人気の少ない路地裏。

ゴミ箱を漁っていた野良猫が、俺等を見てニャーと一鳴き。

俺がそっちへ視線を向けると同時に、隣からふわりと紫煙が舞い、鼻を掠める。


ってか、煙草臭ッ!!









古泉一樹の失態










隣で煙草をプカプカ吹かしているのは、ご存知SOS団イケメン副団長こと古泉。

いつもニコニコエセスマイルを浮かべている美貌は、信じられないくらいに仏頂面。
衣装は黒Tシャツにジャケット、掠れた色合いにデザインされたジーンズ。
靴は勿論スニーカーである。ラフスタイルも良い所だ。
極めつけにシルバーのアクセサリーが首と指と手首にフィット。

普段の優等生様からは想像出来ない装いだが、コレがコイツのスタイルだったりもする。

意外とラフな格好が好きらしく、動きやすいなら何でも良いそうだ。
基本、服装などには無頓着な性格らしい。
まぁ、ハルヒから召集が掛かった時には、嫌味ったらしい程ピシッと決めて来るが・・・
こうしてハルヒからのお呼び出しが無い日。
それも俺と2人きりで、コイツ自身が”休日”と決めた日には、こうした好みの格好をして来る。


今日も今日とて、古泉の設定した休日と言う名のストレス発散デーだったので、こうなっている訳だ、が・・・


「おい、煙草の匂い、平気なのか?」


珍しくコイツ、煙草なんぞ銜えていらっしゃる。
おいおい良いのか?もし今此処でハルヒが来たら?
ハルヒでなくとも、クラスメイトが偶々通り掛かったらどうするんだよ。
・・・その可能性も考慮して、こんな風俗店が建ち並ぶ様な路地裏に来たんだろうけども。
それだって煙草の匂いは焼肉の匂いに匹敵する程しつこいもんだ。
大丈夫なのか、オイ。

「・・・どうしても吸いたくなったんだよ」
「ニコチン中毒か」
「違う。能力に目覚めた頃、機関から禁煙命令出てたし」

最近は全然吸いたくもならなかった。

と。
ほうほう、なら何故今になって吸い始めたのかな古泉君。
視線でそう問い掛けると、古泉は気だるげに煙を吐き出してから答えた。
糞っ、その無気力な面も仕草も一々格好良いなテメェ!

「此間さ、定時連絡で生徒会室行ったんだよ」
「あ、そうだ。会長に小遣い貰ってねーや、行かなきゃ」
「・・・その話、後で詳しく聞かせろよ」

古泉にギッと一睨みされる。
口が滑った。うっかりうっかり。
良いじゃねーか、別に援交してる訳じゃねーし、ちょっと色々なお手伝いしてるだけで。
・・・って、それはどうでも良いんだよ。
この話はうまくはぐらかすとして、今は古泉の話を大人しく聞くのが先決だ。

「で?」
「・・・で、その時偶々、会長がいつもと違う銘柄の煙草吸ってて・・・」
「ほうほう」
「その銘柄が、俺が前吸ってた奴だったんだよ」
「ほー」
「・・・そんで、なんか無性に煙草が吸いたくなって・・・つい」

つい。じゃねーよ、犯罪者の下手な言い訳じゃあるまいしよ。
いや、別にお前が過去、突然能力に目覚めて自棄煙草したのも知ってるけど。
お前がかなり口も性格も荒い野郎だって知ってるけど。
家の中でなら兎も角、外で喫煙とは中々大胆な事をなさる。

「家で吸えよ」
「家に煙草置いときたくないんだよ、買って直ぐ吸って、捨てる」
「勿体ねぇなぁ、高いのに」
「別に良い」

いつハルヒが来るかわからんからか。
それとも目に入ると吸いたくなるからか。
ヤニで壁紙が汚れるからか。
理由はわからんが、家では吸わんらしい。
だからって彼女とデートの時に煙草休憩とるなよ、別に悪いとは言わんが・・・
お前、俺と別れて別の彼女作った時にコレやったら幻滅されるぞ、覚悟しとけ。

「・・・アンタと別れる予定なんて、無いけど」
「予定は未定、未来はいつだって未確定」
「例え世界が改変されても、アンタと離れるなんて事は絶対無いね」
「お前のその確固たる自信は何処からやって来ているんだ」

無駄に自意識過剰な野郎である。
実力が伴っている分野でならばまだ許容出来るが、確信も何も無い事柄に関してもコレかい。
ある意味スゲェ。こんくらい神経図太くなけりゃ、ハルヒの監視なんざやってらんねぇってか。

「・・・それにしても、結構匂うな、煙草って」

近くで吸う奴がいなかった為か、やたらと鮮烈に感じる煙の匂い。
目に沁みる・・・って程でもないが、あまり好ましい物でもない。
思わず眉を顰めた俺に、古泉が何やら思案する様な表情を浮かべる。
何かロクでもねぇ事企んでやがるな。と思ったら、案の定。


「・・・っ」


吸い込んだ煙を、あろう事か俺の口の中に吐き出しやがった。

キスする時は煙を吐き出してからにしなさい。
じゃないと副流煙をモロに肺に送られる事になります。
肺ガンになったらテメェの所為だからな古泉!

と、怒鳴ってやりたかったのだが、口を離された瞬間出たのは、激しい咳。

「げっほげほげほっ・・・げほっ・・・っ・・・」
「慣れた?匂い」
「先の今で慣れる訳ねぇだろスットコドッコイ!」

コレが素で言っているなら救いようの無いつるりん脳味噌だがな。
ニヤニヤと人を食った様な笑みを見ると、わざと言っているらしい。
じゃないとマジで手の施しようが無い。今でも十分無いのに。

「あー・・・俺まで煙草臭ぇじゃねーか・・・」
「後で消臭剤ぶっ掛けとけば良い」
「香水でも買ってぶっ掛けてやろうか糞ッ垂れ」
「冗談。優等生が香水の匂い撒き散らしてどうするんだよ」
「煙草の匂い撒き散らしてる方がマズイっつーのアホ」

ズレた事を言って来る古泉に軽く蹴りを入れる。
痛い痛い。と煙草を銜えながら器用にほざいているが、顔は相変わらず無表情だ。
素なのかも知れんが、整った面が表情を消すとマジ怖ぇ。


いつもの営業スマイルを何となく思い浮かべると、唐突に俺の携帯がメロディを奏でた。


「電話だ」
「誰から?」
「さぁ?・・・・・・・あ」


携帯をポケットから取り出し、ディスプレイに表示された名を見て、思わず間抜けな声を上げた。

だってよぉ、電話掛けて来た相手が・・・・


「?」
「悪ィな、ちょいと電話する」
「・・・どうぞ」

古泉も嫌な予感がしたのか、煙草を口から外しながら答える。

その様子に自然と意地の悪い笑みを浮かべながら、通話ボタンをカチリと押した。




「よォハルヒ。どうしたんだ?」




ビクリ。と、古泉の肩が面白い様に揺れる。

恐らく、最も恐れていた事態が起きようとしているのに、気付いたのだろう。
慌てて煙草の火を踏み消している。遅いっつーの。

心の中で突っ込みながら、ハルヒの喧しい声に耳を傾ける。

「お前今、家族旅行の最中じゃねーの?」
『それが聞いてよ!お父さんの仕事が急に入っちゃって!
 急遽帰って来たのよ。全く、嫌になるわよね!!』

おー、ご立腹だ。こりゃあ閉鎖空間発生か?煙草臭い古泉君、お仕事入るかもよー?
と古泉を見遣ると、顔面蒼白、ヤバイ面白い。
てかもう、蒼白いの通り越してなんか緑っぽい、大丈夫か、死ぬのか。

「ふーん、そりゃあ災難だったな。で、お前今何処にいんの」
『今丁度駅に着いた所よ!そ・こ・で、SOS団緊急招集命令よ!
 今から10分以内に駅前に集合!どうせアンタ暇なんでしょう?』
「まぁ、暇っつえば暇・・・てーか、今駅の近くにいるんだよ、古泉と」
「!?ちょっ・・・」

俺がハルヒにそう言ってやれば、古泉が信じられないとでも言いたげに俺の腕を掴む。
だがもう遅い、言っちまったモンはな。
一度聞いた、自分に都合の良い言葉は梃子でも忘れない。それが団長様だ。
お前も良く知っているだろう?なぁ副団長。

『あら、それなら話は早いわね!みくるちゃんも有希も今から来るそうよ。
 アンタもちゃんと古泉君を引っ張って来なさいよ!』
「はいはい。じゃあ後でな」
『ええ、じゃあね』


短い会話を終え、携帯を切る。


と同時に、古泉が俺の肩を掴み、力任せに路地の壁へと俺を押し付けた。

痛い痛い。肩に指が食い込んで痛い。壁にぶつかった背中が痛い。
そしてお前の苛立ちに満ちた視線が色々痛い。

「・・・どうしてフォローしてくれないんだよ・・・!」
「フォローならこれからしてやるよ」
「そうじゃなくて!・・・あー・・・」

頭を抱える古泉。
その様子をフンと鼻で笑ってから、ビッと行儀悪く指を突きつける。
動かした腕が痛い。テメェどんだけ馬鹿力で肩掴みやがったんだ。

「自業自得だ。油断し過ぎなんだよ。ったく、休日は休日らしく、家で大人しくしてりゃ良いのに」
「・・・だってアンタが、買い物したいとか言うから・・・」
「るせー。煙草なら家で吸えっつーんだよ。吸った後すぐに換気して箱捨てりゃ良いだけだろうに」
「・・・でも、涼宮さんが旅行でいないから、大丈夫かと・・・」
「さっきも言ったろ、予定は未定、未来はいつだって未確定。・・・だってな」

う。と言葉を詰まらせる古泉。
まぁ・・・休日だからって、心身ともにリラックスし過ぎたな。
休日ってのはそう言うモンだが、心底気を緩めるのは、家にいる時だけにしろよ。
外にいる時は、一応心構えをして置くべきだな。
良い教訓になったじゃないか、古泉。

「・・・あー、失敗した・・・」
「ま、ハルヒに会った後のフォローはしてやるから、お前も話し合わせろよ」
「わかってる・・・頼む」
「はいはい。・・・よーし古泉、そろそろ気持ち切り替えろー、仕事だぞー」

パンパンと手を叩き、促す。

すると、暫く俯いていた古泉が、ふぅと息を吐き、バッと顔を上げる。


いつものエセスマイル装着完了。


しかし口元が微妙に引き攣っている。
まだ自身の失態から立ち直っていないらしい。当たり前か。

「・・・了解致しました」
「団長様の忍耐限界まで後5分、急ぐぞ」
「・・・・・はい」

古泉が心なしか面倒そうに頷く。


そして、まだ一本しか吸っていなかった煙草の箱を握り潰し、猫が漁っていたゴミ箱に投げ入れた。










「おっそいわよキョン!古泉君!」


駅前に着くと、すでに朝比奈さんと長門は到着していた。

しかし、突然の呼び出しにも関わらず10分以内に来た俺等を褒めるべきだろう。
しかもこちとらアクシデントがあったんだ。古泉の所為だけどな。
労ってくれよ、俺を。

とブツブツ心の中で呟いていると、ハルヒが、”あら?”と、古泉を見て声を上げた。

古泉の肩が、今度は俺にしかわからないくらいに跳ね上がる。
しかし顔面に貼り付けた眩しい笑顔で、何でしょう?なんて聞いてやがる。
さすがプロだ。何のって、詐欺の。

「古泉君、今日はラフスタイルね。良いわ、そう言うのも似合ってて!」
「恐れ入ります」
「俺がコーディネートしたんだぜ?どうよ、似合ってんだろ」

俺が言うと、ハルヒは満足そうに、『アンタにしては良い趣味じゃない!』なんて乗って来る。
古泉は一瞬目を見開いて俺を見たが、瞬時にハルヒへと笑顔を向けた。
今のコイツの混乱した脳内じゃ、上手い言い訳が出て来るとも思えん。
此処は、俺の嘘に徹底的に付き合うと決め込んだらしい。

「そうでしょう。僕も気に入ってるんです」
「古泉君、いつもピシッとしてるから、偶にはこう言うのも良いわよ」
「ありがとう御座います」
「だろ?それに今日、俺等ゲーセンにいたからな。いつものキメキメスタイルじゃ、入り辛いだろ」
「あらそうだったの」
「ええ、彼女に連れて行って貰ったんです、中々行く機会がありませんからね、良い経験になりました」

俺が再び話題を振ると、古泉もそれに合わせて来る。

するとハルヒが、サラッと一言、零してくれた。



「どーりで、煙草の匂いがする筈だわ」



古泉の笑顔が心なしか蒼い。
大丈夫か、倒れるなよ。安心しろ別にバレた訳じゃねーんだから。
仕方無しに、更に嘘を塗りたくる。

「だろ?折角連れてってやったのに、煙たいは騒音で声が聞こえんわ・・・
 ただ会話するだけなのに、いちいち絶叫だぜ。お陰で喉の調子が悪い」
「馬鹿ねぇ・・・まぁ、ゲーセンなんてそんなモンでしょ」
「まぁな。結構楽しかったけど、金使い過ぎた」
「はぁ?!アンタねぇ、奢るのはアンタの役割なんだから、無駄遣いしないの!」
「今日は古泉の奢りだろうが!俺の方が1秒早かったぜ来たの!」

なんて、ギャーギャーハルヒと騒ぐ。

朝比奈さんは状況が飲み込めずあわあわと止めに入って下さった。
長門の方は大方状況を把握しているのか、感情を映さない瞳で俺と古泉を見ている。



肝心の古泉は、口パクで、俺に謝礼を述べて来た。



あー、本当、敬って諂いやがれ。
























END.


喫煙古泉。”古泉一樹の自棄”と同じく、常体語。
キョンは投げ遣りな男前。慌てず騒がず、スリルを楽しめ!
雨黙のいっちゃんは下半身野郎なので、意外と考え無しです。
んで、慌てるだけ慌てて、いざバレたら開き直るタイプ。
何て厄介な奴なんだ!(自分でそう設定した)