ああ、こんな所古泉に見られたら大変だろうなぁ。

なんて、ぼんやり考える俺の視界には、眼鏡を掛けた二枚目野郎。

鮮やか過ぎるオレンジの夕陽を受けた姿が決まりまくってる、長身美形。(古泉にも当て嵌まるか)



生徒会長。

アンタ、古泉をからかいたいが為に俺にチョッカイ出すのは勝手だけど・・・



・・・・どうなっても知んねーよ?










Switch










3階の渡り廊下の隅。
放課後のこんな時間じゃあ人気なんざほとんどない。
いつもは賑やかなこの校内も、不気味な程に静まり返っている。

今日はハルヒもいねーし、部活も無い。
古泉は教師に呼び出されてっから、まぁ優しい彼氏思いな俺は待っててやった訳だが・・・


待ちぼうけ喰らってたトコに、タイミング悪く喫煙大好き☆生徒会長様ご降臨。


あっちゃー。と天を仰いで額を叩く俺の腕を引っ掴んで、こんな人気の無い所まで連れて来やがった。

何コレ何のレイプフラグ?


「あー・・・会長、何か用ですか?」
「・・・こんな普通な女の何処が良いんだか・・・」
「は?」

喧嘩売ってんのかコラ。
人を強引に引っ張ってきての第一声がそれか糞野郎。眼鏡に指紋つけるぞ。
てか今の台詞から予想すると古泉が俺関連で何か惚気でも言ったのか。
それに関しては俺は一切関与していないと共にどちらかと言えば寒気がする訳で。
まぁ俺もどうして古泉がこんなにも俺に執着してるのか謎な訳だが。
・・・かと言ってそれを直接、しかもいけ好かん野郎に言われると腹立つ。

「・・・何すか、突然」
「いや何、機関の連中から聞いたんだがな。
 古泉の奴、報告会議の途中にもお前の惚気を始めるもんだから困る。
 古泉が普通の高校生として生活するのは良い事だが、些かアテられ過ぎるのも考え物だ。
 ・・・みたいな事を」

俺の予想ビンゴー。やったー。景品は何だー。
・・・ってかあの野郎何話してんだ。内容によってはお前との今後の付き合いを考えさせて貰おう。
どうしよう、俺とヤってる時の話とか性感帯の話とかしてたら。
あり得すぎて嫌だ。恍惚とした表情でツラツラ薀蓄を語るかの如く喋繰ってる様子が容易く想像出来て尚嫌だ。

「なんで、そんなにお前が魅力的な女なのかどうか・・・興味があってな」
「・・・・で、人気の無いトコに連れ込んでマジマジ見てみたら、大した事なかった・・・と」
「ああ、まったく、肩透かしも良いトコだ」

悪かったな。
大体俺の事を可愛いだの艶っぽいだの目に100枚程フィルターを掛けた様な発言をするのは古泉オンリーだ。
俺は至って普通の顔立ち。普通のスタイル。おつむは少々下の方だ。
こんな俺が容姿端麗・眉目秀麗の四字熟語がお誂え向きな面をした古泉と並んだ日には・・・
あー、なんか思い出したら腹立ってきた。くそっ、しかも頭脳明晰に運動神経抜群と来たもんだから性質が悪い。
加えて料理上手。俺が作るより10倍以上美味い。かなり美味い。

・・・って、俺が惚気てる?愚痴にみせかけて惚気てる?
もしやアイツもこんな感じで惚気てんのか、会議中に。アホか!!
・・・・・・いや、アイツの事だから、もっとストレートに垂れ流してるんだろう、惚気を。


・・・”普段の古泉”の状態だったらな。


「・・・・ああ」
「・・・まだ何か」

いい加減離せって。
こんな所を古泉に見られた日には俺もアンタも無事じゃ済まない。
校内で血なんざ見たく無いよ、俺。


「それとも、ベッドの中じゃあ可愛らしくなるってか?」


出たー!嫌味キャラ十八番のセクハラはつげーん!!
録音テープ持ってなかったのが口惜しい!!!

「・・・さぁ」
「へぇ、それなら納得かもなぁ」
「はぁ・・・そうですか」

何を納得したんだ。
何ゆえそこに納得か。
お前俺がベッドの中で見せる表情を知っているのか。


とかウダウダ思ってたら、突然会長に顎を掴まれた。


ちょっ、首攣る!!首攣る!!!召される!!!天に!!!

力加減間違ってるから!!コレ喰らったら女子は別の意味でオチるから!!!


「なんだったら、見せてみろよ」
「はぁ?!」

しまった!やはり連れ込まれたのはレイプフラグだった!!
くっ・・・なんとかこの状況の打開策を考えるんだ、俺!!
でも喉痛い!!苦しい!!テメェ眼鏡にガムつけるぞこの野郎!!!

「なぁ。折角良いシチュエーションなんだ」
「よ・・・く、ねぇ・・・・・・・・!!?」




・・・あー・・・見ちゃいけないモン見た。




俺、もー、知ーらない。







ゴッ!!








俺がそ〜っと目を逸らした瞬間、ものすごーく鈍い音が間近で響いた。

それと同時に、俺の顎をロックしていた会長の手がバッと離れる。

・・・げ。と思い会長の方へ視線を戻し・・・たが、そこには会長の姿が無かった。



何故なら、古泉の奴に床に叩きつけられてたから。



・・・一番厄介な事態になったよちくしょー。

いやもう、さっき窓を開けて古泉が入って来たのを見てバッドエンドの文字が見えたんだけどね。

ってかここ3階なのにどうやって窓から入って来たんだよ!!!?


「げっ・・・こ、いずみ!?」
「・・・・・・・・・」


古泉さん三点リーダー発動!!
目がカッと開かれたまま、無表情で会長の頭をギリギリ床に押し付けている。
ヤバイ!!暴走モードだ!!!まずい!!!
このままだと確実に明日新聞の三面記事を飾る事になる!!!
自分の彼氏が人殺しとか嫌だ!!俺明日学校で白い目で見られる!!家族も同じく!!!


なんて1人で混乱している間にも、古泉は会長の顔面目掛けて怖い面のまま拳をゆっくり振り上げている。


ピーンチ!!!

ここはなんとか、古泉を”別の人格”にしないといかん!!!


っええい!!仕方ない!!今のコイツならこの方法で収まる筈だ!!!!





「あー、寒いなぁー。なんかとっても寒いなぁー!古泉!暖めてくれねーかなぁ!」





両手をバッと差し出しながら、わざとらしい声で叫ぶ。

このパターンなら大方事態は穏便に収拾する。今までの経験上だけどな!!


「・・・・・・・・」


案の定、古泉は無表情のままコチラを振り向くと、パッと顔を輝かせた。

そして会長から手を離すと、何の遠慮も無く俺にタックルして来た。
思わずグラッと倒れそうになるが、なんとか踏ん張った。
と言うか、コイツがしっかり俺を腕の中にホールドしてるから、倒れるも糞も出来なかった訳だが。

痛い程にギューッと俺を抱き締めて来る古泉。
それはそれは嬉しそうに、俺の肩口に顔を擦り付けていやがる。
これが猫だったら喉をゴロゴロと下った腹の如く鳴らしている事だろう。

あー・・・会長がポカーンとした阿呆面でコッチを見ている。
うん、そりゃそうだよねー。
これじゃあまるで猛獣と調教師だ。
てか会長、眼鏡吹っ飛んでますけどぶふっ!

「・・・何噴出してんだ、お前・・・」
「あ、すんません」

だってコントみたいに眼鏡が・・・っ眼鏡が・・・っ!!

ぷぷぷっ。と笑ってたら、古泉が突然俺の顔を両手でガッチリ掴んで来た。
そのまま無理矢理顔を向き合わせられ、その怖い顔にギョッと固まる。
なんつー顔してんだお前。般若か。
つかさっきの輝いた子供の様な顔は何処へ行った。コントの様に吹っ飛んだか。

「な、なんだよ古泉・・・」
「会長を見ないで下さい。他の奴を見ないで下さい。どうして他の男を見るんですか?
 僕がいるのに。僕が恋人なのに。ねぇ、どうして他の人を見るんですか?
 て言うか、何他の男に体触らせてんですか。何考えてるんです?ねぇ」


・・・しまった。折角収拾し掛けてたのに・・・!!!

ミスった。この古泉の性格を忘れた訳じゃなかったのに・・・!!


「いや、違うんだ。古泉。落ち着け、俺はお前しか見て無いぞ?本当だって」
「嘘吐き。だって会長と2人きりだったじゃないですか。
 どうして僕の事待っててくれなかったんですか?僕、とても寂しかったんですよ?
 ねぇ、お願いですから、僕以外見ないで下さい。触らないで下さい。喋らないで下さい。
 まして、2人きりでなんて、とんでもありません。絶対にやめて下さい、ね?
 じゃないと僕、もう、嫉妬で何しだすかわかりませんから」


何する気だお前ーーー!!!!

・・・って、今の会長への態度見れば一目瞭然だよなぁ・・・

いつかその牙は俺にも剥かれる事だろう。怖ッ!!


「わ、わかったわかった・・・な、なぁ古泉。まだ寒いんだけどなー、もっと暖めてくれないかなー」
「ええ、勿論です!僕の体温で宜しければ、全て貴女に差し上げたいくらいです」


それじゃ死ぬだろお前。そして俺死ぬ。熱くて。

とか思ってる最中にも、更に窒息しそうなくらいの圧力を体に感じる。

古泉・・・お前、俺の背骨を折って殺す気だろ・・・。



ダメだ!会長に危害が行かなくなっても俺が死ぬ!!!

やっぱりコイツの人格を別にしよう!!!



自らの命の危機をかなり間近に察知し、慌てて古泉の耳元に口を寄せる。





「ありがとうな古泉。・・・やっぱりお前、素直で可愛いな」





渾身の一撃。

精一杯の色気と吐息を込めて耳元で囁いてやった。

自分でやってて勿論鳥肌立った。諸刃の剣過ぎる。


でも、突然俺がそんな声出したからか、古泉の体がビクリと反応する。


お、コレはもしや、古泉の性格切り替えスイッチに運良く当たったかも知れない。


「・・・古泉ー?」


恐る恐る声を掛けて見ると、古泉がゆっくり俺から離れた。

さて、どんな性格に切り替わったやら・・・



「・・・と、突然、可愛いとか言わないで下さい!僕、一応男なんですから・・・」



・・・よし、”普段の古泉”とまではいかないものの、”純情高校生”の古泉になったらしい。

良かった、コレで俺と会長の命の危機は去った。

感謝しろよ糞会長!!!


「あっはっは、まぁ気にするな!ホラ古泉、テメェは校門の所で待ってろ!!」
「え、ちょっと、貴女はどうするんです?」
「俺はまだ会長と話あるから。すぐ行く、待ってろよ!」
「わ、わかりましたけど・・・気をつけて下さいね?」

顔を真っ赤にしながら、心配そうに言う古泉。
最初からこの性格だったら良かったのによ!!!

「会長も、彼女に妙な真似をしたら・・・こんな物じゃ済みませんよ」
「あ、ああ・・・」

キッと鋭い視線で会長に釘を刺しながら、後ろ髪引かれる様に古泉が階段を降りて行った。



コッコッコッ・・・と言う上履きの音が完全に消えてから、会長が俺に詰め寄る。

おーい、眼鏡忘れてますけどー?



「おい、アレは一体何だ?!」
「またこんな所アイツに見られたら、今度はどんな危険人格が出るかわかんねーよ?」
「っ・・・・」

そう言ってやると、会長が大人しく体を引いた。
おぉ、コレ、使える!

「・・・もしかしてさ、会長、知らなかった?」
「ああ。・・・アイツ、何なんだ?多重人格とでも言うつもりか」
「んー。近いけど惜しい。それとはまた違うんだよな」


古泉は古泉のまま。別の人間の人格になったりはしない。

アイツの意識はずっとあるし、記憶だってちゃんと残っている。


ただアイツの性格には幾つもの”引き出し”があるらしく・・・


運悪く性格を切り替える切っ掛けを与えてしまうと、どの引き出しが開くかわからない。

たまたま今日は、会長に引っ付かれてる俺を見て、”暴走モード”のスイッチが入ってしまい・・・

俺が可愛いと囁いた事で、”純情高校生”に性格がスイッチしたらしい。


普段は”SOS団副団長”の古泉一樹だが、何らかの拍子で別の性格になっちまう。


俺がコレを知ったのは、付き合い始めてからすぐ。

たまたま俺が他の男友達と出掛けた所を見られた時だった様な気がする。

それまでの穏やかな古泉は何処へやら、さっきみたいな怖ーい属性になってしまった訳だ。


いや、さっきの暴走モードとはまた違う・・・なんだろう、鬼畜属性?みたいな。

色々性格があるからわからん。似てても違ったりする性格があるから、対処法もヤヤコシイ。


「・・・とまぁそんな訳だ。覚えといた方が良い」
「・・・・・機関の奴等は知ってるのか?」
「さぁ?少なくとも、機関じゃあ”超能力者の古泉一樹”になってるんじゃないか?」

何か、性格が切り替わる様な刺激が無ければ。
今の所機関内で問題も起こってないみたいだし、大丈夫なんじゃないか、多分。


「へぇ・・・なるほどな」


会長が落ちた眼鏡を拾いながらカッコ良く呟く。

さっきの吹っ飛び眼鏡を思い出してまた噴いちまうトコだった危ねー。

「・・・まぁ、あまり刺激を与えなけりゃ良いんだろ」
「そうだけど・・・でもふとした拍子に性格が切り替わるから、からかうのも程ほどにしろよ」

ホント、アイツのスイッチは何処に設置されてるかわからない。
うっかり地雷の様なスイッチを触っちまったら、それこそ人生のエンドロールが流れ始めるからな。

「ああ、善処する」
「本当に気をつけろよー?下手すると超暴走モードになって包丁とか取り出して来るから」
「・・・・・お前も十分気をつけろよ」

そして生き抜けよ。と、会長から心温まるエールを頂いた。

はーい、頑張りまーす。



そう言って、はぁと脱力した会長を残してさっさと階段を降り、昇降口へと向かう。



その途中で、メール着信。

ん?と思い見てみると、校門で待っている古泉からだった。



『あの、まだですか?大丈夫ですか?』



控え目な文面。

よしよし、まだ純情モードのままだな。

此処でまた『遅いから』って理由だけで変な性格になられても困る。


安心させる為にすぐ行くとだけ返事を送り、慌てて靴に履き替え、古泉の元へ走った。


俺の姿を見つけてほっとしたのか、古泉が微笑みながら俺に手を振って来る。







うん、まぁ、取り合えず。


”俺の事を嫌いな古泉”


のスイッチだけは押したくないな。

なんて、手を振り返しながら、ぼんやり思った。


























END.


地雷原だらけの古泉さん。
何かの拍子で性格が変わってしまうとか、恐ろしい。
でもキョンはある程度慣れてます。
この暴走モードも、何度か経験した事あるんでしょう。
純情モードも超暴走モードも同じく。
そしてこの古泉さんの秘密はキョンさんしか知りません。
暴走系統の性格になった古泉さんを止められるのもキョンさんだけ。鍵過ぎる。