の表情が痛みに歪み、蒼鬼があっと手を離す。
「わ、悪ィ・・・」
「いいや・・・気にするな」
「き、気にするって!」
改めて、天海の右手を見る。
恐らく骨が折れているのだろう。真っ赤に、少々歪な形に腫れている手首。
ボコッと出っ張っている部分もあれば、異常に曲がっている箇所もある。
見ているだけでも痛くなるその怪我に、蒼鬼は汗を流す。
そしてその痛ましい傷は、間違い無く自分が昨夜負わせた物なのだ。
「っ今、薬取って来るから!楽な体勢とってろよ!まず脚伸ばせ!!」
「いや、大丈夫だ」
「馬鹿!見てる方が大丈夫じゃねぇんだよ!!良いから脚伸ばせ!!」
「だから・・・」
「あとっ、手はあんま動かすなよ!固定するモン持って来るから!!」
「大事無い」
「一大事だってんだよ!!」
あくまで冷静な天海に、大慌ての蒼鬼。
サン=フェリペ号の朝は、ヤケに騒がしかった。
コレだけ騒いでも皆起きぬとは、余程疲れが溜まっているのだろう。
蒼鬼の雑な手当てを受けながら、天海はぼんやり考えた。
流石に、久々の徹夜は、疲労の蓄積した身体に堪える。
度々悪夢に魘され、涙する蒼鬼を慰めながらだったのだから、特に。
自分も老いたな。と、蒼い空を眺めながら、思う。
不意に、蒼鬼の手が止まった。
どうやら右腕の治療が終わったらしい。
・・・治療と言うには、あまりに粗末だけれど。
「・・・・・・・・・悪かった」
「?」
突然の謝罪に、天海が首を傾げる。
全くわかっていないその様子に、少々苛立ちつつ、蒼鬼は怒鳴るように言った。
「だから!一晩中枕にしちまったり、勝手に泣き喚いて迷惑掛けたり、右腕、折るなんて・・・して・・・」
苛立ちも、怒鳴った様な声も。
全て慙愧の念や照れから来ている事に、天海も気付いた。
仲間に迷惑を掛け、怪我を負わせた自分を、また責めているのだろうとも。
「気にするな。膝が欲しいなら、いつでも貸そう」
「・・・・るせーよ」
否定しない所を見ると、膝枕は心地好かったらしい。
清浄な霊気に守られた彼女の傍は、やはり居心地が良いのだろう。
それに、見た目だけなら若い女である。
肉や肌の柔らかさも、別格だ。
「・・・あー・・・そのさ・・・お前、暫く休んでろよ」
「何故だ?」
「な、何故って、右腕使えねー上に寝てないんだろ?だから、無理したら・・・」
「大事無い」
「アンタのその言葉、もう信用しない事にした」
「・・・そうか」
それは困った。と、然して困っていない様子で言う天海。
それに、蒼鬼は呆れつつも、ほっと安堵の溜息を吐く。
怪我をさせたのも、身体を無理させたのも、悪かった。
だが、これで、少しでもゆっくりするだろう。
いつもコイツは無茶をするからと、頭を掻きつつ思ってみた。
けれど。
「蒼鬼、私に休息は必要ないぞ」
「は?」
またしても、無茶な事を言い始める。
思わず間の抜けた声を返し、天海の方へと振り返った。
「何言ってんだ。腕もそうだけど、さっきの脚!アレ、後で腫れるんじゃねぇか?」
「見てみろ」
蒼鬼の疑問に答えず、ヒラリと申し訳程度に掛かった布を捲る。
その行為に一瞬顔が熱くなったが、次にはもう、そんな事は頭から飛んだ。
「・・・・・痣が、無い・・・・・?」
天海の見せた太腿は、あの痛々しい痣は見当たらず、真っ白な肌を覗かせていた。
蒼くも赤くもなってはおらず、蒼鬼は眼を疑う。
それを見て、天海は薄く笑いつつ、説明をしてやった。
「私の身体は少々特殊でな。これくらいの怪我なら、すぐに治る」
「っえ・・・?」
「知らなかったか?まぁ、共にいる間、然して大きな怪我もしなかったからな」
「そ、うなの、か?」
「ああ。だから、そんなに気に病むな、蒼鬼」
良く見れば、右手の動きも、実に滞り無い。
もしかしたら右腕も治っているのかと、聞いてみた。
「おい、骨は・・・?」
「ん?ああ、こちらはまだ治っていない。だが、明日にはもう完治するだろう」
「・・・・アンタ、本ッ当に謎が多いよな・・・・」
蒼鬼の疲れたような表情に、天海が微笑みで答える。
朝日の所為か、それがやたら眩しく、蒼鬼は咄嗟に目を逸らした。
「しかも、答えねぇしよ・・・・何でも聞けって、いつも言ってる癖に」
「性分だ、気にするな」
「もうアンタの”気にするな”と”大事無い”は、一切信用しねー」
「それは困ったな」
「・・・困ってねぇ癖に、良く言うぜ・・・」
あくまでペースを崩さない天海に、蒼鬼は脱力する。
先程まで焦っていた自分が馬鹿の様だけれど、大丈夫なら、それはそれで良い。
ふぅ・・・と、息を吐きながら、天海の肩へ凭れ掛かる。
天海はそれに構わず、思い出した様に言った。
「そう言えば忘れていた。・・・蒼鬼」
「んー?」
「おはよう」
今更挨拶か。
と、内心思いつつも、素直に言葉を口にする天海が妙に愛しく。
「あぁ。・・・おはよう、天海」
蒼鬼もつられて、笑いながら挨拶を返した。
眩しい日差しの降り注ぐ朝。
船の上で迎えた数回目の朝。
漸く静けさの戻った、いつもの朝が、また、始まった。
END.
もうすでに人間じゃない天海さん。
天然過ぎる。もしかしたらボケが始まっt(ry)
昨日の事覚えてて気まずい蒼鬼も、そりゃあ、気抜けますがね。