眼が覚めた。
まだ日は昇り切っていない。
それでも、2度寝する気なんて起きなくて
よっと腹筋を使い体を起こすと、途端に緊張して来た。
今日は、未来を決める日。
顔を洗う。
別に寒いって訳じゃないけど、起きたばかりの頭に良く響いた。
両手で頬を擦りつつ、顔を上げる。
ポタポタと垂れる水滴を見ても、心は煩く。
誰もいない部屋なのに、どうにも落ち着けなかった。
適当な服を被り、思う。
彼女と初めて出会ったのは、何処だったろうか。
確かそう、数十年も前の話。
暗黒武術会に呼ばれた時だったと思う。
彼女は実況アナウンサーで・・・いや、最初は審判だったか。
他の妖怪達とは違い、俺達にも好意的だった。
随分明るい奴だったしと、半世紀以上前の事を色々思い出してみた。
その頃は、まさかこんな関係になるなんて思ってもみなかった。
どうしてこうなったかは、覚えてない。
ただ知らない内に、そう、本当に知らない内に、掛け替えの無い存在になっていただけで。
掛け替えの無い存在。
そう自分で思った瞬間、誰も聞いていないのに、ちょっと慌てた。
歯ブラシを口に突っ込みながら、部屋のカーテンを開ける。
少し差し込む日差しが、そろそろ朝の近い事を告げていた。
知らず、ドキリと心臓が跳ねる。
今日なのだ。と、改めて思うと。
顔に熱が篭り、誤魔化すように頭を乱暴に掻いた。
頭はすっかり起きているのに、まだ何処かダルイ。
昨日、眠れなかったのだ。
緊張のあまり。
武術会の時ですら、睡眠はきっちり取ったのに。
自分にとっての緊張が、極端過ぎて少し笑える。
そう、軽い方向に思考を持って行っても、過ぎるのは不安と緊張。
普段会う時の様に会えれば良いけれど。
きっとそうもいかない。
公園で待っている彼女を見た瞬間、自分はきっと、顔を真っ赤にして。
それで、視線を逸らして、何を言う事も出来ず。
そんな様子が簡単に想像出来て、また、少し笑った。
彼女は困るだろう。
何も知らせていないから、特に。
彼女は優しいから、眉を八の字に下げて、俺の顔を覗き込むんだろう。
どうしたんですか?とか、心配そうな声で。
彼女を困らせたい訳じゃない。
心配なんて、以ての外。
そうさせない為にも、俺がしっかりしなきゃいけない。
・・・わかっているけれど、それでも付き纏う緊張と不安。
・・・・・断られる事は、無いと思うけど。
結果はともかく、しっかりしなければ。
それで、いつも通り、言いたい事はきっちり伝える。
それがいつもの俺じゃないか。
・・・・でも、何て言おうか、決めていない。
理由と言えば、そろそろケジメをつけたい。
とか、曖昧な関係は飽きた。
とか、色々あるけど。
それを直球で伝えるのも、女にとっては、どうなんだろうか。
・・・言いたい事はきっちり伝える。
そう思ったばかりなのに、それは早くも崩れそうだ。
かと言って、遠回しに?洒落た言い方?
・・・・・そんなの、無理に決まってる。
大体、洒落た言い方って何だ。
『俺の最期を看取ってくれ』?
・・・・・・・いや、洒落てないだろ、コレ。
つか、俺の最期って、何千年後の事だ。却下。
それよりも、渡す事ばかり考えて、その時言う事を決めてなかった俺も俺だ。
・・・・いいや、もう考えない。
どうせ今考えたって、渡す直前になれば、頭はきっと真っ白だ。
なら、どちらも同じじゃないか。
とか、無理に考えてみる。
ずっと口に含んでいた歯ブラシの所為で、口が痛くなってきた。
辛い口内を水で濯いだ後、口を拭きながら時計を見る。
朝の5時半。
彼女はまだ、寝ているだろうか。
・・・いいや、彼女の朝は早い。そろそろ、目は覚めているのではないか。
そう考え、携帯を手に取る。
これ以上時間が空くと、またいらない事を考え始めるから。
顔の熱が冷めない内に。
下らない事でグルグル悩み始める前に。
『・・・もしもし・・・幽助さん?』
「あぁ、おはよ。悪ィな、こんな早くに」
『おはよう御座います。あ、もう起きてたので、大丈夫ですよ』
「そうか・・・」
まだ少し眠そうな声。
起きていた。と言っても、今眼が覚めたばかりなんだろう。
『あの、どうかしましたか?約束の時間は、確か11時でしたけど・・・』
「あ、あぁ、それなんだけどよ・・・・・」
『?』
小兎が、首を傾げる気配がした。
一瞬言葉が喉に詰まったけど、強引にそれを吐き出す。
「突然で悪ィけど、今から出て来い」
『えっ、い、今からですか!?』
「そう、今から!」
『で、でも、まだパジャマですし、その・・・』
「30分で来い、良いな!入り口のトコにいっから!」
『えっ、あ、は、はい!あ、あの、幽助さ』
まだ何か問い掛けて来てた小兎を無視して、電話を切る。
その後、適当なジャケットを羽織って、鍵と携帯をポケットに突っ込んで。
最後に、指輪の入った箱を引っ掴んでから、ヤケクソで部屋を飛び出した。
END.
プロポーズ当日。
本当は麗らかな日差し差し込む中、公園で。
とか思ってたのかも知れないけど緊張に耐えられなかったらしい。
小兎ちゃん編に続く。