「・・・・・・・・・・・」
剣の様子がおかしい。
いいや、おかしいのは何時もの事だけれど。
今日は何やら黙り込み、随分難しい表情で考え倦ねている。
まぁ、何で悩んでいるのかは大体想像がつくが。
恐らく、子供の出来方について。だろう。
今日は確か、茶屋の女将にそれを聞いて来た筈だ。
女将には悪い事をしたと思うが、自分も中々、これを説明するのは難しかったのだ。
さて。聞いて来た事で、真っ赤に喚きながら帰って来ると思っていたこの弟子。
しかしどうだ。
戸を開けた時の少女の顔からは、不服。の色しか窺えなかった。
答えをはぐらかされたのか?
だが聞いてみると、一応答えは貰ったとの事。
ならばその答えの何が納得行かないのか。
流石の比古も、少々首を傾げた。
「・・・・・・・・・・・」
夕餉が済み、比古が何時もの様に月を肴に酒を煽り出す。
その間にも剣は布団に潜らず、囲炉裏を挟んだ向かいに座り、相変わらず首を捻っていた。
そこまで納得出来ないとは、一体どんな答えを貰って来たのか。
少しばかり興味が沸き、徐に剣に問う。
「剣、お前女将に聞いて来たんだろう?」
「はい」
「だったら、何をそんなに難しい顔をしている」
「・・・・・・・・・」
「そんなに納得が行かないのか?」
「はい」
比古の言葉に、しっかりと頷く剣。
それに、ほぅ。と面白そうに呟き、更に突っ込んで聞いた。
「どんな答えを貰った?」
「・・・・・・・」
剣が黙り込む。
ん?と思ったのも束の間、突然剣が立ち上がり、ヒタヒタと比古へと歩み寄った。
何をするのだろうか。
そう考えていると、剣は何を思ったか、そっと身体を比古に擦り寄せた。
「!?」
勿論、比古は驚く。
しかし剣はお構い無しに、比古の厚い胸板にぎゅっと身体を押し付け、背に細い両腕を回した。
「・・・おい」
「・・・・・・・」
声を掛けてみるも、剣は相変わらず難しい表情で考え込んでいる。
良いから離れろ。と言おうとするが、何か意図があっての事なのだろうとそのままにしてやった。
けれど、何と言うか。
この馬鹿は、頭が足りない癖に。精神は幼い癖に。
何故だか、余計な部分の発育は良いのだ。
12と言う割りに心は幼いが、身体は十分に女の色香を纏っている。
だが、まだ、何処か少女の危うさを残す不完全な女の身体は、何とも蠱惑的なのだ。
自分の身体に無邪気に押し付けられた、柔らかな膨らみの感触。
内心それに狼狽しながらも、何とか表面上は冷静に保つ。
こんな幼い少女に、娘の様な彼女に、欲を感じてどうする。
軽く自嘲を漏らし、今度こそ剣に声を掛けた。
「一体何だ。いい加減離れろ」
「ねぇ師匠」
「あ?」
だがそれには答えず、剣が不思議そうに言う。
また何か余計な好奇心を持ったのだろうか。と呆れるが、どうやら違うらしい。
黙って待ってみると、剣がやや不安そうに聞いて来た。
「・・・これで、師匠の赤ちゃん出来ちゃうの・・・?」
「は?」
そう来るとは思わなかった。
いいや、予想等出来る筈もないだろう。
大体、何故これで子供が出来るのか。
この少女は一体何を答えとして聞いてきたのか。
「・・・何言ってんだ、お前」
「え・・・・だ、だって・・・・女将さんが・・・・」
「・・・・・まず、どんな答えを貰ったんだ?」
そこが問題だ。
まぁ女将も、普通に教えるのは難しかっただろう。
きっと、濁して言ったのかも知れない。
だとしたら、この馬鹿が違う方向で意味を汲み取っている事は十分考えられる。
と、剣を向かいに座らせ、言葉を待つ。
「女将さんが・・・男と女が、身体を重ねると、赤ちゃんが出来る・・・って」
ああ、良く分かった。
比古は痛み出した額を押さえると、はぁと溜息を吐いた。
やはり、素直な解釈をしてしまっていた。
女将が言わんとする、『身体を重ねる』の意味は、もちろんそう言った意味で、だ。
けれど単純・・・いいや、純粋な剣は、それをそのまま受け取ったらしい。
そう考えると、先程の行為も納得が行った。
しかし、これではわざわざ茶屋へ行かせて聞いて来た意味が無いではないか。
まさかまた一から教えるのか。
更に痛み出した頭を押さえつつ、剣に諭す様に言う。
「・・・確かに重ねると、出来る。だが、お前の考えている意味じゃあ、ない」
「え・・・だって、身体を重ねる・・・って」
「だから、それが違うと言うんだ」
「??・・・じゃあ、どう言う意味なんですか?」
これはどうするべきか。
どう言う意味だと、何と説明するべきか。
まさか実践で教える訳にもいかない。出来る訳が無い。
仕方なく、一番手っ取り早い方法で逃げる事にした。
「・・・大人になりゃあ、わかる」
「えー!?何ですかそれぇ!!」
都合の良い大人の言い訳。
当然剣は納得が行かない。
散々引っ張られた挙句に、教えないと来たのだ。
更に加えて融通の利かないこの少女に、こんな誤魔化しは無意味だった。
「私、もう赤ちゃん出来る体なんでしょう!?じゃあ、子供じゃないです!!」
「あー、うるさい。それが納得行かねぇなら、また聞きに言って来い」
「え?・・・じゃあ、明日も修行無し!?」
「馬鹿垂れ。あるに決まってるだろうが。早目に行って、すぐに帰って来い」
「うー・・・・。て言うか、師匠が教えてくれれば早いんですってば!」
「・・・お前なぁ」
「形だけ!形だけで良いから、教えて?ね!」
ずいっと顔を近づけ、笑顔で言って来る剣。
それに軽く顔を引きながらも、却下と短く返す。
何でですかー!と怒りながらも、比古が相手にしてくれないと見ると、大人しく黙る。
そしてそろそろ眠気が襲って来たのか、さっさと布団に潜った。
漸く諦めた弟子に、比古はふぅと息を吐く。
今日も一段と疲れた。
昨日から、何だかヤケに溜息を吐いている気がする。
身体を重ねる。
12にもなってそれがわかっていないのは、ある意味珍しい。
まぁそれは、自分の所為でもあるのだが。
明日にはしっかりと意味を聞いて来て、理解して貰うしかない。
けれど。
「どうせ、明日も疲れるんだろうな・・・」
きっと、今度こそ顔を真っ赤にして喚き散らし、八つ当たって来る少女。
それを相手にしなければならぬのは他ならぬ自分だと思い起こし
一体自分はいつ休めるのだろうかと、苦い酒を溜息と共に飲み干した。
END.