「いけません」
にべもなくピシャリと言われ、ぐぅと言葉に詰まる。
執事さんの綺麗な顔は、眉を顰めても眼を睨むように細めても綺麗だけど・・・
迫力だけは、物凄い。
でも、でも、これだけは引き下がれない!
「お願いします!お料理だけはさせて下さい!」
家には私と執事さんの2人だけ。
克哉とRさんは勿論仕事だし、一樹とカヲルは学校。
だから2人なのは当然だし、執事さんと一緒にいるのが気分が楽で過ごしやすい。
でも。
「だって、お掃除も、お洗濯も、何から何まで執事さんがやってくれてるじゃないですか!」
これだけ。これだけが、不満。
私だって一応主婦。
執事さんが来るまではこの広い家の家事全て頑張って来た。
・・・何故か部屋が汚れたためしがないんだけど・・・Rさんのお陰かな・・・。
でも、でも、執事さんが来てから、全部それをやってくれる様になっちゃったから・・・。
勿論、助かってる。すごくありがたい。それに私よりも仕事が早いし完璧。
・・・だから、私、何もする事がない。
家にいて、家事をしようとしても終わってるし。
自分でお茶を入れようと思うと同時に執事さんがお茶を持って来てくれる。
お買い物に行こうとすると、もう執事さんが全部材料を用意し終わった後で・・・。
結局一日中ぼーっとしてるか、執事さんとお話してるくらい。
それが執事さんの仕事なんだってわかってるけど、せめて・・・せめて、1つくらい・・・料理くらいは!
「だから・・・お願いです!お料理だけでも・・・!」
「いけません」
「あぅ・・・」
やっぱり同じ返答。
でも、ここでめげちゃいけない!
「わ、私、一応主婦ですよ!だ、だから、一日中家事もしないでボーッとしてるなんて・・・」
「私の仕事でもあります。それに、奥様に万が一お怪我でもさせてしまったら、旦那様に何とお詫びして良いか」
「う・・・」
克哉の事を言われると、弱い。
・・・克哉が怒ったら怖いだろうけど・・・そんなに大きな怪我じゃなければ、大丈夫なのに・・・
「じ、じゃあ、お洗濯は」
「お手が荒れます」
「お掃除!」
「埃を吸い込んでは、お体に障ります。お手を汚してはなりません」
「お裁縫・・・」
「もし針でも刺してしまわれたらどうするんです」
ああ・・・やっぱり全部却下・・・。
だ、だったら、やっぱり、残されるのは・・・!
「それなら、お料理だけでもお願いします!」
執事さんに全部任せておくのは心苦しい。
それ以上に、一樹やカヲル、何より克哉に手料理を食べて貰えないのが、悲しい。
そう訴えると、執事さんは困ったように眼を伏せてから、ふぅと溜息を吐いた。
「仕方ありません・・・それでしたら、お手伝い。と言う形で宜しいですか?」
「う・・・全部はダメなんですか・・・?」
「いけません」
でも、取り合えず一歩前進。
いつかは全部任せて貰おうと心に決意を固めながら、少し明るくなった気持ちで執事さんに聞く。
「あの、じゃあ、何をやらせて貰えますか?」
何でもやります!と意気込んで見せれば、執事さんは少し考えてから
「では、出来た料理を運んで下さいますか」
・・・って、意味なーーい!!!
「それっ、意味無いです!料理じゃないですよ!!」
「奥様にお手伝い頂く事と言えば、それくらいしか・・・」
「うぅ・・・わ、私、料理なら一応出来ますよ・・・!」
「ああ・・・いえ、そう言う意味ではなくて」
奥様の腕を信用していない訳では御座いません。
と、頭を下げながら言われてしまい、こっちが慌ててしまう。
そして、急いで頭を上げてもらう様に頼んでから、おどおどと聞いてみた。
「じゃあ・・・どうして・・・?」
「奥様に刃物を握らせるなど、とんでもありません。お怪我をなされたら大事です」
「え・・・で、でも、皮むきとかなら、ピーラーもありますし・・・」
「ピーラーと言えども刃物です。危険ですから、決して触れないで下さいませ」
どうやら、刃物関連は絶対NGらしい。
・・・だ、だったら・・・
「じゃあ、えっと、炒めるくらいなら・・・」
「火傷をなさったらどうするんです。いけません」
「で、でも、それだったら、煮物くらいなら・・・」
「誤って熱した鍋や料理にお手が触れたら同じです」
「・・・それなら・・・野菜を洗うくらいは・・・」
「冷たい水にお手を浸けては、荒れてしまいますから」
「うぅっ・・・」
結局全部ダメなんじゃない!!
と、執事さんを涙目でじっと見詰めるも、執事さんは涼しい顔を崩さない。
・・・どうしよう・・・料理でやらせて貰える事が無い・・・!
「あっ!味付け!味付けは・・・」
「私の料理では、お口に合いませんでしたでしょうか?」
「い、いえっ!そんな事!すごく美味しいですよ!」
「でしたら、味付けの方も私が担当致します」
「あ・・・」
・・・い、今、嘘でも不味いって言えば良かったのかな・・・
嘘でも言えないよ!だって、本当にすごく美味しいし・・・
って、それだと私がやる事なくなっちゃうんだってば!!
・・・こうなったら、しょうがない。
料理に近い所から徐々にお願いしていくしか・・・
「わ、わかりました!じゃあ、盛り付けとか・・・」
「もし器に移す際に、スープなどがお手に触れたら、火傷をなさいますよ。私がやります」
「えっ・・・じゃあ、お皿を用意して・・・」
「万が一食器を落として、破片でお手を怪我なされる可能性があります。いけません」
「えぇーっ!」
結局、全部・・・全部ダメ・・・!?
執事さぁん・・・と情けない声を出して抗議しても、執事さんOKしてくれない。
あぅ・・・そんなぁ・・・。
「ですから奥様は、レイアウトの方を」
「・・・うぅ」
「ああ、ですが、熱いスープや少々重さのある物は、私が運びますので」
「じゃあ本当にフォークとかしか運べないじゃないですかぁ!」
「ええ、それだけで十分で御座います」
十分って・・・最初っから、何もやらせてくれる気なんてないんじゃない・・・。
何だか物凄く悲しくなりながら、ダメ元で、最後のお願いをしてみる。
「・・・じゃあせめて・・・後片付け・・・」
小さく消えそうな声でのお願いに、執事さんはニッコリ笑って
「い・け・ま・せ・ん」
結局、私が克哉に直接お願いする事で、お料理のみ、私がやっても良い事になった。
克哉も私の手料理が食べたいって言ってくれたし、お料理中は執事さんが付きっ切りって条件で。
・・・最初からこうしておけば良かった・・・
そんな風に油断して、うっかり包丁で指を切ってしまったりすると、真っ先に執事さんに包丁を取り上げられて、
更に怪我が治るまでお料理をさせてもらえないってペナルティがつく事になったけど・・・ね。
「執事さ〜ん・・・このくらい、怪我に入りませんからぁ・・・お料理させて下さい・・・」
「いけません!」
END.
過保護執事とドジっ子奥様。
何と言う萌コンビ・・・と1人でニヤニヤしてました。
きっとセバスは主人の奥方に家事なんてやらせない。
それは使用人の仕事です!と慌てて阻止すると思います。
厨房になんぞ入って来ようものなら即追い返す勢いで。
でも結局奥様には甘いんです。そう言う妄想。秘書には辛辣です。