頭が痛い。



身体が重い。





珍しく襲った身体の変調に、狗守鬼は知らず眉を顰める。





けれど、理由は、わかっている。


先日の仕事で、強力な浄化術に掛かったのだ。



自分は魔族の血を濃く引く種族。



清浄過ぎる気は、時に刃よりも鋭く、身体を痛めつける。


ピリリ。ピリリと、肌が少ずつ、焼けた鉄で削がれていく様な。


酷い痛み。そして熱。



一旦魔界の瘴気を取り込み事無きを得た物の、未だ傷跡として残る、頭痛と関節の痛み。



しくじったなと、1人零す。





元々父は人間だったと聞いている。

更に、幻海に霊波動の極意を叩き込まれたとも。

霊界探偵として活躍していたとも、聞いた。



それならば、多少なりとも霊気への耐性は出来ている筈。



だが、今の父は完全に魔族と化し、人間の姿を取っているも、一皮剥がせば化生である。

少しくらい遺伝子に組み込まれても良かったのではと、狗守鬼は軽く考えた。






それにしても、辛い。



顔には出ないが、それなりに、辛い。

いっそのた打ち回ってもがく事でも出来れば良いのだが。

我慢出来ぬ痛みではないから、余計に、腹立たしい。

ジリジリジリジリ。

焼けた鉄が、身体の中を掻き毟る。

その度、内臓が跳ね、何とも気分が悪い。



小瑠璃が薬を探そうかと言っていた。

けれど、霊界に、霊気を消去する薬なぞある訳が無い。

元より、霊界の民は霊気を司る種族。

妖怪対策としての薬や資料はあるだろうが、霊気があるに越した事は無い。


幻海も、強大過ぎる霊気の持ち主。

何とかして貰う事も、今回ばかりは出来ない。

それどころか、今は、近くにいて貰っては困る。

彼女の霊気は大き過ぎて、そして、清浄過ぎるから。

天なる力に蝕まれた身体では、それが、近くにあるだけで過剰に反応してしまう。

普段なら何て事は無いが、今は幻海が傍にいるだけで身体が激しく痛み出す始末。


だから、幻海は、今、近くにいない。


恐らく、部屋の方にいるのだろう。


狗守鬼のいる道場とはそれなりに離れているから、それ程反応してはいない。







また、魔界に戻ろうか。



それも何度も考えた。



けれど戻ると、また、母がうるさいのだ。

うるさいと言うか、心配のあまりに、色々と。


危険な仕事はするなとか。

怪我が治るまで大人しくしてろとか。


狗守鬼にとっては、普段から仕事が舞い込む身。


あまり、大人しくはしていられない。

それに性格上、じっとしているのは、あまり好きではないのだし。


かと言って、雷禅の要塞に戻らなければ、また忙しい。


ゆっくり身体を休める所か、勝負を挑んで来る命知らずばかり。

落ち着いて瘴気も吸えやしないし、傷も癒えない。

霊気が身体に残留している以上、ゆるりと身体を休めるしか道は無いのに。



躯の所に行けば、危険な手術者もいるし。

用途不明の水槽だって、ある。

更に躯本人が、いつだって勝負する気満々なのだ。

色々と、危険である。

怪我だの何だの言っていられない。命の方が大事だ。


黄泉の所は、今は蔵馬がいる。

志保利にこんな姿を見せたら、心配して泣くに決まっているのだし。

志保利を泣かせたら蔵馬がまた過剰に反応するだろう。

面倒事は、御免だ。





そう考えると、人間界が一番楽。


そしてここは静かだし、ゆっくりするには、丁度良い。

自分の家とも言って良い場所。

気が安らぐに決まっている。



けれど、霊気が濃いのが、ただ辛い。











「・・・・狗守鬼・・・・」











水の様な。


一粒の雫の様な。


無色透明の声がする。



振り向いてみれば、そこには、花龍。



無の瞳と気配は、身体に清浄過ぎる邪気を溜め込んだ狗守鬼に、安堵を与えた。



「あぁ、花龍・・・何?」
「・・・・・・・・・」



問う狗守鬼に構わず、花龍は彼のすぐ背後まで足を進める。



「?」
「・・・・・・・・・」
「珍しいね、お前が霊気を放出しないなんて」
「・・・・・・・・・」
「・・・俺の為?」


花龍は何の反応も示さなかった。

けれど、少しだけ揺れた瞳が、その言葉の肯定。

狗守鬼は、軽く口元に笑みを浮かべる。


「ありがとう」
「・・・・・・・・・」
「それで、どうしたの?」
「・・・・・・・・・」
「?」


また、答えない。

無言のまま、すっと、音も無く座る。



「花龍?」



何をするのかと問うより前に。




「・・・・花龍?」




花龍が、狗守鬼の背に身体を預ける。


細い両腕が、狗守鬼の胸まで回った。




途端、感じる。




黒い妖気の気配。





「・・・・・・・・・あげる」





ポツリと。


狗守鬼の背中に頬を摺り寄せながら、花龍が言う。






花龍の胸から、狗守鬼の背中へ。


まるでせせらぎの様に流れ込む黒い妖気。


けれど、狗守鬼は少し身体を硬くした。




「花龍、無理しなくて良いよ」
「・・・・・・・・・」
「お前の妖気、そんなに無いだろ」
「・・・・・・・・・」
「身体、辛いだろ」




花龍は元々、幻海の血を濃く引いている。


主に使うのも、身体を支配するのも、清浄な霊気。


妖気は身体の奥に眠っており、普段は殆ど気配を見せない。


ほんの僅かな、黒い炎の、妖しい気。



それを無理矢理呼び起こし、今、狗守鬼の身体に分け与えている。



それは、花龍にとっては、間違いなく負担となっている筈だった。



「花龍」
「・・・・・平気」
「平気じゃないだろ。良いよ、無理するな」
「・・・・・平気」



あくまで身体を離さない花龍に、狗守鬼は溜息を吐く。

何だかんだ言っても、今流れ込んで来る妖気は、心地好い。

身体に残っていた霊気が、黒い気に塗り潰されていく。



その度に、身体の痛みが1つずつ減った。



「頑固だね、お前も」
「・・・・・・・・・」
「幻海さんの血?飛影さんの血?」
「・・・・・・・両方」
「だろうね」




花龍の予想通りの返答に、狗守鬼は笑う。




そして、随分と軽くなった身体に巻き付く花龍の腕に。


細い、細い、白い腕に。


軽く、自分の手を合わせてみた。




一瞬花龍の手が反応したが、すぐに、落ち着く。




狗守鬼は、そんな彼女の手を握り、また、笑う。




「代わりと言っては何だけど」
「・・・・・・・・」
「お前の手、いつも冷たいから」
「・・・・・・・・」
「体温を、わけてあげるよ」




黒炎の血を引くとは思えない、異常に低い体温。

炎の中に投じられても、中々燃えぬ不思議な身体。


中でも手は、いつも冷たいから。




暖かい妖気が流れ込んで来る度に、自分の体温を花龍へと伝える。






「・・・・・・・・暖かい」
「そう。・・・俺も、あったかい」






お前の妖気は飛影さんの妖気と同じだからね。と。


あの黒い炎を思い出し、呟いた。





そのまま、とても楽になった体を、花龍の胸に凭れ掛ける。





冷たいその身体は、炎の妖気を放出しても、変わらず冷え切っていて。





出てゆく妖気の代わりに、自分の体温が全て彼女に移ってしまえば良いのにと





狗守鬼は、ぼんやりと考えた。




























END.