とどのつまり、雨の所為である。



耳を心地好く射る様な雨音が、暗く閉ざされた部屋の外で響く。

時計の針の音。

ベッドの衣擦れの音。

自身の鼓動と男の吐息。

それらが全て切なく感じるのも、雨の所為である。


暗い。深夜の部屋。

灯りも一切無い。隣に眠る男の顔すら輪郭を捉えるのに難しい。

けれど、唇が触れ合いそうに近づいたその貌は、何だかやたらと美しかった。

長い睫毛が微かに震える。

すべらかな頬が暗闇の中でもつやりと光る。

男の癖にふっくらとした唇は、灯りの無いこの場所でも淡く色付いているのだ。

長い前髪が、繊細に男の額を隠す。

それらが全て愛しく感じるのも、雨の所為である。



「・・・どうしました?」



ふと男が問うた。

てっきり眠っている物かと思っていたのに、この男は気配に敏感である。

自分の視線が余程痛かったのであろうか、薄く苦笑いを浮かべた口元が暗闇で動く。


「眠れませんか?」
「・・・雨が降ってるからな」


言えば、男は眼を軽く眇めた。

暗闇の中、眩い物は一切無いと言うのに、男は何を眩しいと感じたのか。

少しばかり疑問を胸に残しながらも、男に何か問う事はしない。

雨が降っているからである。


「心地好い音だと思いますが」
「俺もそう思う。だから、眠りたくないんだ」


言えば、男は無言で答え、俺の身体を抱き締める事で返とした。

細身の癖に程好く筋肉のついた男の身体は、やけに肌に馴染む。

人より体温が低い癖に、こうして俺に必死に体温を分けてくるのだ。

長い腕は、俺をこのまま砕いてしまうのではないかと危惧する程に、凶悪な圧力。

それでも、呼吸が薄れても、それを心地好いと思うのも。

男の体温が恋しいと感じるのも、雨の所為である。


「ねぇ」
「・・・ん」


男の雨に似た声が、熱いそれを帯びて俺の耳へ触れる。

ゾクリとした背筋の震えは、雨の音と暗闇に溶けた。

「雨に濡れたら、全てを流してくれるでしょうか」
「何だ、急にベタな事を言い出して・・・」

流したくなる何かが、無いとは言えないのだろう。

過去か。未来か。それとも今か。

使命か、命か、それとも。

「全て、何もかも流れてしまったら良いと、思う事はありませんか」
「何が」
「全てです」
「命もか」
「はい」
「未来も?」
「はい」
「俺への情愛も」
「はい」

そうか。と、俺が答える。

そうです。と、男も答える。

雨の音に邪魔をされて、それは酷く聞き取りづらく感じた。

男は暗闇に良く似た笑顔を浮かべている。

それでも目からは雨が流れそうだった。

男がこんな事を言い出したのも、きっと、雨の所為であろう。


「貴女が」

男の話がまた始まる。

男の頬に流れた一筋の雨を、何の感慨も無く舌で拭い取った。

唯一自由になるのは、首より上。

身体は男にきつく閉じ込められたまま、血液がゆっくり止まるのを感じるだけである。

「貴女が一瞬、僕の視界からいなくなるだけで、心臓が止まりそうになるんです」
「それは一大事だ」
「貴女が他の誰かと触れ合うたびに、目の前が赤くなるんです」
「それは病気だ」
「貴女が僕の傍にいるだけで、心臓が幸せで破れそうになります」
「ああ、それも一大事だ」

男が身体をのそりと起こす。

聞くだけで涼しくなる、衣擦れの音が大きく響いた。

皮膚しか纏わぬ身体に、男が雨を降らす。

「・・・痕つけんな」
「もうとっくについてますよ」

男の熱の篭った雨が、上から下へと伝う。

額から。頬から。口から。首から。胸から。腹から。足から。爪先まで。

そうしたらまた、雨は下から上へと伝う。

雨は次第に、涙を零している入り口を打ち始めた。

女の入り口を襲う雨は、それは、容赦なく。

逃げ打つ様に、自分の身体がベッドのシーツを蹴る。

グシャリと波になった布キレは、何だかとても哀れだった。

思考が男の熱い雨に奪われ、芯の女が涙を零す。

男がこんな事をし出したのも、きっと、雨の所為であろう。



「・・・・何度目だと思ってんだ」
「何度だって良いでしょう、今、貴女が欲しいんです」
「起き抜けにか」
「だって、雨が降っていますから」
「・・・ああ、そうか、雨の所為か」
「ええ、雨の所為です」


男の答えを聞いて、酷く納得した。

そうか、雨が降っているからか。

男の答えを聞いて、もう一度酷く納得した。


「雨が降っているな」
「ええ、雨が降っていますね」


男が俺に覆い被さる。

微かに景色を写していた暗闇が、プツリと途切れてしまった。

聞こえるのは、男の吐息、鼓動、衣擦れ、水音、それから、雨の音。



ああ、そうだった、そうだった。



男の声の無い空間を切なく思ったのも。


男の寝顔を愛しく思ったのも。


男の体温を恋しく思ったのも。


男が意味も持たない言葉を零したのも。


こうして身体を重ねている事も。


そうしてそれを、自分が望んでいる事も。


こうして2人が、唐突に身体を求め合った事も。




とどのつまり、みな、雨の所為である。

















END.


雨がすごかった日に書きました。(それが理由)
何処か冷めた2人も良いと思います。主にキョンさんが冷めてます。
雨が降ると、電車は混むは会社着く前に濡れるわ最悪です。が、
それでもやはり、私は雨が好きです。(サイトの名前にもした!)
キョンさんは意外と雨好きそう、古泉さんは雨音が好きであって雨は嫌いそう。